エンドクレジット
夜明け前。
日の明ける直前の静謐な空気を吸い込んで、マグナは眼前の光景に盛大に息を付いた。
「はー・・・先輩の言ったとおりだ…」
本当に1人で行こうとしてるし。
気配を抑えてごそごそと旅立ちの準備をしていたのをあっさりとマグナに見つかったのも気にせず、トウヤは「まぁ、彼らとも付き合い長いから」と悪びれもせずに答えながら、手持ちの荷物らしい革袋の口をぎゅと絞った。
「止めに?」
「ううん、見送りのつもり」
そう。じゃ、よかった。
メイトルパから呼び出した、飛べない鳥に似た召喚獣に鐙を着けてやりながら、トウヤは振り返らないまま、少しの間彼を頼むね、と続けた。
「人に会う約束もあるし、適当に情報を集めたら戻ってくるから」
「・・・ホントにいいの?黙って行っちゃって」
ちらりとマグナは屋敷の二階へ目を向けた。カーテンが閉じられたままの客間で眠っているだろう、トウヤのパートナーが目を覚ました時、どんな事になるのか、想像に難くない。冷静そうに見えるが、結構怒らせると怖そうな予感がする。その辺、何となく兄弟子と似てる気がするのだ、彼は。
そんなマグナの心情を知ってか知らずか、トウヤはいつも通りのほん、としたものだが。
「少し様子を見に行くだけだよ。ソルがもう少しちゃんと回復するまで僕は暇な訳だし、その間に出来る事くらいやっておいてあげたいし」
「あー…何かそれは判るかも。こーゆー時くらいちょっとイイトコ、見せたいよね」
…イイトコ見せたいんだ?
・・・少しばかりその辺に双方の思惑に差異があるような気がしないでもなかったが、トウヤはあまり深くは追求しないで曖昧に相槌を打っておくに止めた。
「――――そうだね。まぁ…でも僕の行動は読まれてるから、起きたらすごく怒るだろうけどね、ソルは。とりあえず後の事は宜しく」
「ええ!?」
ちょ、そんな素で爽やかに手を振られても。バレてるの判っててやるのか?って、サプレスの守護者たる護界召喚師の怒りなんて凄そうなもの、一体どうしろと。
慌てるマグナを余所に、トウヤは完全無欠な笑顔で笑った。
「大丈夫、ソルは関係ない人にやつ当たりしたりしないよ」
「…黙って見送っちゃってる辺り、共犯ぽい場合は?」
「大丈夫だよ。・・・多分」
たぶんって。
人好きするその笑顔に、何だか誤魔化されているような。
かつてミモザが零していた、『あの笑顔がクセモノ』の意味が分かったような気がする。何か、負ける。何に負けているのかは判然としないが。
・・・ま、いいか。
あっさりと色々なものを遠くへ追いやって、マグナもニッ、と笑いかえした。
「あーあ。御伽話も噂話も、アテにならないね、ホント」
「?何の話だい?」
「こっちのコト。気にしなくて良いよー」
ひらり、と手を振ってみせる。
「本当は手伝いたかったんだけど…、俺ももう少ししたら南へ調査しに行かなきゃいけなくって」
「…ありがとう。でもこれは僕が、僕たちがかたを付けたいことだから」
「うん。俺も・・・まだ、たぶんあちこちにあるから」
何が、とは言わなかったが、トウヤは軽く頷いただけだった。
あ、そうだ。と、振り切るように殊更明るくマグナは振り返った。
「・・・前にサイジェントで話した時、本当はもう一つ聞きたい事があったんだ」
「何だい?」
「トウヤはどうして、元の世界に帰らなかったのかな、って」
帰る場所があったのに、帰れない訳じゃなかったのに、どうして。
「・・・そうだね。でも単純に、僕が側にいたいんだと思うよ」
真っ直ぐに視線を合わせてくるトウヤはただ緩く口元に笑みを浮かべていた。