彼方から 第三部 第七話 & 余談・第四話
侵入者と親衛隊たちとの戦いが、ずっと、続いていることを示している。
『黙面様』が新たに、『力』を親衛隊たちに与えたはずであるのに、館全体を揺るがす程の振動と轟音は、鳴り止む様子を見せない。
「あ……」
一際大きく、館が揺れる。
轟音と共に小石程の大きさの土塊が、幾つも降り注いでくる。
タザシーナは儀式用の剣を手にしたまま、自身の『感覚』に伝わりくる凄まじい強さ、大きさの『気』に体を震わせ、その身を抱えていた。
「タザシーナ、タザシーナ! 前より酷くなったぞ、どういうことだ、これは!?」
一国の大臣ともあろう者が、一向に好転する様子を見せない事態に狼狽えている。
納得のいく説明を、ただの占者に過ぎない彼女に求めている。
これまで、『黙面様』の指示通りに動き、その『力』のみを当てにしてきたのであろう。
自身で考え、判断する事すら放棄してきた証拠だ。
だが、そんなワーザロッテの問いに、タザシーナからの返答はない。
ワーザロッテの狼狽した声音に耳を傾けている余裕など、今の彼女にはないからだった。
――この感覚は……
占者としての『能力』が、『何か』を捉えようとしている。
その『感覚』が、何であるのかを……
……ゼーナが感じたように。
……ジーナもそうであったように。
タザシーナもまた、イザークが使っている『力』が何であるのか、感じ取ろうとしていた。
いや……優秀な占者であるからこそ、探ろうとせずとも感じ取れてしまうのだろう……
この世界の理の中に在る『力』に依って、先を見通す『占者』だからこそ、この世界の理に依る『力』の顕現を敏感に……
***
黙面の巣食う池の水面が、さらに激しく、波打ち始めた。
まるで、イザークの『力』に呼応するかのように……
やがて、一塊となった水塊が、面と共に水面から浮き上がった。
ゴボゴボと不快な水音と共に、『黙面』はその不定形の身を持ち上げると、一気に扉を壊し神域の外へと飛び出していく。
「おおっ! 黙面様自らが……!」
恐らく、たった一人の侵入者すら、倒す気配のない親衛隊たちに見切りをつけたのであろう。
『力』を、一時的にせよ与えたにも拘らず、排除することはおろか、止めることすら出来ずにいる親衛隊たちに。
このままでは、いつまで経っても『儀式』など出来ない。
『生贄』の『生き血』を、いつまで経っても受け取ることが出来ない。
役に立たぬ『人間』などに、これ以上『力』を与えるのは無駄なこと……
自ら向かった方が、『事』が早く済むに決まっている。
新たな『力』を、自らが得る為にも――
***
「うわ――っ!!」
激しい爆音と共に、エントランスの天井が巨大な塊となって、落ちてくる。
壁も、窓も、吊るされていたシャンデリアも……
罅割れ、砕け、その破片は凶器となって、親衛隊たちの頭上に降り注いでゆく。
……逃げ場など、有りはしない。
崩れ始めたエントランスのせいで、館全体のバランスが崩れ始めている。
崩壊が、また次の崩壊を呼び、連鎖反応を引き起こしている。
戦闘どころではなかった。
瓦解し、襲い来る壁や天井の塊りから、その身を護ることすら危うかった。
「ふへへ……下敷きだ、下敷きだ」
その様を――皆が瓦礫に埋もれてゆく様を、館の奥へと続く出入り口から顔だけ覗かせたバンナが、恐れ戦きながら見ていた。
「ほら見ろ、言った通りだろ? 私をバカにするから、そんな目に遭うんだ」
戦いもせず、逃げもせず……
バンナはただ、自らの言葉を信じず、見下した者たちがやられるのを、イザークに倒されてしまうのを、確かめたかっただけだった。
戦闘から逃げた自分を、大きな『力』を目の当たりにして『折れて』しまった自分を、正当化したかっただけだったのかもしれない。
「ひっ!」
バンナの頭上の壁が、轟音とともに罅割れてゆく。
怯み、怯え切った今のバンナでは、即座に反応する事など出来なかった。
「ぷぎっ」
大きな瓦礫の塊りと化した壁に、ただの『虫けら』のように、下敷きにされるしかなかった。
エントランスの壁も天井も何もかもが、巨大な瓦礫となり、地響きと共に崩れ、重なり合い、形を失ってゆく。
感じられなくなってゆく敵意、そして戦意……
イザークは、障害物と成り果てた館の一部を飛び越え、只管奥を目指した。
『……ノリコ……』
奪われた者を、取り戻す為に。
『ノリコ!!』
ただ、『その為』だけに……
*************
―― イザーク ――
―― イザーク! ――
―― どうしたの? ――
―― あたしの声が聞こえないの? ――
ああ……
イザークがあたしを呼んでいるのが分かる。
でも、それに応えるあたしの声が、彼に伝わらない……
どうしよう……
どうしたの? イザーク。
弾き返されるみたいな感覚――変だよ。
いつもの感覚じゃない、いつもの気配じゃないよ。
変だよ……イザーク――
何だろう……このイメージ……
いつもの通信では感じられないイメージ……
すごい……
すごい感情の渦を感じるの。
悲しみ……不安。
怒り、憎しみ、苛立ち……
そんなものが制御を失って溢れ出して――膨れ上がって暴走を始めてる――
ああ、どうしよう、どうすればいい?
イザーク……
ねぇ、イザーク……
無理を、したから?
あたしを助ける為に、無理を――したから?
ダメだよ……このままじゃいけない。
何とかしなきゃ――!
どうする? あたし!
考えろ、考えるんだ。
イザークの為に……!
出来ることを考えるんだ、見つけるんだ!
彼の為に――!!
***
占者の館の奥へと……
求める者の気配がするその方へと……
イザークはただ只管に進んで行く。
エントランスの崩壊は一時的に治まっているのか、壁や天井が崩れ行く音は、今は、聴こえて来ない。
微かに残る『自我』を抱え、イザークは『目的』を果たすべく、ただ、先へと進んだ。
飛ぶように進めていた足が、不意に止まる。
通路の陰から、只ならぬ『モノ』の、気配を感じる。
『敵!』
眼前に姿を現した『ソレ』は、不定形に水の体をくねらせながら、イザークの行く手を遮って来た。
『またしテも、敵!!』
牙を剥き、怒りを露に、イザークは『ソレ』を睨みつける。
もしも、イザークの状態が通常であったならば即座に、眼前に現れた『ソレ』が『黙面様』と呼ばれる化物であると気付いたであろう。
だが、今の彼に、そのような精神的余裕は皆無だった。
『どこまデ、おレの邪魔ヲすれば気が済む!!』
眼前に在るモノが何であろうと、今の彼にとってはただ――邪魔でしかない。
化物であろうと能力者であろうと……ただの人であろうと――
膨れ上がり、体中を満たし溢れゆくどす黒い力が、彼から理性や思考力、判断力を奪ってゆく。
作品名:彼方から 第三部 第七話 & 余談・第四話 作家名:自分らしく