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自分らしく
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彼方から 第三部 第八話 & 余談 第五話

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   とりあえず、本編と並行して書いては行きますが、本編とは時系列が異なっていますので、予めご了承ください。

          *************

       〜 余談 ・ エイジュ ・ アイビスク編 〜

 第五話
 
 真上に懸かっていた月が、少し、西に傾き始めている。
 迎えに来た時と同じように、ライザが同乗する馬車に揺られ、クレアジータとエイジュは帰路へと、着いていた。
 
 相も変わらず、心無い、薄い笑みを顔に張り付かせているライザ……
 だが、その瞳だけは、こちらをしっかりと見据えている。
 まるで……

 ――獲物を見据える狩人のようね……

 そんな風に思え、エイジュはふと口元を緩めた後、窓の外へと視線を向けた。
 明らかに、来た時とは違う道を通っている。
 人家の少ない郊外へと、進んでいる。

 ――それに、この臭い……
 ――……恐らく……

 来る時にも感じた臭いがやはり、鼻を衝く。

 視線を感じ、振り向く。
「何か、気になることでも……?」
 ライザが、薄い笑みを絶やさず、そう訊ねてくる。
「いいえ」
 エイジュは更に口元を緩め、彼に向き直ると、
「どうやら……場所を考慮してくれているようだから、お礼を言わないといけないかしら、と――」
 そう言いながら小首を傾げた。
 無言で……クレアジータが視線だけを送ってくるのが分かる。
 エイジュの返しに、ライザの顔から上辺だけの作り笑いが消え、
「……ほう――」
 代わりに、口の端を歪めた冷たい笑みを、浮かべ始めた。
「あら、表情が変わったわね……でも、そちらの方があなたらしいかも、知れないわね」
 互いに、冷めた眼差しで見据え合う、二人。
 客車内に満ちる敵意と殺気……
 こと、戦いに措いては、自分は蚊帳の外であると自覚はしているものの、それでも……二人の『気』を肌で感じ、クレアジータの蟀谷に、一筋の汗が流れ落ちてゆく。
 
 馬車が、停まる。

「……着いたのかしら?」
 無言で客車の扉を開け、降りようとするライザ。
「ああ……」
 彼女の言葉に視線を返しながら、
「あんたのお相手が、お待ちかねだ……」
 ライザは不敵な笑みを浮かべ、出て行く。
 開け放たれたままの、馬車の扉。
 エイジュはクレアジータに、中で少し待つよう目配せをすると、円舞服の裾を手で持ちながら、様子を伺い見るように外へと顔を出した。

「あら……こんなに大勢で出迎えてくれるなんて……」
 扉から顔だけ出した状態で、辺りを見回し、気配を探る。
 大きな『気』の持ち主は、どうやらライザだけのようだ。
「これだけいれば、十分だろう?」
 エイジュの言葉に、ライザは自慢げに、集めた連中を紹介するかのように、片腕を広げてみせた。
「それは……どうかしらね」
 ゆっくりと、馬車の外へと姿を現すエイジュ。
 臆することなく、堂々と胸を張る立ち姿に、ライザによって集められた連中から、下卑た笑い声と口笛が聴こえて来る。
 総勢……二十人ほど、だろうか。
 皆、其々が手に武器を持ち、上背もあり体格も良い者ばかりだ。
 顔つきも厳つく、荒っぽい所業を生業としている連中だということが、一目で分かる。

「こうなることは分かっていたんだろう……? どうして逃げなかった? まぁ、逃がしはしなかったが……だが、上手くすれば、あんた一人くらいなら逃げ切れたかもしれん」
 客車の中に居るクレアジータを見やり、その後、エイジュに視線を移しながら、そう言って鼻先で嗤い捨てるライザ。
「あら、心配してくれているのかしら?」
「まぁ、同病相憐れむと言うやつだな……同じ雇われの身として、力の無い主人に雇われたあんたに、同情しているだけに過ぎん」
 さも、『可哀想に』と言わんばかりの表情をエイジュに向け、クレアジータを見下し、嘲ってくる。
 だが……
「そう……それは有難いことだけれど……」
 そんな『挑発』とも取れる態度も言葉も、エイジュは意にも介さず、
「あたしは、あなたと違って――」
 上目遣いにライザを見据え、
「仕事と雇い主は、選ぶことにしているのよ」
 『自分自身』を示すかのように、左手の指先をゆっくりと胸元に当てながら、笑みと共にそう応えていた。

「…………」
 途端に、嘲りの笑みを失くすライザ――
 これだけの人数の男を前に、動じることも怯むこともなく、逃げる気配すらも見せないエイジュに、虫唾が奔る。
 それは――客車の中のクレアジータに対しても、同じことだった。
 戦う術を持たない文人の癖に、臆した様子は一片たりとも感じられない。
 殺されるのを恐れて、隠れているのではない……ただ、この渡り戦士の女にそうしていろと言われたからそうしている――そのようにしか見えない。
 狼狽えることも、命乞いをしてくることもない『臣官長』に、ライザはエイジュに感じた以上の嫌悪を抱いていた。

          ***

 不意に、視線を奔らせるエイジュ。
「どうやら、出てきた方が良さそうよ――クレアジータ……」
 死角へと移動してゆく数人の影を見止め、客車の中に向けてそう声を掛ける。
「……そうですか、分かりました」
 少し、強張ってはいるが、いつもの柔和な笑みを湛えながら、クレアジータがゆっくりと、馬車から出てきた。
「この馬車で帰らなくてはならないのに、火を点けられては、敵わないものね……」
 地面に降り立つクレアジータを、荒くれた連中から庇う様に自身の背後に誘導し、エイジュはライザに向けてそう言い放つ。
「……気付いていたのか――女」
 感心したように眼を見張りつつ、ライザがからかいの意を含めた口笛を吹き鳴らす。
「その客車の塗装には、油がたっぷりと含まれている……いつまでも中から出て来ないようなら、炙り出してやろうと思っていたんだがな」
 『良い策だろう?』と言わんばかりに口の端を歪め、自慢気にくぐもった笑いを零しながら、ライザは肩を揺らしてた。

「……稚拙ね――」

 小さな溜め息と共に、エイジュから吐き出された言葉に、一瞬、眼を剥く。
 だが、直ぐに気を取り直したように冷めた笑みを浮かべると、
「挑発しているつもりか? 高々、客車のカラクリに気付いた程度で、いい気になるなよ? 『渡り戦士』の分際で」
 蔑みを籠めた笑いと共に、ライザはそう、吐き捨てていた。
 その言い草に、クレアジータは思わず、眉を顰めてゆく。
 
「別に……気にするほどのことではないわ」
 
 肩越しに、笑みを浮かべ、そう呟くエイジュ。
「しかし……」
 言葉と表情で、異を唱えるクレアジータにエイジュは軽く首を振ると、
「本当に、気にすることなどないのよ、渡り戦士だと言うのは事実なのだし――」
 そう言いながらもう一度、今度は態と大きく、しかも明らかに呆れたような溜め息を吐くと、
「それに彼らは全員この場で、あたしに叩き伏せられるのだから……」
 凍えるように冷たい眼差しで妖艶な笑みを浮かべ、自分たちを取り囲んでいる連中を見回していた。

 ――……っ!

 彼女と眼が合った瞬間、背筋に悪寒が奔った。
 微かに、指先が震えだす。

 ――な……何だ