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自分らしく
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彼方から 第三部 第七話 & 余談・第四話

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          *************
 
「うわぁっ!」
「危ないっ、逃げろ―――っ!!」
 街中に響く爆裂音。
 雨のように降り注ぐ、礫塵。

 日常では有り得ない爆音を轟かせる占者の館を、不安げに見守っていた街の人々の頭上に、無数の瓦礫が降り注ぐ。
 皆、逃げ惑い、より安全な場所へと、瓦礫の届かないところへと逃げ去ってゆく。

      ビシャッ……

       ビシャッ……

 降り注ぐ瓦礫、その中に、何故か水塊が混じっていることに、誰一人、気付く者はいなかった。

          ***

「うわあっ!!」
 爆発音と共に、神殿の壁が破壊され、瓦礫が弾のように吹き飛んでくる。
 黙面とイザークとの戦いの影響が、とうとう、神殿にまで直接、影響を及ぼし始めていた。
 石造りの太い円柱を、幾つも重ね合わせて作られた神殿の太い柱も、もう既に何本かはその衝撃で、崩れ始めている。
 
 館と神殿を繋ぐ廊下は、それなりの距離があったはずだ。
 にも拘らず、伝わってくる戦いの衝撃や振動はまるで、すぐ傍で行われているかのように激しい……
「タ……」
 ワーザロッテの声音が、恐れの色を含んでいる。
「タザシーナ、タザシーナ……! これは……!!」
 崩れゆく神殿の壁を凝視しながら、ワーザロッテは黙面の声を聴ける唯一の者、タザシーナに助けを乞うかのように、その名を呼んでいた。
 だが、タザシーナの反応は、著しく乏しいものだった。
「……黙面様の力ではありません」
 そう応える彼女の瞳は、空の一点を見据え、
「これは、あの……」
 自身の占者としての能力が捉える『力』……
「あの男の力……」
 その『力』を感じ、震える身を抱え、囚われたかのように呟き、応えていた。

          ***

 ――イザークッ!!

 神殿にまで伝わる爆発音が、衝撃が……戦いの激しさを物語っている。
 それは同時にイザークが、自分の体やその精神(こころ)に、かなり無理を強いている証しなのではないかと、ノリコは思っていた。
 何とか……何とかしなければ――
 気持ちだけが急く。
 彼から伝わる感情の渦が、怖いほどに膨れ上がり、酷くなっていくのが分かる。
 いくら呼んでも、どれだけ強く呼んでも、こちらの通信はただ、撥ね返されるだけ……
 彼の、イザークの精神(こころ)に届かない――伝わらない……
 何とかして、彼のところへ行かなくては……
 イザークのところへ……
 
 捕らえられている腕が、口惜しい。
 この状態でなければ、どんなことをしてでも、彼の下へと急ぐのに……
 ノリコは、急く気持ちを何とか抑えながら、機会を伺っていた。

 何度目かの、激しい爆音と衝撃……
 振動が伝わる度に、衝撃が奔る度に、神殿の壁や天井に亀裂が走ってゆく。
「うわわっ!」
「ひいっ!」
 降り掛かる瓦礫に、ノリコを捕えている二人の神官が怯んだ。

 ――っ!!

 ――手が、緩んだ!!!

 その機を、ノリコは逃さなかった。

「あっ!!!!」
 神官の手を、思い切り振り解く。
 と、同時に、ノリコは有りっ丈の力で走り出した。
 
 ――イザークッ!!!

 そう、行くべき場所は分かっている。
 どの方向へ行けばいいのかも分かる。
 気配を感じるから……酷く乱れている、イザークの気配を……
 苦し気な、その気配を……
 大きくて激しい、感情の渦を……

 ――イザーク……イザークッ!!

 後は、走るだけ……
 彼の下へ、イザークの居る所へ。
 このままじゃいけない。
 早く……早く、一刻も早く!

 ノリコは脇目も振らずただ前だけを――
 黙面が壊して行ってくれた神殿の扉を抜けて、ただ前だけを見て……
 イザークのことだけを、見て……走り出していた。

     第三部 第八話に続く 
 
          *************

※ ここから、オリジナルキャラ【エイジュ】の話しとなります。
   本編の登場人物、ガーヤたちと再び合流するまでの間の話しを、描きたいと思っています。
   とりあえず、本編と並行して書いては行きますが、本編とは時系列が異なっていますので、予めご了承ください。

          *************

       〜 余談 ・ エイジュ ・ アイビスク編 〜

 第四話

「何だ……何なのだ! あれは!! どうしてこうなるのだ!!」
 迎賓館奥の一室……
 大声で怒鳴り散らしながら、苛立ちを鎮めるかのように部屋の中を何度も、行ったり来たりを繰り返している。
 ソファに並べられたクッションを、手当たり次第に掴んでは、壁や床に思い切り、投げつけている。
 壊れそうなものに手を出さないところを見ると、まだ少し、冷静さは残っているのだろう。
 それでも、手や口を出そうものなら、とばっちりは免れない。
 まるで、腫れ物にでも触れるかのように、息を荒げ激しく肩を揺らすドロレフを、取り巻きたちは遠巻きにして見ていた。

「くそっ、くそっ! クレアジータの奴め……たかが、臣官長の分際で……!!」
 苛立ちが収まらない。
 脳裏に何度も、思い出したくもないのに、二人が見事に舞う姿が蘇ってくる。
 絶対に踊れなどしない……そう確信していた。
 仮に踊れたとしても、失態を演じるに決まっていると。
 だが、いざ、曲が始まってみるとどうだ……
 クレアジータはいざ知らず、たかが『渡り戦士』の女が、かくも優雅に舞って見せるとは……
 まさかこちらが、恥を掻く羽目になるとは……!
「今に見ていろ……絶対に許さん……」
 憎々し気に、自分が床に投げつけたクッションを見据えると、ドロレフは『これでもか』と言わんばかりに何度も――何度も踏み付けにしていた。

          ***

「失礼いたします、お飲み物をお持ちいたしました」
 ノックと共に聞こえた使用人の声音に、
「おぉ、待っておったぞ、入れ」
 取り巻きの連中はホッと、安堵したような表情を浮かべると、そう応えていた。
 これで、ドロレフの『癇癪』が、一旦は収まるだろうと――そう、思ったからだ。
 実際、他の者の声が耳に入ったことで、ドロレフは少し、落ち着きを取り戻し掛けていた。
 ゆっくりと開かれてゆく扉……トレイに酒とカップを乗せた女中は思わず、部屋に入ろうとして足を止めた。
 苛立ち、険しい形相のドロレフと眼が合い、顔が引き攣ってゆく。
 どう反応して良いのか分からず、女中は体が固まってしまっていた。

「何をしている、早く酒を置いて、部屋を出て行かんか!」
 動きを止めた女中を見て、苛付き……声を荒げるドロレフ。
「は……はい! 直ぐに――!!」
 怒鳴りつけられ体がビクリと、反応する。
 おずおずと部屋に入り、床に散乱しているクッションに再び、驚く。
 酷い扱われ方をしたのだろう……中身の綿が、縫い目から飛び出してしまっているものもある。
 部屋の中には三人の重臣がいるが、息を荒げているのはドロレフ一人だけ……
 このクッションたちは、彼の八つ当たりの対象となったに違いない。