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彼方から 第三部 第六話 & 余談・第三話

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     第三部 第七話に続く

 
          *************

※ ここから、オリジナルキャラ【エイジュ】の話しとなります。
   本編の登場人物、ガーヤたちと再び合流するまでの間の話しを、描きたいと思っています。
   とりあえず、本編と並行して書いては行きますが、本編とは時系列が異なっていますので、予めご了承ください。

          *************

       〜 余談 ・ エイジュ ・ アイビスク編 〜

 第三話

 アイビスクの国、中央政府のある街。
 その街の郊外に位置する一画に、城と見紛うばかりの豪奢な屋敷が建っている。
 侵入者を防ぐ目的もあるのだろう、屋敷の敷地は高い塀にぐるりと囲まれ、小虫が潜り込む隙も無いように思える。
 その屋敷に、幾台もの馬車が、集まって来ていた。

 西の空は微かに朱の色を残すのみで、遠くの山の稜線が、黒く浮いて見える。
 東の空には既に星が瞬き始め、月が、仄かな明かりを纏いながら、夜を……照らし始めていた。

 高い塀に見合うよう作られた、分厚く重厚な木と鉄で出来た門。
 その門は大きく開け放たれ、煌びやかな造りの馬車を幾台も、飲み込んでゆく。
 途切れることなどないかのように、連なる馬車の列。
 その列の後方で、門の中に飲み込まれるのをまるで躊躇っているかのように、クレアジータとエイジュを乗せた馬車が、順番を待っていた。
 そう……今宵は『夜会』の夜――
 エイジュがザリエと対峙したあの夜から、五日ほど経っていた。

          ***

 路面の微かな凹凸に揺れる車輪の音が、振動と共に馬車の中に響いている。
「ねぇ……クレアジータ……」
「何ですか? エイジュ」
 車体の揺れに振られ、体も同じように揺れてしまう中、
「あたし――思うのだけれど……」
「何を、ですか?」
 エイジュは真正面を見据えたまま、隣に座るクレアジータに話し掛けている。
「いつからあたし達……」
 真っ黒に塗られた馬車は、それなりの装飾が施されてはいるが、どう見ても……
「囚人になったのかしら……ね」
 『護送車』にしか見えない。
 外装と違い内装は、一応……身分の高い者を乗せる為に作られたと思えるような造りには、なってはいるが……
 エイジュは、自分たちと共に馬車に乗っている、『ドロレフ大臣の使いの者』と自称した若い男を見据えながら、溜め息と共に言葉を吐いていた。
「おや……この客車――お気に召しませんでしたか?」
 少し進んではまた停まる――それを幾度となく繰り返しながら屋敷へと近づく客車の中、若い男は心無い笑みを顔に張り付かせたまま、上辺だけの柔らかな口調で、受け答えをしていた。
「……いえ、客車などに興味はないのだけれど……」
 エイジュは、使いの者と同じような薄い笑みを浮かべ、車内を軽く見回した後、
「どうして大臣は、あたし達に迎えなどを、寄越したのかしら、と……」
 そう言って、銀の髪を一つに纏めた、自称、『ドロレフ大臣の使いの者』……恐らく、二十代後半と思われる、ライザと名乗った、割と見場の良い男に視線を戻した。
 
 数刻前の出来事を思い返す。
 陽が、少し西に傾き始めた頃だっただろうか……クレアジータの屋敷に、この男が、この馬車と共に姿を現したのは。
 今と同じく、顔に薄い笑みを張り付かせ、ライザは『お迎えに上がりました』と、仰々しくお辞儀をしていた。
 臣官長と言う身分にあるクレアジータが……月に何度も中央政府館に顔を出さなければならない彼が……『馬車』を持っていない訳がない。
 にも拘らず、態々、『大臣』が迎えを寄越す理由……

 ――本当に……やることが卑小ね……

 容易に想像がつく稚拙な企みに、エイジュはもう一度溜め息を吐いた。

「……何か、危惧されていることでも……? ラクエール様」
 上目遣いに見据えてくるライザ……
 言葉は丁寧だが、眼付きと態度は――そうではない。
 恐らく、ドロレフから何やら命令されているのだろう……その『企み』に、エイジュたちを嵌める為に、彼は雇われたに違いない。
 彼から放たれている『気』から、エイジュは挑発するような『闘気』を感じていた。
 とても――大臣に仕えている『ただの使用人』とは思えない。
 こちらが『能力者』であることを、薄々、勘付いているのだろう。
 だとするならば……向こうも、『能力者』――ということになる。
「…………いいえ、何も……」
 エイジュはそう言って首を横に振り、ライザににこやかな笑みを向けると、客車に設えてある窓の外へと、視線を外した。
 
 ――『あちら側』は、これを懸念していた……のかしら

 胸に指先を当て、五日前――招待状を見せられた夜を思い返す。
 あの時、『あちら側』から夜会に行くよう、指示があった。
 ただ単に『夜会』『行く』『クレアジータ』『護る』としか、伝えられなかったが、『あちら側』は、大臣側の稚拙ながらも不穏な動きが、分かっていたのだろう。
 恐らく、今、この時期に、彼に……クレアジータの身に、何かあっては困るのだ。
 だから、自分をアイビスクに戻した……
 エイジュは窓の方に顔を向けたまま、瞳だけを動かし、ライザを見やる。
 澄ました表情で、俯き加減に瞳を伏せてはいるが、唇の端に浮かぶ笑みが、『企み』の成功を信じて疑っていないことを物語っている。

 客車の車輪が少し深い溝にでも嵌ったのだろうか……大きく撥ねる。
 撥ねると同時に大きく揺れる車体から、ほんの僅かな『臭い』が漂い、鼻を衝いた。

 ――……?
 ――何かしら……この、『臭い』……

 意識を集中させて、それが何の『臭い』であるのか、突き止めようとするエイジュ。
 だが……
「やっと、屋敷の中に入れそうですよ、エイジュ」
 そっと、手の平を肩に乗せ、そう言って微笑むクレアジータ。
 その厚意に、集中させていた意識は、削がれてしまった。

 ――致し方、ないわね

「そう……ありがとう、クレアジータ」
 軽く、笑みを返し、エイジュは居住まいを正すと、ライザの背後にある横長の窓から、外の様子を窺い見た。
 幾台もの連なる馬車が見え、その隙間から豪奢な建物――『迎賓館』が見えて来る。
 ライザの、人を見下したように見える冷笑も、視野に入ってくる。
 
 ――さて……どんなことを企んでいるのか……
 ――お手並み拝見と、いかせてもらおうかしら、ね……

 気が、少し昂ってくるのを感じる。
 自然と、口元が緩むのを覚えながら、客車の扉が開かれてゆくのをエイジュは見ていた。

          **********
 
 思っていた以上に、人で溢れていた。
 会場となった広間は、十数組の男女が同時に踊っても差し支えないほどの、十分すぎる広さがあり、現に今も、奏団の奏でる曲に合わせて、数組の着飾った男女が、服の裾を翻しながら踊っている。
 舞踏に参加しない者たちは、壁際に設えられたテーブルや椅子に集まり、あちらこちらで屯っては、上辺だけの笑みを浮かべた腹の探り合いをしていた。