彼方から 第三部 第六話 & 余談・第三話
『想い』を、強めてくれる。
自分が自分のままでいられるよう……勇気付けてくれる……
「ここだ、娘」
だから、重苦しく見える大きな扉の前に連れて来られても、
「この向こうに、おまえを待つ方がいらっしゃる」
これから、何が起こるのか分からなくても……
――さあ……
不安と怖さで体が震えているのが分かっていても……
――かかってきなさい!!
ゆっくりと開いてゆく扉から、眼を背けずにいられた。
しっかりと前を――怯むことなく、見据えていられた。
皆の戦いを見ていたから、イザークが……イザークが必死に、助けに来てくれたのを、見ていたから。
だから……
ノリコは『逃げずに』、『頑張る』ことを選択したのだ。
皆が自分に示してくれた行為に、『応える』為に……
今の自分に『出来ること』を、やる為に。
*************
とても広い場所だった。
連れて来られた館の何処に、こんな場所があるのかと思えるほど、広い。
石造りの重そうな天井を支える為に、太くて立派な柱が、何本も規則的に並んでいる。
ここが目的地……『神殿』なのだろう。
奥の壁には、奉っている『もの』の象徴らしき模様が描かれ、照らし出すように、大きな篝火が焚かれている。
……そして、その模様の前には、建物の中にも拘らず池が――満々と水を湛えた池があった。
いつ頃かは分からないが、恐らくこの館は、この『池』の為に、建てられたのだろう。
それほど古いものとは思えないが、だが、つい最近建てられたばかり――という訳でもないように思える。
きっと誰かが、『池』を神聖なものとし、崇めた誰かが……
その池を囲むように、同じフードを被った神官と思しき人間が、何人も、立っている。
「連れてまいりました。ワーザロッテ様」
ノリコの腕を掴んだまま、二人の神官の内の一人が、池の辺――正面に並んで立っている男女に向けて、そう告げていた。
――ワーザロッテ様?
聞き覚えのある名前に、神官を見上げるノリコ。
そのまま、怪訝そうな瞳を、待ち侘びたかのようにして立っている二人の男女に、向けていた。
「タザシーナ……この娘に違いないか?」
釣りあがった細い眼をした壮年の男性が、自分の隣に立つ、美しい金髪を湛えた女性に、そう、訊ねている。
身に着けている服や、装飾品は見るからに上等で、身分の高さを伺わせる。
薄い笑みを湛え、腕を組んでこちらを見やるこの男性が、ワーザロッテ……この国の大臣の一人なのだろう。
「はい……確かに」
その、ワーザロッテの問い掛けに応えた女性は、とても、見場の良い女性だった。
美しく、化粧の施された端正な顔立ちを、煌びやかな額飾りが更に際立たせている。
――タザシーナ?
ワーザロッテが口にした彼女の名に、ノリコは昨日のゼーナの言葉を思い出していた。
『輝くばかりの美貌の持ち主』だと、そう言っていた。
――これは……
気の強そうな印象を受けるが、確かに、とても美しい……
――ゼーナさんが言っていた、あの人達?
――なんで?
――なんでそんな人達が、あたしを……?
ノリコが知っているのは、ワーザロッテはこの国の大臣であり、タザシーナと言う占者を連れて来た人だということ。
彼女はその美貌に依って、直ぐに国王に気に入られ、ゼーナの代わりに国専の占者になったこと。
そして、そのせいで、ゼーナはワーザロッテの配下の者たちから、嫌がらせを受けていること……ぐらいなものである。
そんな人達から狙われ、攫われなければならない理由など、思い当たるわけがなかった。
ワーザロッテが、静かに歩み寄ってくる。
手を差し伸べ、
「さて……」
指先で、ノリコの顎先に触れてくる。
触れられた瞬間、条件反射のように、ノリコの体はビクついてしまっていた。
「確かに、異国の匂いのする顔立ちだが……」
ワーザロッテはずっとノリコに触れたまま、
「さして、変わったところのないこの娘が、なぜ……」
怪訝そうな眼差しで見詰め、そう、呟いている。
自分の顎先に触れたままの手を、ノリコは体が震えるのをなるたけ堪えながら、ムッとした表情でジッと、睨みつけていた。
***
きれいな、傷一つ付いていない手の平だった。
力仕事など……ましてや剣すらも、握ったことなどない様な、手……
国の重鎮なのだから、そんなこと、しなくても良いのかもしれないが、ノリコは『そんな手』に触れられているのが嫌だった。
しかも、何の遠慮も無いし、人に対する思い遣りのようなものも、一切感じられない。
そんな人たちに囲まれ、良いように扱われているのも、嫌だった。
……相変わらず、怖さと不安で体は震えている。
けれど、敗けたくなかった。
抵抗できなくとも、せめて、言い返すくらいのことはしたかった。
挫けそうになる自分の心を奮い立たせておくためにも……必死に助けようとしてくれた皆の――イザークの為にも……
たとえ、どうにもならない『運命』だったとしても……
ノリコは静かに、ゆっくりと息を吸い込み、
「気安くさわんないでよっ!!!」
今出せる、有りっ丈の声量で、ワーザロッテに向かって怒鳴っていた。
「――おっ」
ノリコの予期せぬ『反撃』にビクつき、思わずその手を引っ込めるワーザロッテ。
怒鳴った勢いに任せ、ノリコは思い付くままの文句を、並べ始めた。
「だっ……大体さ! 人の意志無視して、こんなところまで連れて来てさっ! どーゆーつもりよ! 訳ぐらい、話すのが礼儀ってものでしょっ!! ばかっ!!!」
体の震えで、口が上手く回らない。
もっと滑らかに、もっと文句を言いたかったが、怖さで緊張した頭では、碌な言葉も浮かんでこない。
何より、他人の悪口など言ったことのないノリコでは、この程度が関の山だった……
「こいつ――ワーザロッテ様に……っ!」
「きゃっ!」
それでも、国の重鎮に対する『礼儀』のなってない言葉遣いに、神官は反射的にノリコの腕を強く引っ張り、『仕置き』をしようとする。
「ああ――良い、良い」
だが、文句を言われた当の本人であるワーザロッテが、その『仕置き』を止めた。
「ほ……ほ・ほ」
神官に手を向け、仕草でも止めるよう伝えながら、口元を歪めてゆく。
「かわいいのぉ」
軽く握った拳を口元に当てながら、上品な笑い声と共に、
「震えながら、悪態ついとるわ」
嘲笑の言葉を口にしていた。
――ば……
――ばかにされてる……
皆が自分に示してくれた行為に応える覚悟と、大声を出したことで少し解れた緊張の糸のお陰で、精神的に少しだけだが、ノリコにゆとりが生まれていた。
とりあえずだが、冷静に人の言葉を聞くことが出来ていた。
「ワーザロッテ様は、こんな娘がお好みなの?」
「ほ・ほ……そうだな」
少し、不満そうに、棘のある言い方をしてくるタザシーナ……
彼女の言葉に振り向きながら、ワーザロッテは特に否定することなく、笑みを浮かべている。
――こんな?
作品名:彼方から 第三部 第六話 & 余談・第三話 作家名:自分らしく