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自分らしく
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彼方から 第三部 第七話 & 余談・第四話

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 大臣に従うつもりはない……ということなのだろう。
 エイジュはふと、口元を綻ばせていた。

 ――普通なら、見て見ぬフリを決め込むところでしょうに……

 他の者に言わせれば『無謀』と、言われるところだろう。
 誰もが『理不尽』と思いながらも、身に降りかかる害を考え、関わろうとはしないものだ。
 邪気の影響を振り払い、自身が正しいと思ったことを行動に移せるだけの勇気と精神力……
 その、思いの強さに――思いを強く持てる者が居ることに、エイジュは嬉しさを禁じ得ない。

 ――何処の国にもいるのね
 ――『心』に『光』を持つ人々が……
 ――けれど……

 懸念が過る。
 あれだけ苛立っているドロレフが、このまま素直にあの警備の男を、部屋から出て行かせるとは思えない。

「貴様っ! 誰がそのようなことをしろと命じたっ!!」
 
 案の定、ドロレフの怒号が窓の外にまで響く。
 手近にあった燭台を掴み取り、そのまま男の後を追ってゆく。

 ――いけないっ!

 『飛ぼう』と、思ったその時だった。

「ドロレフ様」

 開け放たれたままの扉から、ライザが姿を現したのは……
 
「……?」
 皆の視線を一斉に浴び、ライザは怪訝そうに眉を潜めた。
 沈黙の中、部屋を一通り見回し、合点がいったように頷く。
 薄っぺらい笑みを張り付かせた顔を、使用人を抱えた警備隊員に向けると、
「これから大臣と話があります。用がないのなら、早く立ち去ることですね」
 そう告げた。
 その言葉に、今度はローリが眉を潜める番だった。
「何を……っ!」
 カッとして、怒鳴り散らそうとするドロレフを、手の平で制し、
「ご報告があります……部外者に聞かれるのは拙いのではありませんか?」
 歩み寄るとライザは口早に、耳元でそう囁いた。
 ハッとして眼を向けるドロレフに、ライザは薄い笑みを浮かべたまま頷くと、
「さあ、早く行きなさい」
 眉を潜めたまま、使用人を抱え立ち尽くしている男に、そう命じた。

「……分かりました」
 親しげに大臣に近付く、どう見ても胡散臭い、怪しげな男……
 不審な思いは残るが、今は、彼女をこの場から連れ出すことの方が先決だ。
 ローリは自らの思いを押し込めると、頭を一つ下げ、扉へと向かった。
「貴様、ローリ……ローリ・アリコワと言ったな」
 その背に、憎々しげにドロレフが声を掛ける。
「……はい」
「このままで、済むと思うなよ」
「…………承知しております」
 振り返り、もう一度頭を下げ、そのまま部屋を出て行く。
 静かに、扉が閉じられてゆく。
 特別室の中に響くのは、ドロレフの荒い息遣いだけとなった。

          ***

「早く、報告せぬか!」
 手にした燭台を荒っぽく、元あった場所に叩きつけるようにして置くと、ドロレフは吐き出し損ねた苛立ちを籠めて、ライザを睨みつけた。
「……数名の若い貴族が、どうやら彼の話しに興味を持ったようです」
 憤りを隠そうともしないドロレフに溜め息を吐きながら、ライザは淡々と、そう報告した。
「なに……?」
 彼の報告に眉を顰め、眼を見開くドロレフ。
「あの荒唐無稽な、『光の世界』などと言う、法螺話にか!?」
 確認するかのように問い掛けるドロレフに、ライザは黙って頷く。
「……クレアジータの奴め――!」
 部屋の中をうろつき回り、忌々しげに呟きながら、流石に疲れが出たのだろうか、眼に付いたソファに腰を下ろすドロレフ。
 少し、落ち着きを取り戻したと見たのか、取り巻き連中がすかさず寄って来て、先ほどの女中が持って来た酒を注ぎながら話し掛け、ドロレフに勧めている。
「聞いた話に因れば、その『光の世界』とやらは、我々の居る世界の裏に在る、『目に見えない世界』のことだとか……何とも面妖な話ですな」
「しかも、『闇の世界』とやらもあると言う話ではありませぬか……」
「ふんっ……実にくだらんっ」
 ドロレフは腹の内に溜まる苛立ち諸共、注がれた酒を一気に飲み干していた。
 空になった器へ、取り巻きたちは即座に酒を注いでゆく。
 クレアジータの、温厚そうな笑みが浮かぶ。
 誰に対しても、差別することも分け隔てることもせずに接するその態度に腹が立つ。
 身分の高い者に諂うことも、身分の低いものに高飛車に出ることもない。
 言っていることも首尾一貫していて、意見を曲げることも主張を変えることもない……
 揺らぐことのない『意志』というものを、醸し出される『品性』というものを、ドロレフはクレアジータから感じていた。
 ……それと同じものをあの男――ローリと名乗った、あの警備の男からも、感じる。 

「くだらん……」
 モヤモヤとしたものが、体の内に溜まっていくような気がしてならない。
 器に注がれていく酒の様に溜まり、いつしか溢れ出てくるような気さえする。
 並々と注がれる酒の向こうを見やる。
「だが、放ってはおけん」
 器を持つ手に、力が籠る。
 そのモヤモヤとしたものを、どんな形であれ、吐き出したい欲求に駆られる。
 ドロレフの、薄暗い感情に呼応したかのように、態と、視界に映りこんでくるライザ。
 彼を見据え、
「奴は、仮にも国の臣官長たる者……そのような身分にある者が、荒唐無稽な法螺話を、世間知らずの貴族の若者に吹聴して回るのを、国の重臣として、見過ごすわけには……行かんな」
 そう言いながら、取り巻きの二人にも眼を向けた。
 二人は互いに顔を合わせ、ニヤリと、笑みを浮かべると、
「正に……その通りですな、ドロレフ殿」
「そうですとも、何か、仕置きをせねばいけませぬな」
「仕置きか……」
 取り巻きの言葉に、口元を歪ませるドロレフ。
 その瞳に、暗い愉悦の色が浮かび始める。
「さて――どのような仕置きが良いかのぉ……」
 思い通りにならぬ者に対する仕打ち……その応えを求め、暗く、捻じ曲がった欲に塗れた瞳を、ライザへと向けた。
 冷たい笑みを浮かべ、
「僭越ながら……わたしで宜しければ、その『仕置き』を与える役――務めさせて頂きたいのですが……」
 ドロレフの眼の前まで歩み寄り、恭しく跪くライザ。
「……何か、考えがあるのであろうな」
「――物騒な世の中にございます……帰りの道中、『盗賊』に襲われることなど、良くある話しではありませんか?」
 ドロレフの問いに返したその言葉に、三人はライザを見詰め、暫し黙していた。

「くっ……くっくっ――」
 ドロレフから、押し殺した笑い声が漏れる。
「ほ・ほ・ほ……これはこれは、確かに、良く聞く話ですな」
「最近、頓に増えていると、聞き及びますしのぉ」
「はーっはっはっ……そうだな、確かに『物騒な』世の中であるな」
 共に、大声で笑い合う三人。
 ドロレフは一頻り笑い終えた後、注がれた酒をまたも一気に飲み干し、立ち上がると、
「後は任せたぞ、ライザ……」
 不敵な笑みを浮かべ、そう告げた。
「さて、舞踏会も、そろそろお開きにしようではないか――これから先の時間は、『盗賊』の領分だからのぉ……」
 高笑いを上げ、そう言いながら部屋を出て行くドロレフ。
 取り巻き連中もそれに倣い、底意地の悪い笑みを浮かべながら部屋を出て行った。