終わりのない空5
あの戦場での様に、何の躊躇いもなく引き金を引いた。
戦争に巻き込まれる前の自分では考えられない行動だ。
あの戦争を経て、自分は“兵士”になっていたのだ。
“軍人に向いていない”なんて、とんでもない。
自分は間違いなく軍人だ。
…そして、気付いてしまった。
アムロは横に立つクワトロの血の滲んだ腕を見て唇を噛み締める。
自分はこの男を失いたく無いと…自分の知らないところで負傷したり死んで欲しく無いと思ってしまった。
ならば、自分のできる事は一つ。
彼の側でどんなものからも守る事。
そして、彼の目的に自分この能力が必要ならば幾らでも使おうと…。
そこまで考えて、ふとララァの言葉を思い出す。
「そうか…ララァもこんな気持ちだったのか…」
アムロはキュッと自身の胸元を握り締める。
“小さな事で良い。自分が命を懸けても良いと思える目的だ”
「これが…僕の目的…」
チラリとラグナスへと視線を向ければ、満足そうな顔をして此方を見つめている。
「ちぇっ、あの人には何でもお見通しだな…」
「アムロ?どうした?」
黙り込んでしまったアムロを心配して、クワトロがアムロの顔を覗き込む。
すると、アムロが顔を上げ、クワトロの顔を真っ直ぐに見つめる。
迷いの無くなったその琥珀色の瞳は、奥底に熱いものを秘めながらも、どこまでも澄み渡っていた。
その瞳を見つめ、クワトロが口角を上げる。
「答えを見つけた様だな」
「はい」
アムロは背筋を正し、ブレックス准将へと身体を向ける。
「ブレックス准将」
「アムロ大尉?」
ブレックスはアムロのその覚悟を決めた顔に、自身も姿勢を正してアムロに向き合う。
「准将、例のお話お受けします」
「…そうか!嬉しいよ。宜しく頼む」
ブレックス准将の差し出した手をアムロはしっかりと握り返す。
「はいっ」
そんな二人のやり取りを満足げに見つめるラグナスをブレックスは横目でチラリと見ると、少し肩を竦めつつコクリと頷く。
『彼が何やら手を回してくれたらしいな。抜け目の無い男だ』
それにクワトロは複雑な表情を浮かべながらも、心を決めたアムロにホッと肩を撫で下ろした。
◇◇◇
アムロは傷の手当てを終えたクワトロと、ホテルの庭を歩いていた。
「良かったのか?」
「何がですか?」
「ブレックス准将の申し出を受けた事だ」
アムロはチラリとクワトロに視線を向けると、その問いには答えず、少し早歩きで気持ちの良さそうな芝生の上へと歩いて行き、そこにゴロリと寝転んだ。
「アムロ?」
「気持ち良いですよ」
アムロの行動に内心首を傾げながらも、クワトロはアムロの元に歩み寄って隣に座る。
見上げる空はまだ青く澄み渡り、二人の頭上に広がっていた。
「良い天気だな」
「ええ、地球の空ってこんなに綺麗だったんですね。長いこと地球にいましたけど、こんな風に思った事ありませんでした」
目を細めて空を見つめるアムロを、少し悲しげに見つめる。
研究所での辛い日々の中で、アムロはどんな想いで空を見上げていたのだろうか…。
「そんな顔しないで下さい。もう大丈夫ですよ」
アムロはそう言うが、今でも時々夢に魘されているのを知っている。
それ程までに、あの研究所での出来事は悲惨なものだった。
「あの時は…高い塀の中に見える空だけが僕にとっての空でした…」
限りのある空、あの時のアムロを象徴する様な景色。
「鳥が風に乗って空高く羽ばたいて、あの塀を飛び越えていくのが羨ましかった…」
アムロは空に向かって手を伸ばし、言葉を続ける。
「絶対にここから出てやるって思っていたけど…段々疲れて来て…諦め始めていた…そんな時、貴方達が現れた」
あの時は本当に驚いた。
まさか、赤い彗星が連邦の制服を着て目の前に現れるなんて思いもしなかった。
「初めは、僕を殺しに来たのかと思いました。でも、ただで殺されてやるもんかって…、どうせなら利用してやろうって思いました」
「そうだろうな。君の瞳はいつも、我々を警戒しながらもチャンスを窺っていた」
「ええ、貴方達が研究所を探りに来たのが分かったので、貴方達が事を起こした時に便乗して脱走しようと考えていました」
「私達が君を助けに来たとは思わなかったのか?」
「思う訳ないでしょう?僕は多くのジオン兵を殺したんですよ」
「ア・バオア・クーで同志になる様に誘っただろう?」
「あれこそ意味不明でしたよ。一瞬前まで殺し合いをしていた相手に同志になれなんて言われて、“はいそうですか”って思えますか?」
クワトロは顎に手を当てフム、と考える。
「…思わんな」
「でしょう?」
「しかし、私は本気だった。ララァを通して君と共感し合い、君に興味が湧いた。君の…ニュータイプの未来を見たくなった」
「僕の…未来?」
「ああ、父が目指したスペースノイドの独立。そして、宇宙に適応した人類であるニュータイプの未来。正直、子供の頃は父の理想が理解出来なかったが、君やララァに出会い、現実になり得る世界なのだと知った」
「ニュータイプなんて、そんなに凄いものじゃありませんよ」
「ふふ、そう思っているのは当人達だけだ。君はスペースノイドの希望なのだよ」
「本当に、貴方はニュータイプに夢を持ち過ぎです。大体、貴方だってニュータイプでしょうが」
「どうかな、私には君たち程の能力はない」
「そんな事ありませんよ」
「だと良いがな」
アムロはクスリと笑い、再び視線を空へと向ける。
「正直、僕にはスペースノイドの独立とか、未来とかよく分かりません」
「アムロ?」
それならば、何故ブレックス准将の申し出を受けたのだろうかと疑問に思う。
「でも…」
「でも?」
「でも、このニュータイプ能力を…貴方が求めるなら…それに応えても良いかなと…思ったんです」
「私が求めるなら?」
「ええ、貴方は僕をあの牢獄から連れ出してくれた。そして、この果てのない、終わりのない空を見させてくれた…」
「アムロ…」
アムロは起き上がると、隣に座るクワトロのスクリーングラスをそっと外す。
「さっき、貴方達が狙撃された時、思ったんです。僕は貴方を失いたく無い。僕だけの…この終わりのない空をずっと側で見ていたいと…」
クワトロのスカイブルーの瞳を見つめ、アムロが微笑む。
「終わりのない空か…」
「はい、僕にこの空を…貴方を守らせて下さい」
心を決めた、迷いの無い琥珀色の澄んだ瞳に、クワトロは息を飲む。
自分の瞳が青空ならば、この瞳は美しい朝焼けか夕焼けの様だと。
「それは…心強いな…君に守って貰えるのなら安心だ」
「何があっても守ります」
「頼もしいな」
クワトロはアムロの身体を抱き寄せて腕の中に閉じ込める。
「では私も誓おう、何があっても君を手離さないと。そして、共に歩んで行こう」
「…はい」
ようやく、アムロの刻は動き始めた。
高い塀に囲まれた、限りある空の中で、必死に踠きながら遠い夢を見ていた。
その塀の中から救い出され、暖かい籠の中で守られた。
できる事ならばその籠の中にずっと居たかった。
けれど、それでは前には進めない。
その暖かい籠から出て、再び戦いの中に身を投じる事に恐れや不安が無いとは言わない。