彼方から 第三部 第八話 & 余談 第五話
とりあえず、本編と並行して書いては行きますが、本編とは時系列が異なっていますので、予めご了承ください。
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〜 余談 ・ エイジュ ・ アイビスク編 〜
第五話
真上に懸かっていた月が、少し、西に傾き始めている。
迎えに来た時と同じように、ライザが同乗する馬車に揺られ、クレアジータとエイジュは帰路へと、着いていた。
相も変わらず、心無い、薄い笑みを顔に張り付かせているライザ……
だが、その瞳だけは、こちらをしっかりと見据えている。
まるで……
――獲物を見据える狩人のようね……
そんな風に思え、エイジュはふと口元を緩めた後、窓の外へと視線を向けた。
明らかに、来た時とは違う道を通っている。
人家の少ない郊外へと、進んでいる。
――それに、この臭い……
――……恐らく……
来る時にも感じた臭いがやはり、鼻を衝く。
視線を感じ、振り向く。
「何か、気になることでも……?」
ライザが、薄い笑みを絶やさず、そう訊ねてくる。
「いいえ」
エイジュは更に口元を緩め、彼に向き直ると、
「どうやら……場所を考慮してくれているようだから、お礼を言わないといけないかしら、と――」
そう言いながら小首を傾げた。
無言で……クレアジータが視線だけを送ってくるのが分かる。
エイジュの返しに、ライザの顔から上辺だけの作り笑いが消え、
「……ほう――」
代わりに、口の端を歪めた冷たい笑みを、浮かべ始めた。
「あら、表情が変わったわね……でも、そちらの方があなたらしいかも、知れないわね」
互いに、冷めた眼差しで見据え合う、二人。
客車内に満ちる敵意と殺気……
こと、戦いに措いては、自分は蚊帳の外であると自覚はしているものの、それでも……二人の『気』を肌で感じ、クレアジータの蟀谷に、一筋の汗が流れ落ちてゆく。
馬車が、停まる。
「……着いたのかしら?」
無言で客車の扉を開け、降りようとするライザ。
「ああ……」
彼女の言葉に視線を返しながら、
「あんたのお相手が、お待ちかねだ……」
ライザは不敵な笑みを浮かべ、出て行く。
開け放たれたままの、馬車の扉。
エイジュはクレアジータに、中で少し待つよう目配せをすると、円舞服の裾を手で持ちながら、様子を伺い見るように外へと顔を出した。
「あら……こんなに大勢で出迎えてくれるなんて……」
扉から顔だけ出した状態で、辺りを見回し、気配を探る。
大きな『気』の持ち主は、どうやらライザだけのようだ。
「これだけいれば、十分だろう?」
エイジュの言葉に、ライザは自慢げに、集めた連中を紹介するかのように、片腕を広げてみせた。
「それは……どうかしらね」
ゆっくりと、馬車の外へと姿を現すエイジュ。
臆することなく、堂々と胸を張る立ち姿に、ライザによって集められた連中から、下卑た笑い声と口笛が聴こえて来る。
総勢……二十人ほど、だろうか。
皆、其々が手に武器を持ち、上背もあり体格も良い者ばかりだ。
顔つきも厳つく、荒っぽい所業を生業としている連中だということが、一目で分かる。
「こうなることは分かっていたんだろう……? どうして逃げなかった? まぁ、逃がしはしなかったが……だが、上手くすれば、あんた一人くらいなら逃げ切れたかもしれん」
客車の中に居るクレアジータを見やり、その後、エイジュに視線を移しながら、そう言って鼻先で嗤い捨てるライザ。
「あら、心配してくれているのかしら?」
「まぁ、同病相憐れむと言うやつだな……同じ雇われの身として、力の無い主人に雇われたあんたに、同情しているだけに過ぎん」
さも、『可哀想に』と言わんばかりの表情をエイジュに向け、クレアジータを見下し、嘲ってくる。
だが……
「そう……それは有難いことだけれど……」
そんな『挑発』とも取れる態度も言葉も、エイジュは意にも介さず、
「あたしは、あなたと違って――」
上目遣いにライザを見据え、
「仕事と雇い主は、選ぶことにしているのよ」
『自分自身』を示すかのように、左手の指先をゆっくりと胸元に当てながら、笑みと共にそう応えていた。
「…………」
途端に、嘲りの笑みを失くすライザ――
これだけの人数の男を前に、動じることも怯むこともなく、逃げる気配すらも見せないエイジュに、虫唾が奔る。
それは――客車の中のクレアジータに対しても、同じことだった。
戦う術を持たない文人の癖に、臆した様子は一片たりとも感じられない。
殺されるのを恐れて、隠れているのではない……ただ、この渡り戦士の女にそうしていろと言われたからそうしている――そのようにしか見えない。
狼狽えることも、命乞いをしてくることもない『臣官長』に、ライザはエイジュに感じた以上の嫌悪を抱いていた。
***
不意に、視線を奔らせるエイジュ。
「どうやら、出てきた方が良さそうよ――クレアジータ……」
死角へと移動してゆく数人の影を見止め、客車の中に向けてそう声を掛ける。
「……そうですか、分かりました」
少し、強張ってはいるが、いつもの柔和な笑みを湛えながら、クレアジータがゆっくりと、馬車から出てきた。
「この馬車で帰らなくてはならないのに、火を点けられては、敵わないものね……」
地面に降り立つクレアジータを、荒くれた連中から庇う様に自身の背後に誘導し、エイジュはライザに向けてそう言い放つ。
「……気付いていたのか――女」
感心したように眼を見張りつつ、ライザがからかいの意を含めた口笛を吹き鳴らす。
「その客車の塗装には、油がたっぷりと含まれている……いつまでも中から出て来ないようなら、炙り出してやろうと思っていたんだがな」
『良い策だろう?』と言わんばかりに口の端を歪め、自慢気にくぐもった笑いを零しながら、ライザは肩を揺らしてた。
「……稚拙ね――」
小さな溜め息と共に、エイジュから吐き出された言葉に、一瞬、眼を剥く。
だが、直ぐに気を取り直したように冷めた笑みを浮かべると、
「挑発しているつもりか? 高々、客車のカラクリに気付いた程度で、いい気になるなよ? 『渡り戦士』の分際で」
蔑みを籠めた笑いと共に、ライザはそう、吐き捨てていた。
その言い草に、クレアジータは思わず、眉を顰めてゆく。
「別に……気にするほどのことではないわ」
肩越しに、笑みを浮かべ、そう呟くエイジュ。
「しかし……」
言葉と表情で、異を唱えるクレアジータにエイジュは軽く首を振ると、
「本当に、気にすることなどないのよ、渡り戦士だと言うのは事実なのだし――」
そう言いながらもう一度、今度は態と大きく、しかも明らかに呆れたような溜め息を吐くと、
「それに彼らは全員この場で、あたしに叩き伏せられるのだから……」
凍えるように冷たい眼差しで妖艶な笑みを浮かべ、自分たちを取り囲んでいる連中を見回していた。
――……っ!
彼女と眼が合った瞬間、背筋に悪寒が奔った。
微かに、指先が震えだす。
――な……何だ
作品名:彼方から 第三部 第八話 & 余談 第五話 作家名:自分らしく