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自分らしく
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彼方から 第三部 第八話 & 余談 第五話

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 ――真正面から立ち向かったりしない

 それは、確信に近かった。
 何故なら、今この場で、『あの二人』の正体に気付いているのは自分だけ……なのだから。
 
 彼女の脳裏に、黙面の『面』が、浮かぶ……

 ――黙面……
 ――ある日、わたしに語りかけてきた
 ――あの……悪霊の塊り……

 ――グゼナの国
 ――ワーザロッテに取り入れと……
 ――そうしたら、わたしの望む権力が手に入る……と

「瓦礫が出口を塞いでしまってる!! でっ、出られんじゃないかっ!!」
 嫌でも耳に入ってくる、国の重臣たるワーザロッテの情けない喚き声……
 タザシーナは見苦しく怒鳴り散らすその様を見やりながら、思い返していた。

 ――その通りにしたわ
 ――利用できるものなら何でも……
 ――利用、してきたもの

 ――でも…………

 ――その価値がなくなったと判断すれば
 ――いつでも
 ――捨てる

「このままじゃ生き埋めになってしまうっ!! どうにかしろっ!!」
 どんな状況になろうと、ただ、命令するだけ……
 決して、自ら動こうとはしないワーザロッテ……
 後ろ盾の力に因って与えられた権力に縋りつく、その浅ましい姿に、タザシーナは冷ややかな笑みを向ける。
 呆れたような、嘲るような、笑みを……

 ――わたしの真の望みは、グゼナじゃなかった

 それだけのことだと……そう言わんばかりに、狼狽え続けるワーザロッテを見やる。
 威厳の欠片もない背中――
 捨て去ることに、何の未練も感じはしない。

 ――そう、グゼナじゃなかった……

 ――けれど……
 ――この透視の結果が確かなものだったら

 二人の姿を、思い浮かべる……
 ……生贄の娘『ノリコ』。
 その『ノリコ』を取り戻しに来た、『イザーク』と言う男……
 『イザーク』のあの力、あの変容……
 そして、それを止めた『ノリコ』……

 ――今度こそ
 ――その望みが叶えられるかもしれない……

 彼女は期待に踊る胸を鎮めるかのように眼を細め、

 ――ねぇ……

 一人の男の姿を、思い描いた。

 ――……ラチェフ様?

 自由都市リェンカの、事実上の支配者……
 ラチェフの姿を――

          ***

 爆発音が止み、不気味な静寂が、セレナグゼナの街を包んでいる。
「あ……あれ」
 逃げ出そうとしていた人々はその足を止め、カラカラと乾いた音を立てながら、欠片を散らす占者の館を、その上空を見上げていた。
「空の影が……」
 先ほどまで、渦を巻くかのように館の上空に集まっていた影が……
 黒く、眼のように見える穴を穿った雲のような影が、薄くなってゆく。
 風に吹き流されたのではない。
 集まって来た時と同じように、何処へともなく――
「……消えた」
 そこに在るのはいつもと同じ空……
 雲を浮かべ、青く澄んだ、空だった。

「あ……おい」
 占者の館を見上げていた人々から、次々と声が上がる。
 館から聞こえて来る、地鳴りのような響きを耳にし、皆の眉が顰められてゆく。
「崩れるんじゃないか?」
 カラカラ――ガラガラ……と、小さな欠片が、大きな破片が――土煙と共に、大きく穿たれた館の天井や壁から、零れ落ちてゆく様が、遠目からでも良く分かる。
「今までの爆発に、建物が耐えられなくなったんだ!」
 まるで霧のように、土煙が静かに館を包み、立ち込めてゆく。
 街の住人はただその様を、見守ることしか出来なかった。

          ***
 
「さようなら、ワーザロッテ様……」
 薄絹のベールを纏い、豊かな金色の髪を結い上げ、自身の『性』である『女』を、惜しげもなく魅せるタザシーナ……
 優雅に、細い指先を天に向けるかのように、片腕を上げてゆく。
「運が良ければ、また――お会いしましょう」
 淑やかに上げたその手の甲に、小さき生き物が、突如として舞い降りていた。
 鬣のように頭の先から尾まで繋がる毛並みを持つ、小さき生き物が……
「タザシーナ!?」
 彼女の声に、ワーザロッテが振り向いた……

 ……その時だった。

 街の端まで轟くほどの大きな崩落音と共に、占者の館が、崩れ去ったのは……
 
 小高い丘の上に、更に高い塔のように聳え立ち、黙面と言う悪霊の塊りの棲み処となっていた館……
 砕けた壁や天井の破片が、地鳴りのように音を響かせ地面へと落ちてゆく。
「崩れた――――っ!!」
 セレナグゼナの栄華の粋を凝らしたかのような館も、今は見るも無残だ。
 最早、元の姿がどうであったのか、思い出すのも難しいほどに、瓦礫は重なり合い、建物を囲んでいた塀が、辛うじて残る程度になってしまっている。
 破片と瓦礫の山となりゆく館の中から……
 土煙が、不様な姿となってしまった館に、情けを掛けるかのように舞い上がる中から――
 フッ――と、人影が中空へと現れていた……
 何もない、中空へと……小さき生き物を肩に乗せたタザシーナの姿が、現れていた。

          ***
 
 占者の館が建てられていた丘の下に広がる、セレナグゼナの街並み。
 崩れ、土煙を上げるだけになってしまった館を遠くから、街の住人が声を上げながら見守っている。
「――ん?」
 住人の一人が、ふと、足下に溜まる『水』に、気付いた。
 雨など降っていないはずなのに、誰も、水を零した様子も無かったのに……『何故』?と……
 良く見れば、『水溜まり』はそこかしこに在る。
 住人は更に首を捻っていた。

    フュ……
      ヒュ……

「え――?」
 『水溜まり』が、有り得ない動きを見せる。
 まるで首を擡げる花虫のように、『水』が、その『身』を、持ち上げていた。
「なんだ! この水っ!!」
 住人の驚愕の声に、誰も気づく者はいない。
 皆、占者の館の崩落に、気を取られている。

 『水』は、その身をくねらせ、互いに寄り集まり、ある程度の大きさになると更にどこかへと移動し始めた。
 驚き、慄いている住人を他所に、明らかに『意志』を感じさせる動きで……

          ***
 
       ……オノレ
           オノレ……

 『水』が……
 悪意に満ちた意志を持つ『水』が、寄り集まってくる。

       アヤツメ……
         アノ『力』ハ、何ダ――!

 人目の付かない、建物の陰に――
 薄暗い、陽の当たらない、建物の隙間に……

       オ陰デ
      我ガ身ハ半分ニ
         減ッテシマッタ

 『黙面様』と呼ばれ、崇められていた『悪霊』が――
 イザークの【天上鬼】の力に因って千切れ、街の至る所に飛ばされたその『身』を、必死に集めている。

      コノママデハ 済マサン

 恨みの籠った念を、その身に籠める。

      ドウスレバ 奴ヲ殺セル

 何の能力も持たぬ『人間』に、力を与えることが出来る己が……
 物理的な攻撃など一切効かぬ不定形の身を持ち、その身を、自在に操り攻撃することの出来る己が……
 たかが、並外れた『能力』を持つだけの『人間』に、ここまでしてやられるとは……!
 許し難い現状だった。