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その先へ・・・5

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(3)


党の中央委員会が派遣してきたルウィ・ガモフは、アレクセイ達の支部の計画を許可する書類を持参した。
提案した計画は全面的に許可がおり、同志たちは一斉に準備に取り掛かり始めた。
ミハイルを失って以来の大きな任務に、皆一様に気を引き締めているようだった。
忙しく走り回る同志達を 事務所のソファに座り冷めた目で見つめるルウィ。
正面にはズボフスキーが座った。事務所に戻ってきた時のままに、渋いをしている。彼にしては珍しい。
「しかしずいぶんと久しぶりだな、ルウィ。おまえさんはいつボリシェヴィキに?」
女性同志が淹れてくれたお茶をイワンが恐る恐る出した。ルウィはズボフスキーをチラと見て出されたカップを手に取り、音を立ててすすった。
アレクセイは少し離れた自分のデスクにいて、腕を組んで二人のやりとりを聞いていた。やはり厳しい顔をしている。
「1905年、モスクワ蜂起の少し前だ。メンシェヴィキに未練は無かったからな。かといってボリシェビキを全面的に支持しているわけではない。ただ、資本家どもとのあの蜜月ぶりにはうんざりしていたからな。でも、ま、成り行きだよ」
ズボフスキーの表情がわずかに歪んだ。アレクセイはもっとあからさまだった。
この人を小ばかにしたような態度の小男とメンシェヴィキに属していた時以来の同志ではあったが、当時からそりが合わなかったのだ。
それでもズボフスキーはさすがに大人の反応をした。
「そうか、それじゃおれたちと同じ時期だな。でも今じゃ党の中央委員会の仕事に携わっているんだろう?すごいじゃないか」
「ふん、あんたもそんな風に思うのか」
ハンチング帽を脱ぎ、面白くなさそうに頭をかき、またお茶をすすった。
「まぁ、そんなことより、おれも明日戻るから時間が無いんでね。さっさとしてもらいたいんだが、ミハイル・カルナコフが残した書類を渡してもらいたい。おまえが持っていると聞いたぞ、アレクセイ・ミハイロフ」
ルウィがいきなりそんな事を言い出したのでアレクセイは目を見張った。
「おれが今回こんな所に来たのは、そっちが目的なもんでね。計画の許可書類なんか二の次だ」
「おい、どういう事だ」
アレクセイの口調も厳しくなる。
「ふん、シベリアへ行ってちったぁ変わったかと思ったが、期待外れだったな。まぁ、仕方ないか」
「きさま……!」
ルウィの許へ走り寄り、殴りかかろうとするところにズボフスキーが割って入る。
「やめろ!アレクセイ!」
「おれが変わってないだと!だったらおまえはどうなんだ!」
「アレクセイ!!」
「……ふん」
熱くいきり立つアレクセイとは裏腹にルウィは相変わらず冷めた目で、平然としている。
「だいたい下っ端の脱走兵などを奪おうとする事自体、おれはナンセンスだと思うね。機密情報は確かに魅力的だ。だがヤツらに危険を冒してまで奪う価値があると思うのか?軍内部の情報を得られると思っているらしいが、そもそも脱走を企てようとするヤツらが軍の内情など詳しい筈もない。しかもヤツらの身分上、軍隊もそのメンツをかけて警備を敷くだろう。それにかかるリスクを考えてみろ。武器、人員、手間、どれもヤツらの価値に見合うとも思えないし、今回も失敗したらここは壊滅だ。そしてこれが重要だ。ヤツらが実はスパイとして送り込まれてくる可能性がある。そうだったとしたら、どうなる?その可能性は考えたのか?アレクセイ・ミハイロフ」
ルウィは一気にまくしたてると、残っていたお茶を一気に飲んだ。
「でも、まぁ、これはおれの主観だ。気にするな。そんな計画でも中央は許可したんだから遂行すればいいさ。で、書類をもらおうか」
アレクセイはズボフスキーの必死の静止により、ルウィを殴りつける事をあきらめた。自分とはあまりにも温度差のある男を一瞥し、冷静になろうと深呼吸をし声を絞り出した。
「ミハイルの残した書類をどうするつもりだ」
「知りたいのか?というかヤツの書類見た上でそんな事を言っているのか?」
「なんだと!」
「アレクセイ!」
ズボフスキーにたしなめられ、舌打ちをして横を向いてしまった。
「なぁ、ルウィ。我々としてもなんの為にミハイルの書類を欲しているのか聞く権利はあるんじゃないか?あの書類はアレクセイに託されたものなんだ」
冷静に対応するズボフスキーであったが、ルウィは脱いでいたハンチング帽をかぶり立ち上がった。
「おい!まだ話は終わっちゃいないぜ!」
アレクセイの言葉など耳に入っていないように歩き出し、事務所のドアを開けようとした。
「おい!なんとか言え!!」
「汽車の座席は硬くていけねぇや。寝不足なんでね。宿で休ませてもらう。書類は明日の朝もらう。昼の汽車で戻るからな」
「おい!」
ルウィはアレクセイ達に背を向けたままため息をつくと、そのまま言葉をつないだ。
「おれが必要としているのは二つ。一つはミハイル・カルナコフがスパイとして潜入していた時に持ち出した憲兵隊の内部資料。これは憲兵隊の不正の数々が書かれていて今後の我々の活動に役立てる事が期待される。二つめは……」
ルウィの目線がアレクセイへと動く。
「ユスーポフ侯爵の調査書類だ。これはアレクセイ・ミハイロフ、おまえと侯爵の関係を調査する為でもある」
「な……んだ……と」
アレクセイの顔が歪んだ。

作品名:その先へ・・・5 作家名:chibita