小説版アマガミ ~森島先輩はそこにいる~
「もちろんダッ君のことは好きです。でも、ハンカチは妹ので……自分で色々とグッズを買うほどでは……。本当にすみませんでした。なんとなく言い出せなくて……それで……」
僕の眉毛は知らず知らずのうちに、謝りの気持ちを表したい一心でハの字になっていた。
うぅ……。
先輩とはこれからだっていうのに。もう嫌われちゃうのか。
「……もうなんていい子なの! ベリーグーね。このこの~」
先輩がグーをつくった手で軽く僕の肩を小突いた。
何故かすごく嬉しそうだ。
「え? せ、先輩」
一体どういうことだ?
「本当に正直でいい子だね。私が好き―って言うから言い辛くなったんだよね?」
「はい……」
「ふふっ、改めてそれを言い出すだなんてすごいね」
まだ先輩の急転換な反応に驚きつつも、内心は先輩が気分を害していなかったということと、思い切って本当のことを伝えたことに対して褒めてくれたことに素直に喜んでいた。
「いい子いい子」
と言いながら先輩はまた前みたいに僕の頭をなでなでしてくれた。嘘だろ。
頭皮に伝わる感触が現実のものとは思えず、とにかく信じられなかった。撫でられたところから幸せな温かさで溶けていってもおかしくなかった。
「あ、ありがとうございます……」
「ふふっ、何だか橘君って、小動物系だよね。申し訳なさそうに私を見る仕草とか、怒られるかなぁってちら見するところが」
「そ、そうですかね……」
なんだろうこの感じ。変な気分だけど、照れる。
「可愛いなぁ」
先輩はそう言ってくれた後、「やっぱりそのタオルは貰って」と言って僕が手に持っていたタネウマクンタオルをくれた。僕が素直だからそのご褒美にってことらしい。
森島先輩がさっきまで持っていた、森島先輩のタオル。
鼻を近づけなくても分かった。
タオルから、爽やかな匂い。
ちょっとドキドキする。
それに、これまで自分が使ってきたどのタオルよりもふわふわなんじゃないかというほど優しい手触り。
洗うのがもったいないかも……。
ってなんか危ない人みたいかな……。
今日も一日終わり。後は高橋先生の話が終われば――。終われば、どうする? そのまま帰るか? いや、それじゃ何かあっけないぞ。何かしてから帰りたい。梅原とちょっと話して帰るか、それとも梨穂子の茶道部を冷やかしに行くか。うーむ、それもなんか違う。もうすぐクリスマスだ。何か行動したい。
っていうか、思ったよりホームルームの時間が長引いてる。今日は先生の話が長いな。と、高橋先生を見て意識を集中させた拍子に、胸元のシャツの白さに吸い込まれた。V字を作ってそこから微(かす)かに先生の肌がなまめかしさを見せている。そしてその下は言うまでもなく、十分な、大人の、余裕のある盛り上がり。先生の体は引き締まっててスタイルが良いから余計にその膨らみを強調している。
はぁ、やっぱ年上って良いよなぁ。高橋先生を眺めているといつも思う。なんか、こう、しっかりしてて安心する感じが良い。普段は厳しいからこそ頼りがいがあって、たまに個人的に優しい口調で注意されると胸が撃ち抜かれたような気持になるんだよな。
あ、高橋先生が創設祭の話をし出した。クリスマス……。先生は毎年、クリスマスは何してるんだろう。やっぱり創設祭の見回りに行ってるのかな。でもそれは先生として、仕事としてだよな。その後に、誰かとどっか行ったりとかは? っていうかそもそも、高橋先生って彼氏いるのかな? 気になる。今度何かの話のついでに聞いてみようかな。
そういえば先生は、確かまだギリギリ二十代で……二十九歳とかだった気がするけど、三十路目前の割に見た目は若々しくてそこがまた良い。あ、先生とは十歳以上も違うのか。今まであまり意識したことなかったけど、こうやって数字で改めて考えてみると人生経験の厚みの差を感じる。だけど、それが年上の人の魅力なんだよな。
うん、そうだ。僕は年上が好きなんだ。だからこそ、森島先輩に恋い焦がれてるし ―― 改めてこうやって心の中で言葉にすると胸のところが熱くなって、恥ずかしいんだけど ―― クリスマスを一緒に過ごすために仲良くなるっていう確かな目標を立てているんだ。同じ年上でも、森島先輩は高橋先生と比べたらそこまでしっかりしてるっていう感じじゃないかもしれない(本人の前で言ったら怒るだろうな)。だけど、その年上で凛としているイメージとは逆に、どこか抜けている感じ、独特の世界観を隠し持っている感じが先輩の、特別の魅力なんだ。
放課後。それまで同一の規律の中で同じ空間、同じ行動を共有していた生徒たちは、この時間になるとそれぞれが選んだ色とりどりの花を咲かすようになる。ある者は部活動のために運動場へ出、または別の教室へ移る。ある者は教室に残って友人とお喋りに興じ、ある者は図書館などへ行って趣味の時間に充てたり、暇な時間を弄(もてあそ)んだりする。そんな彼らを傾きつつある太陽が一様に照らし出す。野球部、サッカー部、テニス部、陸上部……。外で部活動をする生徒たちは、今日も一日、充溢(じゅういつ)する精気を修練につぎ込む。張りのある肉が動き、震え、汗に濡れる。そしてそれに伴(ともな)って快活な掛け声がいくつも飛び交う。その内側の余分な何かを発散しようと努めているとしか思えない俊敏で軽快な動きや活気に満ちた声は、若さのために最初から無条件に清浄だった。
図書館へ行くために一人渡り廊下を歩く、少々手持ち無沙汰な少年にもそれは聞こえていた。
森島先輩に似合う男になるには。日々の意識的な行動が必要だよな、うん。これから一日一回は「男力(または人間力)アップ」のための行動を必ずするようにしよう。ってことで今日はまず手始めに、図書室に行って何か本を一冊借りよう。あまり自分から進んで図書室に本を借りに行くことはないんだけれど、たまにはこういうのもアリだな。
どんな本を借りるか考え巡らせていたところに、見慣れた幼馴染が同じく渡り廊下を歩いてきた。彼女の元々濃いめの茶髪は、傾きかけている夕焼けが触れてその茶色を強めているために、燃えるような色だった。
「あ、純一! 何してるの?」
いつも通り、ふわふわして気の抜ける声だ。
僕は梨穂子にこれから図書室に行く旨を伝えた。
「ふ~ん」
この時間に、いつもの茶道部のところにいるわけでもなく、家に帰っているわけでもなく、窓から中庭が一望できる渡り廊下でぶらぶらしていることに違和感を感じ、同じ質問を梨穂子に返した。
「今日は部活がないんだよ。一応、茶道部室には行ったんだけど、るっこ先輩がいきなり『今日は休みだー!』って言いだして。それで、帰ろうとしたんだけど、校門のところで辞書を忘れたのを思い出して教室に取りに帰ってたところ」
まだ校舎内にいるタイミングで忘れ物を思い出すなんて、梨穂子にしては今日はかなり冴えてる日だな。いつもの梨穂子なら校門を通り抜けてだいぶ進んでから思い出すか、それか家に帰った後に思い出すか、だからな。
作品名:小説版アマガミ ~森島先輩はそこにいる~ 作家名:美夜(みや)