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自分らしく
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彼方から 第三部 第六話 & 余談・第三話

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 タザシーナの、棘のあるあからさまに見下した物言いに、少しショックを受ける。
 『こんな』と言う言葉の裏に、『あたしと比べて“こんな”見劣りのする娘が』と言う意味が、含まれているような気がする。
 確かに……確かに彼女は、色香の漂う、とても見場の良い女性で、比ぶべくもないとは思うが……
 一応、『十人並み』ぐらいの器量だと言う自負はある――本当に一応……
 だから、『こんな』と言う言われ方に、ノリコは少しばかりショックを受けていた。
「残念だ……黙面様が先に求められたので、なければな……」
 含みのある笑みで、そう言いながらノリコを見やるワーザロッテの眼には、好奇な色が浮かんでいる。
 その視線が何を意味しているのか――考えたくもないが、ノリコも流石に察しがついた。
 背筋に悪寒が奔るような、嫌な感じしかしない。
「だっ……誰なのよ、黙面様って! あたしに何の用よ、会ったことも聞いたこともないのに!(あ、聞いたことはあるかも……)」
 ノリコはその悪寒を振り払うかのように、口を開いていた。

「教えてあげるわ…………お嬢ちゃん」

 見下したものの言い方……
 ゆっくりと視線を動かし、タザシーナは、自分たちの方が『上』なのだと、そう言わんばかりの眼でノリコを見据えた。
 
 ――あ……また……
 ――ものすごーく、バカにした言い方

 肩に纏った薄絹をふわりと靡かせ、踵を返し、池へと歩くタザシーナ。
 その立ち居振る舞いは優雅で美しく、『大人の女性』を思わせる。
 年齢的にも、女性としての経験値から言っても、彼女の方が『上』なのは、考えるべくもないことなのだが……
 実年齢よりも幼く扱われているということが分かるのが、如何ともし難かった。

          ***

「黙面様……お出ましを……」
 池の辺に立ち両手をしなやかに広げながら、タザシーナは瞼を閉じ、祈りを捧げるように呟く。
「予てより望まれていた、あなたのための生贄……今ここに、用意することが出来ましたわ」
 微かに口角を上げただけの笑みを浮かべ、彼女は水面に向かって言葉を続けた。

 ――生……贄?

 言葉は知っている。
 勿論、それがどんな意味を成すのかも……
 故に、思考がそこで止まってしまう。
 ノリコは、その言葉の意味を考えつつ、自分に当て嵌めるのを躊躇っていた。

 タザシーナの言葉に合わせるように、池の周りにいた神官が辺へと、歩み寄ってゆく。
 三人の神官は池の水面に向けて、まるで自身の気を送り込むかのように、両の手の平を翳している。
「さあ――お出ましになって下さいな」
 彼女の言葉、そして神官たちの祈り……
 それらに呼応するかのように、神殿の空気が揺らぎ始める。

 ――どこからともなく、風が……

 場が重く、張り詰めてゆくのが分かる。
 館の中の神殿に、入り込む隙間などないはずなのに、風を感じる……
 ノリコの肌を撫で、髪を揺らめかせる程度の――微かではあるが、確かな空気の流れが生じている。 

 不意に……
 耳鳴りのような細く高い音が、神殿に響いた。
 揺らぎ一つ見当たらない、鏡のような池の水面が歪む。
 その中心から、何もないところから……小さな小石を落としたような波紋が、池の縁へと広がってゆく。
 広がる波紋と共に、大小取り混ぜた泡が、池の底から浮かび上がっては消えてゆく……
 ……やがて、一頭の面が……
 ぽっかりと――目と口が穿たれた一頭の面が、小さな波紋を従えて水面に浮かんできた。
 不可思議な様にノリコは言葉も出ず、ただただ、水面に浮かんだ面に見入っている。
 大きな池に浮かんだ面の周りから、小さな泡が群れを成し沸き起こり、膨れ上がり始める。
 ボコボコと、耳障りな音を立てながら池の水が泡と共に、柱のように盛り上がってゆく。
 人の身の丈の、三倍はあろうかという高さまで盛り上がった水の柱は、水泡を幾つも内包し、浮き上がった面を自らの『顔』のようにして、ノリコの前に佇んでいた。

 ――これが、黙面様?

 常識では有り得ない水の動き。
 何らかの『力』が、働いているとしか思えない現象。
 ノリコは言葉を失い、瞳を大きく見開いたまま、見入るだけだった。

          ***
 
 他に控えていた神官の一人が、細身の剣をその両手に捧げるように持ち、タザシーナの元へ歩み寄ってゆく。
 彼女は何の躊躇いもなくその剣を手に取ると、空を切る音を従えながらしなやかに振り向き、
「私達が力を得るために、あなたが必要なのよ……ノリコ」
 剣を構え、微笑みながらノリコを見据えた。
 肩に纏った薄絹が風に揺らぎ、空気を孕んでマントのように翻っている。

 ――な……なによ
 ――なに、剣なんか構えてんのよ

 美しい女性が剣を構える姿を見るのは、これで二人目だ。
 一人目はエイジュ……
 だが、彼女は人を殺す為ではなく、『護る』為に振るっていた……
 『生贄』と言う言葉が、再び頭の中を過ってゆく。

 ――なにか……
 ――悪趣味なこと、考えてない?

 否が応でも、その言葉を自分に当て嵌めざるを得ない。
 鋭い剣先……磨き上げられ、篝火を反射し鈍く光る剣身が瞳に映る。
 …………体の震えが収まらない。
 両腕を掴まれていなければ、自分で自分の体を抱き締め、震えを堪えたいほどに……
 
 『恐怖』に……呑まれてしまいそうだった……

 ――いけない! 怯むなノリコッ!
 
 ハッとして、気を取り直す。
 剣に眼を奪われ、『我』を失ってしまうところだった。

 ――最初の決心はどうした!
 ――気合を入れろっ!!

 なんとか『自分』を取り戻し、ノリコは自身を叱咤する。
「あら……」
 瞳に、怯えた色を浮かばせながら、それでも『光』を失わないノリコに、
「泣き叫んで命乞いをするのかと思ったら」
 タザシーナは薄い笑みを浮かべたまま、そう言って意外そうな眼差しを向けた。
 美しく彩られた相貌は冷たく、
「あなた、殺されるのよこの剣で……わかってる?」
 ノリコに『死』を自覚させる為なのであろう――嘲りを籠めた口調で態と、そう訊ねていた。
 無言で……体を震わせながらもしかし、怯むことなく――ノリコは持ち得る気合の全てを籠めて、タザシーナを睨み、見据える。
 その無言の『抗議』に、
「ほ・ほ……睨んどる、睨んどる」
 ワーザロッテは小バカにしたように嘲笑し、
「可愛くないわね…………」
 タザシーナはイラついたように、薄い笑みを失くしていた。

          ***

 ――あたし
 ――死ぬのかな

 タザシーナの冷たい眼差しを見据え返しながら、そう、思う。
 『死』は、本当に眼の前にある。
 皆の行為に応えると、覚悟を決めてはいるものの、怖いものは怖い。
 出来ることなら、死にたくなどない。
 けれど、それが今、与えられた運命だと言うのなら……
 逃れることは出来ないと、言うのなら…… 

 ――だったら……心残りがあるな
 ――……イザークのこと……

 ノリコは静かに、瞼を閉じていた。
 今、自分が出来ることをする為に……

 ――あんな状態の彼に……