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自分らしく
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彼方から 第三部 第五話 & 余談 第二話

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 憎々しげな怒号と共に、殴られた影響など微塵も感じさせぬ勢いで、トラウス弟はバラゴに剣を振り下ろしてきた。
 鈍い金属音が響く。
 自分に向かって振り下ろされた剣を、バラゴは剣の腹で受け止めた――だが……
「うっ……」
 その表情が瞬時に曇る。
「ふん」
 バラゴの表情を見やり、トラウス弟は鼻先で笑い捨てると、
「われら兄弟の力、通常の人間の3倍はある……支え切れるかな、でけえの」
 剣に更に、力を籠めていった。

          ***

「うらあっっ!!」
 トラウス兄の気合を込めた一撃が、アゴルを襲う。
 通常の人間以上の力で放たれた一撃……
 鍛えているとはいえ、『通常』の人間であるアゴルに、その『力』に対抗する術はない。
 速さや技術が上回っていようとも、単純に『力』がそれを凌駕していれば、『差』など、無いと同じだ。
「うわっ!」
 その圧倒的な『力』の差に押され、アゴルは背中から床に、叩きつけられていた。
 すかさず、振り上げられるトラウス兄の剣。
 その剣先を、倒れ込んでいるアゴルの顔目掛けて、力任せに突き立てていた。
「……っ!!」
 迫り来る、鋭い剣先を見据えたまま、アゴルは僅かに首を動かす。
 刹那の間……無意識に近い咄嗟の反応。
 その、僅かに勝った反応の速さのお陰で、命を奪いに突き立てられた剣先は、アゴルの頬に血の道筋を付け、金の髪を道連れに床に突き刺さっていた。

          ***
 
「くっ……く――」
 剣身が空を切る音が、耳のすぐ傍で聴こえる。
 ガーヤはニンガーナの正確無比な攻撃を、擦れ擦れのところで避け続けている。

 ――こいつ……

 息が上がる。

 ――まるで
 ――あたしの次の攻撃が読めているみたいな動きをする
 ――付け入るスキが、まるで、ない……

 反撃に転じたくとも、その『間』すら、確保できない。

 ――まさか……!

 襲い来る剣先を避けながら、ガーヤは一つの結論に行きつき、思わず眼を見開いた。
「そうとも」
 彼女の『気付き』に、ニンガーナは不敵な笑みを浮かべる。
「わたしの目には、一瞬先の映像が見えるんだよ」
 細く、釣りあがった眼でガーヤを見据え、
「次は、そこっ!!」
 剣を、彼女の動きのその先へと、突き立てた。
「くっ!!」
 辛うじて避けるガーヤ。
 だが、剣は服を裂き、裂かれた袖からは血が滲んでいた。

          ***
 
 体のすぐ傍で、ほんの目と鼻の先で起こされた爆裂。
「うわっ!」
 小さな爆裂音と共に粉々にされた小瓶から、勢いよく破片が飛び散ってくる。
 バーナダムはその破片から眼を護る為、咄嗟に腕でガードしていた。
 粉砕された小瓶は粉塵と化し、彼の視界を奪ってゆく。
 薄く開いた瞳に、宙に舞う粉塵の不自然な揺らぎが映る。
 剣先が――揺らぐ粉塵の合間に見えた気がした。

     ギィィィンッ!!

 面積の広い体を狙い、振り回されたシェフコの剣を、バーナダムは辛うじて己の剣で受け止めていた。

「爆裂っ!!」
 シェフコは間髪入れず、もう片方の手を、バーナダムの顔面へと伸ばしてくる。
「くっ」
 体勢を崩しながらも、『爆裂』させる手から逃れるバーナダム。
 だが、その『手』は、端からバーナダムを狙っていたのではなかった。
 避けられ、逸れた手はそのまま、壁の棚に置かれていた別の小瓶を掴んでいた。
 まだ、体制の整っていない彼に向けて、シェフコは小瓶を投げつけるように爆裂させる。
「あうっ!」
 間に合わなかった。
 まともに喰らってしまっていた。
 細かく砕け散った小瓶の破片は、もろにバーナダムの顔面を襲い、彼の視界を奪っていた。

          ***
 
 ――みんな……
 ――苦戦、してる

 とても、とても強いはずの皆が、異能を持つ戦士たちに押されている……
 アゴルはたった一人で、数人の若者を素手で倒せてしまえるくらい強い。
 バーナダムはジェイダ左大公の警備隊員……飛び切り強いわけではないが、決して弱くもないと聞いている。
 何より、彼も元灰鳥一族の戦士である――同じ、元灰鳥一族の戦士で、今でも名の知れているガーヤから手解きを受けていると聞いている。
 ガーヤ自体、年を重ねてはいるが、その腕は衰えを見せない。
 バラゴも、数多の強者がその腕を自慢に戦う闘技場で、名を馳せていた。
 あのナーダの城で、親衛隊に召し上げられたほどの腕前だ。
 ノリコが襲われたあの日も、一人で数人を相手に余裕で立ち回ってみせていた。
 なのに……
 それほどの強さを持つ皆が、苦戦している……
 『力』を、ただ与えられただけの者たちに。

 しかも、こんな自分を護る為に……
 
 ――あたしは……
 ――あたしはやっぱり、皆の足手纏いにしかならないの?

 ――あたしが戦えないばかりに……
 ――何の力もないばかりに……

 ノリコの思考が、暗い方へと向き始める。
 昨日、屋敷の庭で……
 この世界に飛ばされてから――言葉を覚えようと、そう思えた時から……『今、眼の前にある出来ることをやっていこう』と、そう思って来たことを、思い出せたばかりだと言うのに……

「ほらっ! ノリコ! 逃げなきゃっ!!」
 負の思考に捉われそうになり、その場に立ち尽くしてしまっているノリコの手を、ロッテニーナが引き寄せた。
 戦うことの出来ない彼女たちが今出来ること、それは、『逃げる』こと。
 自分が狙われていると分かっているのだから……
 狙われている自分を護る為に皆が戦ってくれているのだから……
 
 ノリコは皆の行為に応えるべく、ロッテニーナに腕を引かれ、この場から逃れる為、共に走り出そうとしていた。

     シュルルル――

 衣擦れの音が迫ってくる。
「きゃっ」
「きゃあっ」
 ノリコを連れて、その場から逃げようとしていたロッテニーナ・アニタの二人が、バンナが操る布に弾き飛ばされ、思わず悲鳴を上げていた。
 布の動きと、弾き飛ばされた二人に驚き、案じ――ノリコの動きはまた、止まってしまう。
 バンナの布は、アニタとロッテニーナを弾き飛ばし、そのままノリコを包囲していた。
「あ!!」
「くくく……逃しはしないよ」
 バンナの顔が愉悦に歪む。
「布を変質させることは出来なくなっても、操るだけなら、まだ出来るっ!!」
 バンナは一気に、布を引き寄せていた。
 彼女の体の周りを包囲していた布は即座に反応し、ノリコを縛り上げ、引き倒してゆく。
「きゃあっ!!」
 抵抗する術もなく、ノリコは布に引き寄せられるまま、床に倒れ込むしかなかった。
 
「ノリコッ!!」
 
 背後から声がする。
 アニタたちと共に向かおうとしていた、広間の出入り口から……
 自分の名を呼ぶ声が――

 ノリコはその声に、嬉しさと同時に恐れを感じながら、バンナの布に巻き取られ、動きの不自由な上体を起こし、振り向いていた。

          ***

 体がよろめく……
 もう直ぐ、直ぐそこに――広間の入り口が見える。
 甲高い金属音と、耳に響く爆発の音……
 激しく動き回る足音や、物が倒れる音……