彼方から 第三部 第八話 & 余談 第五話
怒りと口惜しさに、その身から気泡が湧き上がってくる。
「ご協力……申し上げましょうか?」
……タザシーナ
不意に――姿を現した彼女に、些か、警戒心を抱く。
彼女の、占者としての能力が如何ほどのものか……それは彼女に託宣を与えてきた黙面自身が一番、良く分かっていることだ。
だが、あからさまにこちらの念を読み取った言動をされては、魔物と言えどいい気持のするものではない……
タザシーナは黙面の警戒心を察知した上で、静かに、歩み寄って行った。
寄せ集めた体に、再びあの『面』が、復活している。
その『面』に、薄い笑みを向け、
「あの者の正体に、心当たりがあります……」
タザシーナは言葉を続けた。
「苦戦するはずですわ……黙面様」
少しの嘲りを籠め、
ナニ?
黙面の苛立ちや怒りを煽りながら……
「でも大丈夫――黙面様なら、勝てない敵じゃありません」
その自尊心を、焚きつけてゆく――
「わたくしの策を、聞いていただける?」
自身の、『望み』の為に……
*************
濛々と立ち込める土煙……
館の崩壊が始まり、バーナダムは被害を避ける為致し方なく、館へと続く階段を駆け下り、丘の麓まで降りていた。
館から、かなり離れているにも拘らず、その細かい粉塵は彼を包み、否応なしにバーナダムの眼や鼻や喉を、痛めつけてくる。
「うへー……」
酷く咳き込み、涙が滲む。
ようやく、少し収まりを見せてきた土煙の中、階段を降り、歩いてくる人影に、気付いた……
粉塵をこれ以上吸い込まぬよう、口元を手で庇いながら、その人影を見やるバーナダム。
……驚きはしなかった。
そうであろうと、予想していた。
ノリコを救い出し、彼女と共に――イザークが戻ってくるだろうことは……
風に――
土煙が吹き流されてゆく。
彼女を抱きかかえ、愛おしむように顔を寄せ歩くイザークを、バーナダムは真っ直ぐに、決して眼を逸らすことなく、見据える。
その視線に気づいたのだろうか……
いや――
恐らく『気付いていた』のだろう。
イザークがゆっくりと、瞳を向ける……
今朝とは違う。
今度は、背けなかった――
真っ直ぐに見据えてくるバーナダムに応えるように……
自身の心に、応えるかのように――
イザークも彼を、バーナダムを、真っ直ぐに見返していた。
まるで互いに、相手が何を想い、考えているのか……分かっているかのように……
「バーナダム」
ノリコがその気配に気付き、口を開いた。
「来てくれてたの?」
それを切っ掛けとして、二人は無言の会話を止め、イザークはノリコをそっと、地面へと降ろす。
「ああ……」
二人に歩み寄りながら、バーナダムは占者の館の残骸を見上げ、
「…………つっても、見てただけ、だけどな。おれはなんにも出来なかった」
そう、返した。
卑屈になるわけでもなく、悔しがるわけでもなく……
ただ素直に、言葉を並べていた。
「その点、あんたはすげーよ――イザーク」
跡形もない占者の館の方へと、歩を進めながら……
「これ、あんたがやったんだろ」
降り注ぐ陽射しから瞳を庇う様に手を翳し、見上げ……
「たいしたもんだ、建物一つ、ぶっ壊しちまった」
二人の横を通り過ぎ、淡々と……
「人間じゃねーな……」
呟くように、だがハッキリと、バーナダムはそう――口にしていた。
イザークの瞳が、少し冷たさを帯びながら、彼の動きを追う。
『何が言いたいのか』と……
***
――あ……あれ?
――なんか、妙な雰囲気だぞ?
こちらに背を向けたままのバーナダム。
その彼の背を、無言で見やる、イザーク……
二人の間に、そこはかとなく漂う緊張感――
流石に、ノリコもそれに気づいた。
――そういやバーナダムって……
――イザークのこと
――あんまり良く思ってないみたいだし
――襲撃される前にも、確か……
――揉めてたみたいなこと、言ってたような……
その、『揉めてた』原因が『自分』を巡ってのことだと、確かにその場でバーナダムが口にしていたはずなのだが……
襲撃されたショックか、『ほか』に気を取られていた部分が大きかった為か、今一つ、ノリコは分かっていないようだ。
或いは……
そんなに大層な人間ではないと、自身のことを思っているが故――なのかもしれないが……
そんなことよりも今は、二人の間に漂う『妙な雰囲気』の方が気になる。
また、『揉めたり』しないだろうか……と、そちらの方が気になっていた。
直ぐに、それは『杞憂』に終わると、分かるのだが……
***
「それにしても……」
少し、俯き加減に、ポリポリと頬を指先で掻きながら、バーナダムはボソッと呟く。
それから不意に、勢いよく、片腕を振り上げると――
べちぃん――!!
「ひでぇかっこだ」
思い切り、情け容赦などなく、振り上げた手の平を叩きつけていた。
「………………(・・は?・・・)」
イザークの、『背中』に……
――えー…………(汗)
あまりにも突然の出来事に、予測も予想も出来ないバーナダムの行動に、二人は呆気に取られ文句どころか言葉すら出てこない。
「何があったか知らねぇが、服、ボロボロじゃねぇかっ! そんなので街歩いたら、恥ずかしいだろうがっ!!」
二人とも反応出来ず、言葉を失っているのを良いことに、バーナダムは矢継ぎ早に言葉を大声で並べ立て、
「服! 調達して来てやっから、待ってろっ!」
そう言いながら街の方へと向かい、振り向き様……
「いいなっ!!」
と、言い聞かせるように怒鳴りつけてくる。
「あ……ああ」
イザークが、バッチリ手形の付いた、地味にヒリヒリと痛む背に手を当て、戸惑いながらそう応えるのを確認すると、バーナダムはまるでその場から逃げ出すかのように、走り出していた。
***
分かんねぇ……
おれの、この感情は何なんだろ。
あいつに負けて悔しい。
ノリコを助けられたのは、結局――奴だった。
ちくしょう……ちくしょう!
腕に抱えて、自分のものみたいな顔して……
ずっと――ノリコを苦しめてたくせに……
どっちつかずの態度とって……
ノリコのこと、好きな、くせに……
……そうなんだ。
好きなくせに、あいつは何かが原因で、言い出せないんだ。
何か…………
何かとてつもないことが、あいつには、あるんだ。
だから――言えないんだ……
だから、今朝……あんなに、感情を昂らせて――
とてつもないことって――何だ?
占者の館をぶっ壊した力と、関係あるのか?
崩れる寸前……館の上空に集まった、あの、黒い不気味な影みたいな――霞みたいな奴も、関係あるのか?
分かんねぇ――分んねぇけど……
考えたら、あいつが恐くなった。
でもやはり……憎らしくて――
それと同時に、同じノリコを好きな男として……
あいつの……
あいつの気持ちが……
作品名:彼方から 第三部 第八話 & 余談 第五話 作家名:自分らしく