彼方から 第三部 第八話 & 余談 第五話
何だか切なくて――切なくなって……
どうしたらいいのか、分からなくなった。
***
イザークを憎らしく思い、同時に、その心を、切なく想う……
分かりたくもないのに、イザークがどれだけ、ノリコのことを想っているのか……
その気持ちを抱え、言えずに――どれだけ苦しんでいるのか……
…………分かってしまう。
別に、同情しているわけではない。
分かるからと言って、ノリコを諦められる、わけでもない。
彼女に冷たく当たっていたことも、彼女を傷つけるようなことを言ったことも……許したわけではない。
だが、それでも……
そうしたかったわけではないことが……
そうしてしまった理由があるのだと、分かる。
もしも――
もしも、自分がイザークと同じ立場だったとしたら……
……どうして、いただろうか……
同じように苦しんでいただろうか。
同じように、気持ちを言えずに……
考えても詮無いことばかりが、頭に浮かんでくる。
バーナダムは持て余す感情を吹き払うかのように、街中に向けて走っていた。
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「バーナダムが、イザークに優しい……」
遠くなってゆく彼の背中を、見えなくなるまで見送りながら、ポツンと呟くノリコ。
「…………」
その呟きに、思わず片眉を潜めて、イザークはノリコを見やっていた。
――あ
――イザークの今の顔
――『そうかなぁ』って言ってる
――ふふっ……
――やっぱ、分かんないのかなァ……
少し、困ったような眉と、そうゆうものなのかなぁ――という笑み。
そんな、複雑な表情を浮かべ、ノリコはイザークを見上げていた。
「うぷぷ……」
「ノリコ」
思わず、笑いが零れる。
ふと――
すごく、幸せな気分に包まれた。
イザークが……冷たかった彼が……
必死に、助けに来てくれた。
今はこうして、すぐ傍に居てくれて、しっかりと見ていてくれる。
色々あったみたいだけれど、バーナダムも、イザークに優しく(?)なった……
これまでの……ゼーナの屋敷に来てからの問題が全て、解決したような――
……そんな、思いがしていた。
そんな思いが、しただけだった……
丘の麓に広がる林……
その林の中から微かな気配が、漂ってくる。
「誰だっ!!」
「えっ?」
鋭敏に、その気配を感じ取り、イザークが声を上げる……
ノリコが感じた安らぎなど……幸せな気分など――
一時の幻……錯覚でしかなかったのだと……気付かされる。
イザークが感じ取った気配。
その気配の、持ち主に……
「あら……」
そして今――どれだけ深刻な事態になっているのか……
「見つかってしまったわ、気配を消していたつもりだったのに……」
……気付かされる。
林の木の陰から、見つけられたことに動じる様子も無く――
「流石ね、ハンサムな坊や」
不敵な笑みを浮かべて姿を現した、女性に……
「占いではよく、透視していたけれど――実際にお会いすると、また、違うわね」
「タザシーナ!」
占者、タザシーナに…………
「イザークこの人! あたしを攫ったワーザロッテの、占者の人!」
全て終わったと、そう思っていた。
もう、誰も――自分たちを脅かす者など、いないのだと……そう……
……そして……思い知らされる――
「ほほ……仲睦まじいこと……」
身構えるイザークに、寄り添うノリコ。
二人を見やるタザシーナの声音には、やはり、『棘』を感じる。
美しいからこそ、余計に、そう思える……
「不思議だわ……さっきまであれだけ感じられていた波動が、消えている」
その『棘』に……
どれだけ――どれだけ『事態』を、ノリコが『知らなかった』のかということを……
「そう……余程のことがなければ、現れないのね――だから、今まで誰にも分からなかった」
……思い、知らされる――
木の陰から、淑やかにゆっくりと歩み出てくる、美しき占者、タザシーナ……
その肩に、見覚えのある小さき生き物を乗せて、彼女は言葉を続ける。
「【天上鬼】と【目覚め】が、人の形をしていた、なんて――」
こうも、突然に――
あまりにも唐突に……
その、衝撃的な内容に――
ノリコは彼女の言葉を疑う心の余裕すら、持てなかった。
***
「きさまっ!!」
思わず、躍り掛かっていた。
動揺を、していた。
気付かれてはいけない……知られてはいけないことを、気付かれ、知られた――
あの占者の女に――ノリコに……
あの女は、エイジュとは違う。
エイジュのように黙っていてくれるわけなど、ない。
他の者に話される前に、何とかしなければいけない……
いつもの冷静さを欠いていた。
焦燥に、突き動かされていた。
イザークはタザシーナを確保しようと、そればかりに、気を取られていた。
「――ッ!!」
フッ――と、女の姿が眼の前から消える。
「ムキになったわね!」
その女の声が、頭上から降って聞こえて来る。
「そう!!」
気配を追うイザークの瞳に映ったのは、高い木の枝の上に現れた、タザシーナの姿。
「やっぱり、そうだったのね!!!」
確信に満ちた笑みで、
「あなたが【天上鬼】! ノリコが【目覚め】!」
確信に満ちた声音で――
高らかに、勝ち誇ったかのように、そう呼ばわる彼女の姿。
――え……?
タザシーナの言葉に、ノリコの気配が強張ってゆくのが分かる。
何の準備もなされていない心に、今のタザシーナの言葉が、すんなりと入ってくるはずもない。
巷に広がる噂程度のことしか、彼女は知らないのだから……
闇の力の凝集、破壊の権化……そんな【天上鬼】を、【目覚め】させる存在が自分だなどと……
その【天上鬼】が――イザークだ、などと……
言われて受け入れられるはずなど、ないのだから……
「くっ!」
イザークは手も翳さずに、『遠当て』を放った。
良く動くタザシーナの口を、止めるかのように。
これ以上、何も余計なことなど、言わさないが為に。
そして、彼女が『飛んで』避けることを予測したかのように、再びその姿を表すであろうその場所へと、自身の身を躍らせていた。
だが……
「黙面様っ!!」
タザシーナの方が、一枚上手だった。
「きゃあぁあっ! イザークッ!!」
ノリコの叫びが、木々の乱立する林の中へと吸い込まれてゆく。
その木々の合間、草の生い茂る地面から大量の『水』が、彼女を追い、中空に身を躍らせたイザークを、閉じ込めるかのように襲ってきた。
タザシーナが『飛んで』逃げた先に待ち構えていたのは、イザークの【天上鬼】の力に因って、その身を半分にまで減らされた……
黙面だった。
第三部 第九話に続く
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※ ここから、オリジナルキャラ【エイジュ】の話しとなります。
本編の登場人物、ガーヤたちと再び合流するまでの間の話しを、描きたいと思っています。
作品名:彼方から 第三部 第八話 & 余談 第五話 作家名:自分らしく