終わりのない空4
「私はブレックス・フォーラだ。宜しく」
状況が分からず戸惑うアムロに、クワトロが挨拶をする様に促す。しかし、連邦から抜け出したアムロが連邦の、それも高官に名を明かして良いものか悩む。
すると、その心情を察したのか、クワトロがもう一度大丈夫だとアムロの肩を叩く。
「…アムロ…アムロ・レイです」
おずおずと挨拶をすれば、ブレックス准将が満面の笑みで握手を求めてきた。
「会えて嬉しいよ。アムロ・レイ大尉」
「え?僕は少尉です、大尉では…」
「いや、君は昨年昇進して、連邦の記録上は大尉になっているよ」
「どういう…事ですか?」
「その辺りの事はこのラグナス少佐のが詳しいだろう?」
ブレックスに視線を向けられ、ラグナスがコクリと頷く。
「はい、アムロ大尉は今現在も軍に在籍しており、オーガスタ基地に配属されている事になっています。また、同じくクワトロ大尉以下三名についてもオーガスタ基地からシャイアン基地に転属扱いとなっており、現在も軍籍は残っています」
アムロは軍から抜けた筈の自分が昇進している事に驚くと共に、軍が事実を隠蔽して、さも存在しているかの様に振る舞っていたのだろう事を察する。
そして、全てラグナスが“そう”手配したのだと気付く。
オーガスタ基地の責任者であるブラウン大佐はアムロの行方不明の事後処理を全てこの男の丸投げしたのだろう。
そして報告書もまともに確認せずに通したに違いない。
出なければクワトロ達の軍籍が残っているなど有り得ない。
「どう…して…」
「あの件で責任を負わされて、降格されそうになったところをブレックス准将に救われた。クワトロ大尉達の件については准将の指示だ」
「どういう事ですか?」
そんな都合の良いことがあるだろうか?
「分からないか?」
横で話を聞いていたクワトロがクスリと笑う。
「クワトロ大尉?」
「私達がオーガスタ基地に潜入出来たのは准将の手助けがあったからだ」
「え?だって貴方は…!どうして連邦の偉い人がそんな事を⁉︎」
ジオンの人間であるシャアを連邦の高官が潜入させる手助けをするなんて考えられない。
余計に混乱するアムロに、准将が優しく声を掛ける。
「君にはまず、連邦の内情について話さねばならないな」
「連邦の…内情?」
「ああ、少し長くなる。こちらで話そう」
入り口から応接室へと移動し、そこでジャミトフ・ハイマンが立ち上げたティターンズの事を聞く、ジオン残党狩りと称して反連邦の組織に対する暴挙、各コロニーに対しての圧政。
そして、そんなジャミトフのやり方に不満を持つ連邦内の同志による対抗組織立ち上げの計画。その対抗組織には反連邦の組織も協力していると言う。
そこにはもちろん、ジオンの残党も…。
「…でも…連邦がジオンと手を組むなんて…」
自分は何の為に戦ったのかと、複雑な想いが込み上げる。
確かに、連邦の上層部は腐敗が進み、賄賂や不正が横行していた。
散々囃し立てた自分の事も、自分達に対する脅威に成り得ると分かった途端、掌を返した様に邪魔者扱いし、研究所に幽閉してモルモットとして扱った。
そんな連中に対抗する組織を立ち上げると言うのは納得できる。
しかし、ジオン軍はコロニー落としをしたり強硬な手段で罪の無い多くの人を死に至らしめた。
自分の父が酸素欠乏症になり、その後転落死したのも要因はあの日、サイド7に強襲して来たザクの所為だ。フラウも目の前で家族全員を失った。
そんな組織と手を組むなんて…。
アムロは唇を噛み締める。
ブレックスはアムロの心情を察しながらも話を続ける。
「確かに、かつてザビ家が起こした独立戦争は多くの尊い命を奪った。しかし、独立の願いはジオンだけではなく、多くのスペースノイドが心の内に秘めている願いだ」
「え…?」
「人類が宇宙に出て半世紀以上だ。宇宙で生きる者達は地球からの支援を受けずとも独立して生活出来ている。寧ろ地球へと食糧や鉱物資源を供給している程だ」
「それは…」
「しかし、地球に住む特権階級の人間は宇宙に住む人々を蔑み、支配する事で自分達の地位を維持しようとしている。だからこそ、スペースノイドの独立を許さず、反抗するものは反連邦として排除している」
「それを…行っているのがティターンズ?」
「そうだ。それに彼らのやり方は常軌を逸している。叛旗を翻す者に対し、虐殺とも思える行為を行い、スペースノイドを恐怖で支配しようとしている」
「…准将はスペースノイドの独立を許しても良いのですか?」
連邦の高官であるブレックスがその特権階級を放棄する様な行動に出る事に疑問を持つ。
「確かに私は地球で生まれ育った生粋のアースノイドだ。しかし、宇宙で生まれ育ったスペースノイドもアースノイドも同じ人間だ。人間が人間を支配するなど間違っている。住む場所の違いによって確かに価値観は違うだろう、ならば共生すると言う道もあるのではと私は思う」
准将の言いたい事は分かる。しかし、アムロはまだ納得が出来ない。
「…そうですね…。それで、准将は反連邦組織を立ち上げてどうするのですか?武力によって対立をするのですか?」
また戦争が始まる予感に、アムロが暗い顔をする。
「できる事ならば話し合いで解決したい。その為の準備も勿論している。しかし、それで解決しないならば武力行使も致し方ないとも思っている」
「そうですか…」
アムロとて、人類の歴史がそうして紡がれてきた事を理解している。
そして、ティターンズの圧政をこのまま野放しにしておいては、スペースノイド達の現状がどんどん悪くなる事も。
「その為には、ティターンズに匹敵する力を我々も得なければならない。我々の志しに賛同しているアナハイムエレクトロニクス社からの支援で装備についての目処が立っている」
「…あとは…パイロットが…必要なんですね…」
「そうだ、アムロ・レイ大尉。君の力を借りたい」
また戦場あの戦場に戻らなければならないのかと思うと簡単には「イエス」と言えなかった。
ようやく軍から解放されて、人並みの生活を送れるようになったのだ。
今のままではいられないなだろう事は薄々気付いていた。おそらくクワトロ達は准将と共に反連邦組織として戦うのだろう。
彼らとの生活が終わりを告げようとしている事に、寂しさが込み上げる。
「クワトロ大尉達は…准将と共に戦うのですよね?」
「ああ」
僅かな望みをかけて確認すれば、はっきりとした答えが返ってくる。
「僕をあそこから逃してくれたのは…戦力とする為だったんですか?」
「…そうだ」
「…っ」
ただの好意で逃してくれた訳では無いとは分かっていた。しかし、ここ数年の穏やかな生活で、もしかしたらと言う思いが心に芽生え始めていた。
それが、その一言で幻だったのだと悟る。
「アムロ…」
アムロの苦悩する表情にクワトロが心配気に声を掛ける。
「准将、申し訳ありません。少し考えさせて下さい」
「ああ、もちろん構わない」
優しく答えるブレックスからは強要するつもりはないとの想いが伝わってくる。
この人は、本当にスペースノイドの未来を憂いて指導者として立ち上がったのだろう。その志しには賛同出来る。
しかし、自分がまたあの戦場で戦うと言うのは別問題だ。