遊戯王 希望が人の形をしてやって来る
アークライト一家の章
『凌牙と笑い合える未来』を選択したⅣは、問うた。
「それはつまり、『凌牙が転生を選ばなかった』ら、オレは2度と帰れないってことか?」
「そうだ。」
『遊馬と笑っていられる未来』を選択したⅢは、尋ねた。
「それってつまり、『遊馬が笑えなかった』ら、僕は生き返れないってこと?」
「そうだ。」
『弟達の幸せな未来』を選択したVは、確認した。
「ふむ。それは弟達にも適用されているんだろう。ならば『弟たちの望みが叶わなかった場合』、私は現世に戻る事は不可能という事か。」
「その通りだ。」
それを聞いてⅢは笑った。
「大丈夫。僕はこの道を行くよ。」
「いいのか。」
「うん。大丈夫、遊馬なら。」
そう言ってⅢは、欠片も迷わずに橋へ歩いていく。
「ねえアストラル。遊馬なら大丈夫って信じてるけど、
もしも遊馬が笑えなくたって僕のやる事は同じさ。」
Ⅲは目の前にある闇を見据えて恐れない。
「僕が最後に見たのは遊馬の泣き顔だった。泣かせたのは僕だ。だったらその分笑わせに行くのも僕の役目だ。
クリス兄様は、大事な人の涙はぬぐいに行きなさいって言ってた。
トーマス兄様は、おろおろしてる暇があったら泣かせてるヤツを殴りに行けって言ってた。」
僕の兄様達は、カッコいいだろう?アストラル。
君と遊馬が取り戻してくれた僕の家族だ。そう言ってⅢは誇らしげに笑う。
「そして僕は兄様たちの自慢の弟だ。ここで怯んだら笑われる。」
そう言って、Ⅲはアストラルを振り返って言い放った。
「『闇にさまよう』?そんな闇切り倒しちゃえばいいんだ。僕は助けを待ってるお姫様じゃなくて剣を持つ騎士なんだから。
それにね、遊馬だってお姫様じゃなくてカッコいい僕の友達なんだよ。
僕はさっさとこんな闇叩き潰して、遊馬が自分の力で笑うのを見届けに行くんだ。」
またね、アストラル。
そう言ってⅢは、まるで気さくな友達に会いにいくように、こともなげに橋を渡って行った。
アストラルは思った。なるほど、この状況で『またね』と言える彼は、確かに強い人であると。
頷くとVは微笑んだ。
「私が消える間際に願っていたのは、弟の幸せだ。
ミハエルには、出来ることなら友である遊馬との未来に、送り出してやりたかった。
トーマスにも、本当であれば友である凌牙との未来を、手助けしてやりたかった。
だから私が望む未来は、『弟達の幸福』だ。」
「いいのか。先ほど君が言っていたが…」
「わかっている。私は兄だからな、弟が何を望んだかぐらいは想像がつく。そしてそれが難しい道であろうこともな。」
「それだけではない。君の望みには『弟達』の中に無意識にカイトを入れてしまっている。」
今まで冷静な対応を崩さなかったVは、そこで初めて意表を突かれた顔をした。
「…そうか。なるほど。私は月に向かったカイトの結末を知らない。
ただ、あの時間で用意できた燃料を考えると、自力での帰還の可能性は限りなく低かっただろう。
仮に他者の手で帰還できた可能性があっても、それはカイトが無事だった場合の話だ。」
なるほど困ったな。そう言ってわずかに苦笑してみせたVは、それでも穏やかに笑った。
「けれども私の願いは変わらん。私の幸福は『弟達』なくして語れないのだから。」
私の心が動く時は、何時だって弟達なんだ。
そう言って、Vは長い髪を翻らせて、まるでそこに弟達がいるように迷わぬ足取りで歩いて行った。
トロンはその半分仮面に覆われた顔でそっと微笑んだ。
「やあアストラル。僕の願いは決まっているよ。息子たちの幸せだ。」
「いいのか。その身体を取り戻すか、復讐した事実自体を消そうとは、思わないのか。」
「意地悪な質問だね。それってテンプレなの?それとも僕にだけキツかったり?」
「私はそれに答えるコトは許されていない。」
「なるほどそれはテンプレなんだね。」
くすくすとトロンは笑って、けれどもかつてのように毒のある笑い方では無かった。
そう、例えるならば、壮年の、バイロン・アークライトがそこにいた。
「僕はね、身体なんか取り戻さなくっても、もう取り戻したんだよ。
かつての心も、友情も。
何より大切だったのに犠牲にしてしまった家族もね。
君と遊馬のおかげさ。」
だから今は、あの時傷付けてしまった息子達が何より心配なんだよ。
そう言ってトロンはとても愛おしそうに目を細めた。
「そう。アストラル、君と遊馬が思い出させてくれたものが、もう一つある。
ちょっと冥土の土産に聞いて行きなよ。ん?冥土の土産って冥土に行く側があげるんだっけ?まあいいや。
それはね、息子たちの名前だよ。」
トロンはまるで、愛しい宝物だと言わんばかりに、甘やかにその言葉を舌に乗せた。
「ミハエルは大天使ミカエル、トーマスは聖人トマス、クリスは聖隷クリストファーからつけた。
僕は元々はクリスチャンでね。
3人とも聖書に由来する名前を僕が、何日も聖書とにらめっこして悩んでつけたんだよ。
加護があるように、願いを込めてね。
そんな大事なことまで、僕は忘れてしまっていたんだ。」
そう言って愛情深く笑った顔は、確かに三児の父親の顔だった。
「聖クリストファーはイエスを背負って川を歩いた聖人で、キリスト教の教えを背負う高貴さを示す聖人とされている。
だから僕は高貴であるようにと、昔から家族に、そう特によくクリスに説いたよ。
だからクリスが一番それに応えようとしていたね。」
目を細めたトロンの視界の先に、アストラルはまるで、父の教えを護ろうとするかつてのVがいるような気がした。
「そして大天使ミカエル。ドイツ語の場合ミハエルだね、簡単に言えば悪魔と戦う天使とされているんだ。
天の国を護る盾とも言えるし剣とも言える。
僕は生まれてくる息子に、天使の優しさと、大事な者の為に戦える強さの両方を持ってほしいと願って、この名前を付けた。
ミハエルもここぞという時は勇ましいだろう?
赤ん坊の頃はもうほんと天使のように可愛くてね。
ミハエルは天使みたいだねって言うたびに、横でトーマスが拗ねてたっけなあ。」
ふふ、と笑みをこぼした先には、おそらく幼い日の微笑ましい兄弟が見えている。
「でもね、僕は実のところトーマスの名前が、聖書の中では一番好きだ。ひいきになっちゃうから誰にも言った事はないんだけど。
聖トマスはね、イエスの弟子だがイエスの復活を最初一人だけ信じなくてね。
脇腹の傷…ああこれは処刑された事を示すんだけど、
それに手を入れてみるまで信じない、って言った人なんだ。これだけ聞くと酷い話のように聞こえるけれど、続きがある。
実際にイエスが現れて、本当に脇腹に手を入れさせて改心するんだけど、
その時のイエスの言葉が『見て信じるのでは無く、見なくても信じる人でありなさい』だったんだ。どういう意味か分かる?」
小首を傾げる様子は、まるで何度も幼い子供に繰り返し言い聞かせたような。
「これは僕の解釈になっちゃうけど、例えば友情、愛、そういう目に見えないものは触って確かめるわけに行かないだろう?
ああ、ピンと来たかい?そう、当たり。僕はこの話をトーマスに何度もした。信じる人でありなさいって、僕はトーマスにそう教えたんだ。」
作品名:遊戯王 希望が人の形をしてやって来る 作家名:ふれれら