彼方から 第三部 第五話 & 余談 第二話
―― 生贄……だと!? ――
「おわっ!?」
眼前で弾けた閃光に、バンナは驚き、思わず足を止めた。
まるでそこから……その場から、バンナを『逃がさぬ』とでも言うかのように、閃光は激しく光り、弾けていた。
――……え?
バンナを追い駆けようとしていた二人……
バラゴとガーヤの足も、止まる。
何もないはずの場所から……広間の出入り口に現れた眩しき閃光……
その光と音はやがて、更に激しさを増し、広間中を駆け巡り始めた。
―― 生き血、だと!? ――
膝を着き、俯くイザークの周りから閃光は生まれ、何もない空間に、壁に、床に……
狭く、閉じ込められた場所から『何か』が、逃れる道を見つけ出そうと、抜け出そうとしているかのように、閃光は帯を引き、ぶつかり、弾け、稲妻のように迸っていた。
***
――なに!?
馬を調達する為、ガーヤとバラゴの様子を確かめる為、戻ってきたアゴル……
襲撃者が壊した壁の穴から覗く光景に、動きを止め、ただ、見入るしかなかった。
――これは…………
――何事!?
部屋中を奔り回っている稲光……
バチバチと激しい音を立て、あらゆる場所で弾け飛んでいる。
もしも触れようものなら、恐らく、ただでは済まないだろう……
そんな感じがして、アゴルは部屋に足を、踏み入れることが出来なかった。
ゆらり――と、広間の中央付近にいたイザークが、立ち上がる。
右手に、切り落とされた左腕を持って……
――腕がっ!!
その時初めて、アゴルは彼の腕が失われていたことに気付いた。
驚く彼の気配に気づいたのかどうか……
イザークはゆっくりと、その視線をアゴルに向けた。
牙の覗く口元と、形の変わった瞳を……隠そうともせずに……
驚愕の表情……見開かれてゆく、アゴルの瞳……
「うおおぉおっ!!」
イザークは凄まじい咆哮を上げると、腕を――切り落とされた左腕を、血の滴り落ちる肩へ……元の場所へと押し付けていた。
「おおぉおおっ!!」
イザークの気合、咆哮と共に、迸る閃光が更に激しさを増してゆく。
あまりの激しさに誰一人として身動き一つ取れない。
黙面から『力』を貰い、特殊な能力を操るバンナでさえ、それは例外ではなかった。
――な……何?
切り落とされた腕を、どうしようと言うのか……
彼の、常軌を逸した行動から、眼が離せない。
能力者と言えど、『普通の人間』には到底できもしないことを、やろうとしているのか……
バンナは、自らの頭に浮かんだ考えを否定する材料を求めて、イザークを見据えた。
だが、同時に……イザークから迸っているものがただの閃光ではないことを、バンナは、感じ取っていた。
「くおおぉおっ――っ!!」
凄まじい咆哮と共に、イザークの体から建物全体を激しく震わせる波動が、放たれてゆく。
「ひぃ……い」
ゼーナはジーナを庇う様に抱え、二人で、その波動に耐えていた。
――こ……
――これは……
――この、凄まじいエネルギーは……!
今にも建物を倒壊させんばかりの、激烈なエネルギーの波動。
それは、昨日、イザークから感じられたエネルギーと同じ……
あの、『禍々しい』エネルギーと……同じだった。
***
湧き上がってくる……
おれの内側から、どす黒いエネルギーが……
ノリコの声が、姿が、不安げな表情が……おれの頭の中を埋め尽くしている。
『肩、貸そうか?』
―― 生贄として生き血を ――
『イザークが好き』
『来ちゃダメ! イザークッ!!』
―― 生贄として…… ――
『イザーク……』
『……イザーク』
何と言った?
何と言ったんだ……
生贄だと? 生き血だと?
ふざけるな――
人の命を……彼女の、ノリコの命をなんだと思っているっ!!
出て来い、止めはせん――
もう、止めはせん……!
あいつを、ノリコを護れるのはおれしかいない。
たとえ、『どんなこと』になろうと……『どんな姿』になろうと……
ノリコから何も、奪わせはせんっ!!
何も……何もだっ!!
ノリコ……おれは……おれはっ!
―― ノリコッ!! ――
***
「ゼーナさん……イザークは、イザークは…………」
ゼーナに抱えられ、どす黒いエネルギーの波動に耐えながら、ジーナが消え入りそうな声で呟く。
その先は、言葉にならない。
今更のように、ナーダの城から脱出したイザークたちと落ち合ったあの場所。
あの時感じた、身が震えるような怖さを、ジーナは思い出していた。
――イザークは…………!
イザークが何をしているのか、ジーナには見えない。
だが、その全身から迸るエネルギーの凄まじさは、誰よりも強く、感知できる。
彼女の占者としての能力が、教えている。
そのエネルギーの源がなんであるのか……
何故、イザークが、そのような激しいエネルギーの波動を発しているのか……
一つの答えが、脳裏に浮かぶ。
その答えを口にするのが恐ろしく、ジーナはただ、繰り返していた。
「イザークは……」
と……
***
――奴の、髪の色が…………
閃光と共に部屋中を駆け巡る、どす黒いエネルギー。
未だ弾け飛び、部屋に居る者の動きを封じている。
バンナはその激烈なエネルギーに当てられ、まるで、魅せられたかのように、イザークから眼を離せずにいた。
イザークの漆黒の髪が、次第に色を失い、ブルーグレイへと変わってゆく。
押し当てられた左腕の指先が、ピクリと、微かに動く。
――腕が……
バンナと同じく、指を一本、動かすことすら出来ずにいるガーヤとバラゴも、イザークの様から、眼を背けられない。
キキキキ――と、高く、耳障りな音を立てながら、確かに切り落とされたはずの左腕の、その手の平が、次第に様相を変えてゆく。
その場……広間に居る者たちの眼差しが一身に集まる中。
左腕は――左の手の平は、爪が鋭利に……節々は硬く大きく、強張ってゆく。
「かあっ!!!」
イザークが、気合の声と共に高く、左腕を振り上げた。
「ついたっ!!」
再び、眼の高さの位置にまで戻された左腕は、血の筋を付けたまま、確かに付いていた。
元の場所に……切り離された左肩に……
瞳の形を変え、牙を生やし、髪の色は元の黒髪の、影の形も見当たらない……
イザークは内なる力を――【天上鬼】の力を呼び出し、治癒させてしまった。
普通の人間なら、出来るはずもない……
切り落とされた腕を元に戻すという、荒業を……
異形の姿になることも、厭わずに……
「ひ……」
息を呑むような、バンナの小さな悲鳴。
「ば……化物だあっ!!」
作品名:彼方から 第三部 第五話 & 余談 第二話 作家名:自分らしく