その先へ・・・5
(2)
ロシア軍内部に不穏な動きあり。
しかも大本営付きの下士官数名のグループが、なにか事を起こしたらしい。
脱走を企てた、との情報もある。
急にもたらされた情報により、支部での会議を重ね更に詳細な情報を求めてアレクセイ達は方々手をつくした。
次に舞い込んだ情報は、彼らの脱走、そして逮捕。しかも機密資料を多数持ち出したらしい、と言うものだった。
皇帝に近い親衛隊からの脱走兵という事で、支部内は一気に彼らの奪還へと舵をきり計画を練り始めた。
軍の機密情報を持って勇気ある決断をした下士官達。
アナスタシア救出失敗の時に多くの同志を失って痛手を負っていた支部には、どちらも喉から手が出るほど欲しいものだ。
支部の総意として計画を練り、アレクセイがそれをまとめ、実行の可否を中央委員会へと求めた。
数日後……思っていたよりも時間がかかったが、彼らが待ち望む情報を持った同志が支部へ向かったという知らせが入った。
同志がやってくるその間、支部には束の間の休息が訪れていた。
デスクやソファーで久しぶりの睡眠をとる者。
家族の許へと帰る者。
尚もデスクワークを続ける者……。
皆それぞれだった。
そんな中、アレクセイはデスクでミハイルの残した書類に目を通していた。
会議を重ね、情報を精査し、支部の意見をまとめ上げるのに没頭していたアレクセイは、皆が休息をとっている時もずっと事務所に詰めていた。さすがに見かねたズボフスキーに促され、一度だけ着替えに家には帰った。
あまりにも任務に没頭するアレクセイを心配し、他の同志達も声をかけるのだが、心配いらんの一言でかわしてしまう。無理を重ねるアレクセイの様子に、ズボフスキーをはじめとする支部の同志達も心配していた。
アレクセイとは異なり、ズボフスキーは身重の妻の様子を見に時々家に帰っていた。
帰るたびごとに、今日はこの前帰った時よりおなかが大きくなっていた。今日はさらにこの前より大きくなっていた……
と事務所内で嬉しそうに話すので、そんな短期間の間に大きくなるのが分かるくらいなら、ガリーナは双子でも孕んでいるんじゃかと笑われた。
「そうかもしれない……。おい、双子が生まれたらどうしようか」
同志達が面白がって言っているのを真剣に受け止め皆の笑いを誘う。
そんな様子を尻目に、アレクセイは一人ミハイルの資料に没頭していた。
家から戻ると、ズボフスキーはユリウスの様子をアレクセイに伝えるのを常としていた。
「彼女にお前のコートを渡したんだってな。やるな。喜んでたぞ、彼女」
「今日は二人でペリメニを大量に作ったと言って、上の母娘に持って行ったらしいぞ。おれも食べたが、味はガリーナだったが包んだのは彼女だな。なかなか愛らしい形だった」
「彼女、ガリーナが身重だっていう事を知らなかったらしい。たいそう驚いていたが、おまえは知ってたよなぁ?」
「今日は元気がなかったな。お前の事をえらく心配していた。ちゃんと眠れているのか?食事はとれているのか?と聞かれた。会いに行ってやったらどうだ?」
「お前に会いたい、一緒に行きたいんだと泣いていたぞ。なぁ、いい加減顔を見せに行ってやったらどうだ?」
しかし、いつもアレクセイは、ああそうかと曖昧に答えるだけだった。
ガリーナからは、かなりいい雰囲気になっている。もうあとひといき!と聞いていただけに、このアレクセイの反応の薄さに驚いた。
ただ、ユリウスの様子を聞いた時はいくらか表情が和らぐ。聞いた後は必ず一人で外にタバコを吸いに席を外すようになっていたので、
きっと彼女に思いを馳せているんだろう。アレクセイはアレクセイなりに彼女の事を想っているのだろうと思った。
任務に没頭するのは彼の昔からの癖だ。良い事ではあるが、もう少し周りに対しても、自分に対しても余裕を持って欲しいとズボフスキーは思った。
つらい事件を乗り越え愛する女性を得て、男として、そして未来の指導者として成長してもらいたい、と願ってもいる。
どうしたら、この頑なで、でも愛すべき同志に、ささやかで平凡な幸せを享受させてやれるのだろうか。
ズボフスキーは一つため息をつき、イワンを伴い中央委員会から派遣されてくる同志を迎えに出掛けて行った。
ポンとアレクセイの肩を一つ叩き、
「わずかな時間でも、顔を見せに行ってやれ。待ちかねてるぞ」
と言い残して。