彼方から 第三部 第八話 & 余談 第五話
――上の連中にとっては、『目の上の瘤』なのだろうな
本当に優秀な人物と言うのは、得てして邪魔者扱いされてしまうものだ。
こちらを見る『男』の眼が、冷たく光っている。
苦虫を噛み潰したような表情で、睨みつけてくる。
――どうやら、拙い場面に出くわしたようだな……
ローリは静かに息を吐くと、覚悟を決めたのか、剣を鞘から静かに引き抜いていた。
***
「チッ……」
――早く立ち去っていれば良かったものを……
見覚えのある闖入者に、ライザは感情を隠すことなく舌打ちをしていた。
現状は最悪だった。
二十人ほどいた男たちの半数が既に倒され、地面に伏し、指先一つ動かさない。
その上、見られてはならない人間に、自身の姿を見られてしまう失態を演じてしまうとは……
これほど上手く事の運ばない『仕事』は、初めてだった。
――まさか、これだけの人数がいて
――手も足も出ないとは……
自身の認識が、甘かったと認めざるを得ない。
体が感じた悪寒……恐怖を、その自尊故に握り潰してしまった自身が、甘かったのだと。
眼の前で、成す術も無く倒されていく仲間を見て、連中も尻込みをし始めた。
能力者とは言えたった一人、しかも女。
そう思い、見縊ったことを、明らかに後悔し始めている。
それでも逃げ出さずにいるのは、金に対する執着と、塵にも等しいちっぽけなプライドの為だろう。
戦意など、既に無きに等しい。
こんな連中をあの女に嗾けたところで、結果は火を見るよりも明らかだ。
――ならば、わたしが出るしかあるまい……
ライザは懐からもう一つ、金の入った袋を取り出すと、
「おまえ達はあの男を殺れ、女の方はわたしが引き受ける」
そう言って、最初に出した金の袋と共に、地面に放り投げていた。
地面に落ちた弾みで、中身が零れ出そうなほどに膨れた金の袋。
しかも、それが四つ……
男たちの眼の色が変わる。
近場に居た男が、即座に袋を拾い上げると同時に、男たちは闖入者にその剣を向けていた。
――これでいい
多勢に無勢。
とんだ役立たず共だったが、高々警備隊員一人――この人数で当たって敗けるわけなど無いだろう。
ライザは剣を構える闖入者を横目で見やり、鼻先で嗤い捨てた。
――下手な正義感で余計なことに首を突っ込むから
――こういう目に遭うのだ……
あの男には、ドロレフと話しているところを何度か見られている。
大臣と関係があると思われる人物がこの場にいる……その時点で、この連中が盗賊などはないことなど、既に見抜かれているだろうし、ただのゴロツキ同士の喧嘩……などとも、思ってなどくれないだろう
となれば、『計画的な襲撃』――そう考えるのは当然の成り行きと思える。
標的が『誰』なのか、そして、それを依頼したのが『誰』であるのか……
自ずと答えは知れようというもの。
――口封じも『仕事』の内
――勿論、報酬は上乗せしてもらうがな……
金属のぶつかり合う、甲高い音が聴こえ始める。
――問題は、この女……
先ほど背筋に奔った悪寒が、蘇ってくる。
――本気で掛からねば
――この身が危ない……
ライザは気を引き締めるかのように、剣を引き抜く。
臣官長の眼前に立つ女の渡り戦士――エイジュにその剣先を向け、足を、踏み出していた。
***
「おまえ達! 何をしているっ!!」
――拙いことになったわね……
彼の姿を視界に捉えた瞬間、思ったのは『それ』だった。
まさか、このような人家の無いところを通り掛かるとは……
邪気が漂っていた特別室の中、その影響を振り払い、自分が正しいと思ったことを行うことの出来る『光』の持ち主――
――これも、『あちら側』の導き……
――なのかしらね
彼もクレアジータ同様、ここで死なせるわけにはいかない人物であり、後々、こちら側の協力者として動いてくれる人物……ということなのだろう。
表情は強張っているが、剣の構えは熟れている。
腕は立ちそうだが、多勢に無勢……流石に、放って置くわけにもいかない。
「クレアジータ、決して、動いては駄目よ」
「――分かっています」
ライザに集められたならず者たちが、彼に向かってゆく。
そのライザ自身は、剣を引き抜き、こちらに近付いてくる。
エイジュはクレアジータに再度、注意を喚起すると、近付いてくるライザを敢えて無視し、地面を強く蹴り飛ばしていた。
「ラクエールッ! 何処へ行くっ!!」
ライザの怒号に、エイジュは僅かに一瞥しただけだった。
彼の遥か頭上を、軽々と飛び越えてゆく。
今は、彼に構っている場合ではない。
優先すべきは『光』の持ち主の命……
十名あまりのならず者たちの剣を、弾き、流し、受け留め、何とか凌いではいるが、そんなに長くは持つまい。
エイジュは中空で左手を掲げると、幾本もの氷の槍を瞬時に作り上げていた。
「止しなさいっ!!」
円舞服の裾をはためかせながら、たった一人に、寄って集って剣を振り下ろす男たちの背に向けて、上空から呼ばわる。
振り仰ぎ、どよめき動きを止めるならず者たちに向けて、エイジュは月光に煌めく氷の槍を放っていた。
「うわっ!」
「ひっ――!!」
「げっ」
空を切り裂く音が耳元で聴こえる。
眼前に、体を掠めるように、数十本もの氷槍が地面に突き刺さってゆく。
男たちは避けることすらも敵わず、ただ動かずにいることで精一杯だった。
***
地面に突き刺さった氷の槍はまるで、牢の鉄柵のようだった。
男たちを捕らえたようにも、自分を守ってくれているようにも見える。
冷やされた外気が、霧のように氷の槍に纏わり付き、その冷気に、ローリは思わず数歩、後退っていた。
布の翻る音が、空から聞こえる。
その音に仰ぎ見れば、中空でしなやかに体を捻りながら降りて来る、円舞服の女性の姿が瞳に映る。
音も無く、ローリの眼前に降り立った彼女の左手には、いつの間にか剣が――氷の剣が、握られていた。
そっと、剣先を男たちへと向ける。
「これ以上、この人に手を出すのであれば――悪いけれど、その程度では済まなくてよ?」
微笑みと共に放たれた言葉に、荒くれた男たちは無意識に生唾を飲み込んでいた。
傍らに突き立ち、冷気を放つ氷の槍を見る男たちの顔から、血の気が失せてゆく……
カシャーン……
「お……おれは降りるぜ」
そう言って男が一人、剣を投げ捨てた。
「お、おれも……」
「おれもだ」
それに釣られるように、他の男たちも、次々と剣を投げ捨ててゆく。
「き、金は手に入れたんだ、もう用はねぇ」
「ああ、命あっての物種だからな」
互いに、この場を逃げ出す理由を確かめ合うかのように呟き、視線を送り合う。
少しずつ、後退ってゆく。
「何をしている、貴様らっ!!」
不意に響いたライザの怒号に、男たちは体をビクつかせ、振り向いた。
剣先を向け、歯を軋ませながら、
作品名:彼方から 第三部 第八話 & 余談 第五話 作家名:自分らしく