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彼方から 第三部 第七話 & 余談・第四話

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 仲間に当たり、弾き飛ばし――外へ外へと振られる力に耐え切れず、小柄な男は悲壮な叫び声と共にエントランス二階の渡り廊下へと、その姿を消した。
 錘の無くなった鞭が、自身の重みと遠心力によって、イザークの足から離れてゆく。
 イザークは流れるように淀みなく、足を振り回した勢いを利用して、体を起こす。
 ……獣のように、四肢を床に着けた状態で―― 

           ***

「う……」
 痛みに顔を歪め呻きながら、親衛隊たちが起き上がってくる。
「怯むなっ! これしきのこと、我らには虫にさされた位のものだ!!」
 トラウス兄弟が剣を構え、イザークを見据え、檄を飛ばす。
 その言葉に応えるように、他の者も剣を構え始める。
「そうとも! 黙面様より超人的な体力を戴いている!!」
 歴然とした『力』の差に焦りの色を浮かべながら、他の仲間に……自身に言い聞かせている。
「そして、今、まさに、より強大な力を授けられようとしているのだ!!」
 縋りつくように信じているのだ。
「あの娘の生き血により!!!」
 待っていれば、必ず、与えられると。
 だからこそ、彼の者の行く手を阻まなければならない。  
「絶対にこいつを、神域へ入れるなっ!!」
 時間を、稼がなくてはならない。
「我ら総出で掛かれば、負けるはずがないっ!!」
 儀式を終えるまで……
 攫ってきた『生贄』を『黙面様』が受け取られる、その時まで――
 『生き血』が捧げられる、その時――まで……
「死ねっ! 化物っ!!」
 自分たちが望んで止まない、更なる強い『力』が、もう直ぐ手に入る。
 たかが『異国の娘』一人……その命を捧げるだけで……
 それだけで……!!

「娘はもはや、我らのものだっ!!」

 獣のように床に四肢を付けて身構えている侵入者に、皆で躍りかかる。
 相手がどれだけ強かろうと――
 相手がどんな化物だろうと――
 邪魔立てなど、させるわけにはいかなかった。

          ***

 何を言っている……
 何を、言っているんだ、こいつらは

 そんな……
 そんなくだらない理由のために……

 ノリコを……

 体が熱い……
 額が――痛む……
 怒りを、憤りを抑えられない、制御……出来ない。
 奴らは何だ……何なのだ!
 そんなに『力』とやらが欲しいのか――他人を犠牲にしてまで……
 ノリコの――彼女の命を奪ってまで……
 
 やっと……
 やっと、ケガが治ったところだと言うのに……
 やっと、元気になってきたところだと言うのに……

 …………くだらない。
 己のことしか考えていない奴ら……
 与えられるのを待つだけで、自らを鍛えようとはしない奴ら……

 おれから……

 おれからノリコを奪い去った奴ら――!!

 ………………るな

 ……ざ……けるな

 ……ふざ、けるな……

          ***

 心の底から湧き上がる憤り――怒り、苛立ち……
 これまで、これほどの怒りを覚えたことはない……
 大切に想っている人が……
 離したくないと、傷付けたくないと……その笑顔を見ていたいと……
 そう願って止まない人が『奪われた』。
 くだらない理由で……
 他の者の欲望を満たす為に……
 二度と手の届かないところへと……
 耐えられるわけがなかった。
 『力』を欲した。
 目障りな奴らを、行く手を遮る奴らを排除する為に。
 自らが欲するものを、もう一度、手にする為に。
 間に合わせる為に――!
 
 体中に満ちる『気』が、外へ出ようと暴れ回っているかのように思える。
 怒りが、憤りが、心を満たす程に……
 この『力』を他に向けることに、今は何の躊躇いも無かった。
 
「 ふ ざ け る なぁっ!!」

 膨れ上がるどす黒い力と共に、イザークは吠えた。
 満ち満ちて有り余る『力』を……扱ったことのないほどに――留まるところを知らず、膨れ上がる『気』と、共に……

          ***

 イザークの怒りに満ちた怒号と共に、激しく大きな『気』が、一気に放出された。
「うわぁっ!!」
 何人もの親衛隊が放出された『気』に飛ばされ、壁に、他の仲間にぶつかってゆく。
 与えられた『力』の強い者だけが、辛うじて耐え、飛ばされるのを免れただけだった。
 誰もが衝撃を受けていた。
 誰も――彼の者と同じことを出来る者がいないからだ。
 あのように激しく強い『気』を放つことも、その『気』の放出だけで、何人もの人間を壁にぶち当たるまで飛ばすことも――それを、たった一人で成すことも……

 遠巻きに、見ることしか出来ない。
 手を出しあぐねいている。
 総出で掛かったところで、勝てるかどうかも分からない。
 放出された『気』の凄まじい力に削られ、石の床や土の壁から細かな砂や土が、煙のように舞い上がっている。

 ……ワーザロッテの親衛隊たちは立ち竦み……見詰めるだけだった。
 緩やかに蠢く土煙の中から、水色の瞳が光るのを……
 その額から鋭い角を生やし、身構え見据えてくる、異形の姿の男を……
 イザークの姿を、ただ息を呑み、見詰めていた。

      *************
 
「では、バンナが言っていたあの男が、侵入して来たというのかっ!?」
「し……しかも、あれは普通の人間じゃありませんよっ、姿も力も化物並みで、親衛隊十人がかりでも、苦戦してるんですっ!!」
 神域に逃げ込むようにして駆け込んで来た、若い、グゼナの兵士たち。
 彼らは狼狽え焦り、怯え――血の気の失せた形相で、ワーザロッテに訴えている。
 兵士の狼狽した様に、先ほどから微かに伝わり来る振動に……ワーザロッテも彼の言葉を信用せざるを得なかった。
「…………」
 神官二人に腕を掴まれたまま、ノリコも駆け込んで来た兵士たちを凝視していた。
 否が応でも、兵士の報告が耳に入る。
 彼女もまた、兵士の言葉に困惑していた。

          ***

 ――そうだ……
 ――あたしにも分かる
 ――さっきから感じているイザークの気配が……
 ――ひどく乱れている
 ――いつもと、違う

 伝わってくる彼の『精神』の乱れ……
 手に取るように分かる。
 だからこそ……

 ――襲撃されるまで
 ――彼は、あの発作で動けなかったんだ

 案じられる……

 ――ここまで来てくれたってことは

 心配でならない。

 ――何か、すごく……
 ――無理をしてるってことじゃないのかしら

 彼の――イザークの状態が。
 その『心』も、『体』も。

 大岩鳥に攫われた時のことが蘇る。
 あの時も、力を使い過ぎて……無理をして……
 今の方がきっと、あの時よりも無理をしている、力を、使い過ぎている……
 不安で、心配で――胸が苦しい。
 助けに来てくれたことは、とても嬉しい……けれど、同時に想う――自分を助ける為に、無理をして欲しくない、と。
 『精神(こころ)』が乱されるほど、苦しい思いをしないで欲しい……と。

 儚げな表情で『独り』佇む、イザークの姿が脳裏に浮かんでくる。
 ただの想像に過ぎないその姿が、その儚さが、現実になりそうで怖かった。