その先へ・・・5
(4)
「……あっ…てて……、ちょっと今痛かったです」
「まぁったく、なんでお前が手を出したんだ?荒っぽい事はアレクセイに任せておけばいいんだ」
右手の拳を赤く腫らしてズボフスキーの治療を受けているイワンは、痛みに顔を歪めながら体を小さくした。
「すみません……」
「しかも、あれはアレクセイの役目だぞ」
「はい、重々承知しているのですが……ですがっ!あれは許せません!同志アレクセイをあんな風に口汚く!」
再び熱くなったイワンは思わず右手に力を入れてしまい痛みに顔を歪めた。やれやれと言わんばかりにズボフスキーがため息をつき、せっせと手を動かしてイワンの右手に巻いてあるタオルを変えてやった。
「あの二人には昔の因縁があるんだ。駅であいつを見た時、嫌な予感がしたんだが当たってしまったな」
「因縁?」
「亡命先のドイツでさっきみたいにやりあったんだよ。ヤツめちっとも変ってねぇ」
アレクセイが雪の入った洗面器を持って戻ってきた。
「ルウィは行ったのか?」
「ああ。宿まで送らせた。一発くらわせてやりたかったが、やめたよ」
「あの、すみませんでしたっ。出しゃばってしまって……」
勢いよく頭を下げた為、ズボフスキーの肩に額がぶつかってしまった。
おい、おまえなぁ……と文句を言いたい所だったが、年若い同志を咎める事はせず、ズボフスキーはいいさ、と少し笑ってみせた。
アレクセイはイワンの肩を二つ軽く叩いた。
「……まぁいいさ。だが、ヤツにとっちゃぁ幸いだった。おれだったらヤツの顔はあんなもんじゃすまなかった」
甲に銃弾の傷跡が残る右手をギュッと握り締めた。
「この右手は昔と違ってシベリアで鍛えられたからな」
ズボフスキーが、一つため息をついた。
「あの、どんな因縁なのか聞いてもいいでしょうか?」
「おい、イワン!」
「いいさ。別にかまわん」
アレクセイは洗面器を取り換えてやり、イワンの隣へと座った。
くわえていたタバコを灰皿に押し付け、静かに話し出した。
「あれは、まぁ色々な意味で忘れられなくなっちまった日だったな。亡命先のドイツから戻る一年と少し前だった……」