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彼方から 第三部 第七話 & 余談・第四話

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 シェフコともう一人が、追い打ちを掛けるように、爆裂攻撃を加えた。
 二人がかりの激しい破壊力に、イザークは両の腕でガードせざるを得ない。
 中空でのバランスは崩れ、否応なく、床へと、その身が落ちてゆく。

「やったか!!」
「すっげぇ! 力が今までの何倍も増してるぜっ!!」

     『うるさい……』

 落ちてゆく侵入者の姿に、歓喜の声を上げる親衛隊たち。
 その声が鬱陶しく、苛立たしい……
 ほんの少し、その攻撃が効果を示しただけで――ほんの少し、こちらの行動を邪魔立て出来たぐらいで……
 何を勝ったつもりになっているのか……!

     『こいつら、うるさい』

 邪魔で仕方がなかった。
 ただただに、邪魔なだけだった。
 構う時間が……構わなければならない時間が、惜しくてならない。
 沸々と心の奥底から怒りが、膨れ上がる。
 怒りと共にどす黒い力が、脈を打ちながら溢れ出ようとしてくる。
 落ちる直前床に衝いた手は、硬く節くれ立ち、爪が、更に鋭さを増していた。
 イザークは衝いた手の反動を利用し、体を回転させながら何事も無かったかのように、降り立っていた。

「立った!!」
「ダメージを受けてないのかっ!?」
 二人がかりの爆裂攻撃……
 それまでの攻撃によって、侵入者の着ている服は所々裂けたり破れたりはしているが、その身から――イザークの体からは、新たな血は、流されていない。
 軽やかに体を一回転させ、床に着けた足も、揺らめきさえしていない。
 湧き上がる新たな『力』を、加減なくぶつけたはずなのに……
 にも拘らず、侵入者はよろめく素振りさえも見せない。
「おれに任せろっ!!」
 動揺を隠せない二人に代わって、両手を大きく広げた男が前へと出てくる。
 男は、取り囲んでいる親衛隊の連中を無視して行ってしまおうとしている侵入者に対峙すると、
「縛!!」
 大声と共に、自らの両の手を組み、合わせた。

     『――ッ!!』

 体の自由が、いきなり奪われた。
 大きな気の『力』で、締め付けられているのが分かる。

     『……うるさい……』

 だが、それだけのことだった。

「今だ! 奴は動けんっ、止めを刺せっ!!」

 また、群がろうとする。
 たかがこれしきの事で……
 一時、動きを封じたくらいで……

     『うるさい……』

 体の奥底から『力』が、脈を打ってくる。
 邪魔をされる度に、『敵』が『力』を、誇示する度に……
 皮膚が、青みと黒みを強く帯び始める。

     『うるさい』

 自らが呼び覚ました『力』は、求めに応じて際限なく、その『力』をいくらでも、湧き上がらせてくる……
 硬質化し始めた皮膚は罅割れ、急激に大きく、そして鋭く、辛うじて残っている服を引き裂き、ささくれ始める。 

     『うるさい』

 その意思を、想いを、思案を、意識を……自我をも――――
 呑み込まんとするかのように……
 『力』自体が、『力』そのものが、恰も意思を持っているかの如く……
「うるさいっっ!!!」
「うっ!!」
 イザークの怒号と共に、大きく膨れ上がった『気』が、体を呪縛から解き放つ。
 術者が力強く組み合わせていたはずの両の手の平が、イザークの『気』の力に激しく弾かれ、撥ね返されてゆく。
 『力』と共に、膨れ上がる感情。
 止め処なく『負』の、『闇』の感情が、イザークの心に満ちてゆく。
 『目的』も、その『願い』も、大切な『想い』さえも押し潰し――『自我』すらも、『殺して』しまいそうなほどに……

「おれの邪魔をするな―――――っ!!!」

 イザークは、苛立ちに満ちた怒号と共に、満ち溢れ激しさを増すのみの『気』を、群がり来る親衛隊に向けた。
 言葉通り、『邪魔』をさせない為に……

          ***

「うわあああっっ!!」
「ひいぃいっ!!」
 堪えることも、抗うことも出来ないほどの凄まじい『気』の衝撃波が、襲い来る。
 誰も、その場に留まることすら許されず、壁や床を、耳を劈くような音と共に破壊しながら迫り来る衝撃波に、その身を弾き飛ばされていた。
 新たに『黙面様』から齎された『力』など、たった一人の異能を持つ、異形の姿の男の前では、塵にも等しい『力』でしかなかった。
 どれだけ数を揃えようとも、どれだけ『力』を与えられようとも、天と地ほどもの差は、埋めることなど出来ない。
 持ち得た『力』の圧倒的な差の前に、成す術など、あろうはずがなかった。

「消えろっ!!」

 彼の者の怒号が聞こえる度に、激烈な『気』が迸る。

「消えろっっ!!!」
 
 この『力』を抑え込もうなど……ましてや反撃など――出来ようはずがない。

「消え失せてしまえ―――――っ!!!!」

 一際大きく、心の奥底から絞り出すように、侵入者が『咆えた』。
 その咆哮は更なる衝撃波を生み、天井を、壁を、床を這い、辺りにいる者全て、館そのものを巻き込むかのように、渦を巻いて迸って行った。

          *************

 セレナグゼナの街に、爆音が轟く。
「何の音だ!?」
「占者の館からだっ」
 道行く人は驚き、慌てふためきながら辺りを見回す。
 その音の聞こえた方を指差し、近場の人々は口々に教え合っている。
 見上げたその先に在る『占者の館』を、街の人々はただ不安気に見守ることしか出来ない。
 
 耳慣れない爆発音に驚き、馬があらぬ方向へと走り去ってゆく。
 長い、石造りの階段の下から聞こえる、馬の走る音を耳にしながら、バーナダムは占者の館の前で立ち竦んでいた。

 大きな門は、破壊されていた。
 常駐しているはずの門衛の姿も、なかった。
 馬を乗り捨て階段を駆け上がり、登り詰めたその先に見える館の扉からは白煙が、土煙が立ち込めている。
 足に伝わる振動と激しい爆発音……
 とても、たった一人の『人間』が成している業とは思えない。
 だが、ここには……この『占者の館』には、ノリコと、そのノリコを救いに、イザークが乗り込んでいるはずだ……
 ゼーナの屋敷を襲撃した連中は、確かに、異様な『力』を持っていた。
 イザークも『能力者』であることは確かだ。
 だが、それでも……
 そうだとしても、イザークとあの連中が本気で戦ったとしても、このようになるとはとても思えなかった。
 何らかの、とてつもない『力』が、起こしているとしか……

 それ以上、踏み込むことが出来なかった。
 『怯み』とは違う『恐れ』を、バーナダムは感じていた。
 得体の知れない『何か』が、己の知っている『能力』とは違う『力』が、今この館の中で事を起こしている……
 館を破壊し尽くさんばかりに、その『力』が振るわれている……
 そして、『それ』を行使しているのは、恐らく――

 ノリコを救いたい一心でここまで来たが、己が入り込む余地などない戦いが、今、館の中では繰り広げられている。
 濛々と立ち上がる白煙を見詰め、バーナダムはただ、そこに居ることしか出来なかった。

          ***
 
 最初の轟音が聞こえてからずっと、神域の天井からは土塊や砂塵が絶えることなく落ちてくる。