終わりのない空5
「あ、貴方ってそんな恥ずかしい事をスラスラ言う人だったんですか⁉︎」
「どうかな?自分では良く分からない」
しれっと答えるクワトロに、アムロは思う。
『この人は根っからの人たらしだ!こうやってみんなこの人に堕ちていくんだ』
「そういえば、ラグナス少佐は他に何か言っていなかったか?」
「え?他に…」
アムロは口元に手を当て、ラグナスとの会話を思い返す。
「あ…一緒に暮らさないかって…」
「一緒に?」
クワトロが身体を起こし、少し眉を顰めて続きを問う。
「はい…、准将からの申し出を無理に受ける事はないと…、そうなるとクワトロ大尉達は准将と新造艦に乗艦してしまうから、もしも一人が不安ならば一緒に住もうと言ってくれました」
「…それに君はどう答えたんだ?」
「まだ答えていません。准将のお話を受けるかも決めていませんし…」
アムロは准将からの話を思い出し、大きな溜め息を吐く。
正直、クワトロ達と離れるのは寂しい。
アポリーやロベルトは敵だった自分を気遣い、優しく接してくれた。
身体の回復はもちろん、心の回復には彼らの存在がとても大きかったと思う。
そして、目の前の男に視線を向ける。
身体を重ねてしまった所為もあるが、何よりもこの男と離れるのが辛い。
今まで一緒に暮らしてきて、何だかんだと言いながらもアポリー達同様、この男も自分を心身共に支えてくれた。
気付けば、かつて殺し合いをした相手だという事も忘れてしまう程、心を許してしまっていた様に思う。
けれど、再びあの戦場に戻るのは怖い。
ブレックス准将の志しには賛同できる。連邦の醜悪な部分を誰よりも見てきた。
このままではスペースノイドへの弾圧は進むばかりで明るい未来など期待できない。
しかし正直、今は自分の事に精一杯で、スペースノイドの未来の事までは考えられないし、そこまでの熱い想いも抱けない。
そんな自分が戦いに参加するなど許される訳がない。
かつてララァに言われた言葉を思い出す。
〝守るべき人も帰る故郷も無いあなたが戦うのは不自然だわ〟
その通りだと思う、今の自分には守るべき人も故郷もない。そして熱い志しも。
そんな自分には戦う資格すらない。
それはつまり、この人と共に行く資格がないという事だ。
切なげに自分を見つめる琥珀色の瞳に、クワトロがゆっくりと手を伸ばす。
「パイロットとして復帰しろとは言わない。だが、君を置いていくなど考えられない」
やっと手に入れた宝だ。むざむざとラグナスに渡してやるつもりなど毛頭無い。
「シャア…、でも僕にはその資格がない」
「資格?そんなものは必要ない、私が君を欲しているという理由ではだめか?」
「でも…、そんな中途半端な気持ちでは…それに…戦うのは…怖い…」
アムロはギュッと自身の身体を抱き締める。
死ぬかもしれない恐怖、そして人を殺すという恐怖。
あの時は生きるのに必死で考えている暇など無かったが、戦争が終わり、研究所で何度も再体験させられた事でその恐怖が込み上げた。
「戦うのが怖ければ、メカニックとしてついてこれば良い」
「メカニック…」
「そうだ、得意だろう?」
確かに、機械いじりは好きだ。それにホワイトベースでは実際に自分で整備をしていたから出来なくはない。
しかし、それも当然ながら戦争に加担するという行為だ。
「それはそうですが…」
答えを渋るアムロの頭をクワトロが優しく撫でる。
「それでも嫌か?」
「嫌とか…そういうのでは…。それに…それで良いんでしょうか?准将はパイロットが欲しいのでしょう?」
「そうだな。しかし君に無理強いをするつもりもないと言っていた」
「……」
それでも迷うアムロに、クワトロが小さく溜め息を吐く。
「それとも、私よりもラグナス少佐と共に居たいのか?」
「え?そんな事は…」
「彼の事を嫌いでは無いだろう?」
「そりゃ…嫌いでは…ないと思いますが…、何を考えているのか分からない人だし…」
そう、何を考えているか分からないのだ。
ニュータイプである自分にも、彼の事は分からない。
まるで磨りガラスを通して見ているように朧げで、意図的に目眩しをされている様に何も見えない。
しかし、決して悪い人間ではいと思う。
昔から知っている様な、何処か懐かしい…そんな感覚さえする。
口元に手を当て、思考に耽るアムロを見つめ、クワトロは小さく溜め息を吐く。
アムロにはラグナスがララァの身内である事は伝えていない。ラグナスに口止めされている訳ではないが、告げようとは思わなかった。
伝える事で、罪悪感からラグナスとは距離を取るかもしれない。しかし、逆にララァとの様に惹きあってしまうかもしれないとも思う。そんな不安が心を過り、クワトロは思わずアムロをギュッと抱き締めた。
「シャ、シャア?」
「…君を誰にも渡したくない」
掠れた声で囁かれ、アムロの心臓がドクリと跳ねる。
触れる肌から、自分を求める想いが伝わって来て、胸が熱くなる。
両親からも見放された自分を、こんなにも求めてくれる人がいる。
それがとてつもなく嬉しかった。
「…分かりました…考えてみます」
◇◇◇
翌日、准将らと朝食を共にした後、クワトロと准将は支援者の元へ行く事になっていた。
「すまないが、アムロはホテルで待っていてくれ」
食事をしながらクワトロがアムロに告げる。
「そうだな、君はあまりにも有名だ。支援者達に“あの英雄が反連邦に加わった”として旗印にされかねない」
それにブレックス准将も同意する。
「…分かりました」
アムロは過去に英雄として祭り上げられて散々な目に遭った事を思い出し、目を伏せて頷く。
暗い表情を浮かべるアムロを安心させる様にクワトロが優しく肩を叩く。
「今日は髪も黒く染めているし、ホテルの敷地内であればそんなに気にしなくても良いだろう。十五時頃には戻るからゆっくりしていてくれ」
「はい、分かりました」
少し笑顔を浮かべて答えれば、ブレックスもホッとした表情を浮かべる。
『本当に優しい人なんだな』
そんなブレックスの人となりにアムロは好感を覚えた。
「アムロ大尉の事でしたら、私もホテルに残りますのでご安心下さい」
そこに、ラグナスが口を挟む。
「ああ、そうだな。少佐、頼むよ」
「はい、准将」
二人のやり取りに、スクリーングラスで表情は分かり辛いが、クワトロが不機嫌になるのが分かる。
そしてそれに気付きつつも何食わぬ顔をして准将に答えるラグナス。
その強かさに、アムロは複雑な表情を浮かべながら朝食のパンを飲み込んだ。
食事の後、一旦部屋に戻ったアムロの肩をクワトロがガシリと掴む。
「ラグナス少佐には気を付けろ。できる事ならば二人きりになるな」
「はい…」
「君は流されやすい。彼の手管に嵌って襲われるかもしれない!」
「僕だって男です。そんなに簡単に流されたり襲われたりしませんよ」
「しかしだな、彼は本当に油断ならない」
「女の子じゃないんですから、大丈夫ですって」
「しかし、力で押さえ込まれたら逃げられないだろう?彼は生粋の軍人だ。それなりの訓練を受けている」
クワトロの言っている事も気持ちも分かるが、段々と腹が立ってくる。
「一応僕も軍人ですよ。それに少佐は無理強いなんてしませんよ」