先生の言葉 全集
69.身近な幸福
皆さん、ここ最近、よくここにいらっしゃいますね。感心なことです。まあ、私は敵モンスターなので、あまり冒険者の成長する姿に感心もしてられないんですけれども。
え、そんなんじゃない? いやいや、隠さなくたっていいんです。私のところに来る理由なんか、雑魚を倒して経験を積むしかないんですから。いや、違うんだ? 本当ですか? じゃあ、いったいどんな理由でここに来るんですか。まさかとは思いますが、私のファンだとか。
いや、それはない? そんなにすぐ否定しなくても。まあ、分かっていましたけれども。それじゃ、どういう理由でここにやって来ているのか、差し支えなければ、ちょっと教えてみてください。
お金がほしい? しかも安全に? まあ、確かに私も小銭程度は持ち合わせていますけれども、こんな小銭を集めて、何かほしいものがあるんですか? 武器屋はせいぜい安価なものしか置いてないし……。ああ、分かった。仲間を蘇生させようとしているんですね。あの業突張りの寺院に金を払うのはしゃくですが、仲間が倒れたのでは、仕方がありませんからね。
違う? これは難問ですね。降参しますから教えてくださいな。
ふむ。皆さん、ここに来る前は家もなくて、風雨もしのげない生活をしてらしたんですね。で、この間、試しにロイヤルスイートに泊まってみたら、もう居心地がいいのなんのって。俺ら6人で一部屋でいいから、またあの部屋に一晩泊まろうと思ってお金をためているんだ、と。
なるほど。極上の宿に泊まるために、ちまちま私を倒して金を奪っているんですね。変わった方もいるもんですねえ。まあ、でも、馬小屋に寝泊まりをしている大半の冒険者よりは、お金を使ってくれるだけいいかもしれません、宿屋にとっても、お城にとっても。武器屋も売りつけられてばかりで恐らく赤字でしょうし、寺院は自分たちの保身にしか、お金は使わないでしょうから。
しかし、あなた方も結構、強くなってきたでしょう。あんなに私を倒しているんですから。もっと迷宮の奥深くに行ったほうが、きっと、実入りがいいと思います。やり方次第では、皆さん6人が別々にロイヤルスイートに泊まれると思いますよ。
いや、そんなのにはだまされないぞって、事実を言ったまでですよ。え? そうやって俺らはだまされ続けてきたんだ? この幸福はもう手放さないぞって……。
まあ、そんな考えでもいいですけど、せめて冒険の目的だけは忘れないようにしてくださいね。