高等部男主
車中、詩はこれまでの経緯を思い返していた。
初等部校長をその権力の座から引きずりおろし、学園の平穏を取り戻したこと。
それはみんなの努力と絆の賜物だったが、それと同時に多数の犠牲を払った。
過去まで遡れば行平の死。
日向兄妹、家族を引き裂いた火災。
そして棘の茨で締め付ける任務の数々。
蜜柑と母柚香の再会で、一筋の希望が見えかけたときの、柚香の死。
奪われた詩のアリス。
一度とまった詩と棗の心臓。
また動き出した奇跡とその代償。
謎を深める今井兄妹の存在。
そして、蜜柑との離別。
ここまでくるのに、多くの人が苦しんだ。
でも決して皆、あきらめなかった。
屈しなかった。
これからもこの平穏を守り続けなければならない。
その思いは皆、一緒だった。
「東雲 詩くん。
今回君を呼んだのは、今井兄妹のことではない。
君自身についてだ」
今井兄妹の存在で対応に追われていた志貴も、今わかる限りの情報を得たことで大方の今後の方向性が決まり、落ち着いたようだった。
「君からの依頼があったことを、先延ばしにしてすまなかった」
「いえ、志貴さんが忙しいことはバカな俺でもわかりますから」
学園中の注目を一手に引き受けたのが詩なら、志貴は学園外から今回のことについての説明責任を一手に引き受けていた。
生徒たちとは違い、一筋縄ではいかないことは目に見える。
それでも志貴は「問題ない。私の業務だ」と平然に言ってのける。
「それで、なんで高校長まで...?」
詩はその異様な光景に目を疑っていた。
公の場にほとんど顔を出さない高等部校長が、志貴とともにその場にいた。
「そのことについては後で話すとしてまず君の疑問について、解答しよう」
そうだった、と詩は思い返す。
「志貴さんならわかるはずです。
じじいのアリスと、俺のアリスの違いについて...
同じ式神のアリスなのに、あのアリスストーンは俺のとは違った」
志貴は頷く。
「ああ。
それは僕も感じていた。
色、純度、もつだけで伝わる、その石のパワー...
それは君のアリスに関わらず、今までさまざまなアリスストーンをみてきたが、そのすべてに勝るできだった。
感動すら、覚えた。
...君の疑問は、そのアリスストーンが、君自身にも作れるか、ということだったね」
詩はその先の言葉を息をのんで待つ。
「答えは、“Yes”だ」
「じゃあ!」
詩はその答えとともに前のめりになることを抑えられなかった。
「どうやったらいいか、志貴さんは知ってるんですか?」
志貴は静かに頷く。
詩の顔がぱっと明るくなる。
しかし、志貴の表情が険しいことで、それが簡単なことではないことを察する。
「君は、“アリス村”について、どれだけ知っている?」
唐突な質問に、驚く詩。
「“アリス村”ってあの...
アリスだけが住む、日本で唯一の実質治外法権であり完全自治区域...」
志貴は頷く。
「その村の人たちは秘密主義で、たとえアリスであろうと近づくことさえできない、謎の多い村....ですよね?」
謎が多いだけに、詩でもその全容は知らなかった。
「そうだ。
その自治区の頂点に立ち、治める者が僕や姫宮との血縁なんだ」
「え...?」
ええええ?!
どんだけすごい血なの志貴さん!
詩は開いた口がふさがらない。
「しかしながら、その主とは姫宮でさえ半世紀にわたり連絡をとらない間柄」
「アリス村は、アリスを敵対視しているのですか?」
「簡単にいえばそういうことになる。
日本政府への不信が、一番合う言葉ではある」
「そんな村の主が、今回のこととなんの関係が...?」
一番の疑問を、志貴へぶつける。
「そのアリス村の主は、君の亡きおじいさま、東雲 時の旧友だ」
「え...」
「長らくこちらの交信に反応はなかったが、今回のアリス学園の体制の変化と、東雲時の死、そしてそのアリスを継承する君の名前を出したところ、今まで音沙汰のなかったあちらから、返事がきた」
「東雲 時の全盛期は、その時代、日本で最も有名なアリスのひとりとして名があがっていたほど」
「じじいがそんなにすごかったなんて...」
詩は初めて聞いた事実に、言葉がつまる。
「君のおじいさまの全盛期を共に過ごし、共に鍛錬した人ならば、何か君の疑問解消のヒントをくれるかもしれない」
一瞬だけど、小さな光が見えた気がした。
「そしてそれに伴い、高等部校長から君のご家族について...話しておかなければならないこと、そして確かめてほしいことが出てきたとおっしゃるので、この場にお呼びした」
目の前に佇むのは、先生とよく似た、でも雰囲気は全く別の、高等部校長。
詩は、首をかしげる。
アリス村...じじい...そして家族....一体なんのつながりが....?
「今まで外部との接触をすべて絶ってきたアリス村の主が、我々との面会に条件付きでこの度応じると申し出てきた。
その条件が、東雲 詩ひとりでくること。
それを破った場合、今後一切の干渉をなしとする。
ということだ。
どうする、詩」
「どうするも何も決まってる。
俺、行くよ。
アリス村に!」
そういうわけで、ひとりで降り立つアリス村。
いや、正確にはまだここはアリス村ではなく、そこへ続く道。
「東雲さま、私はここまでとなります。
これ以降はお一人で...どうかお気をつけて」
運転手が深々とお辞儀する。
そんな運転手にお礼を言って、詩は歩き出す。
詩が降りたのはTHE・田舎の風景。
舗装のされていない道路に広がる田んぼと山々。
のどかで空気が澄んでいて、風の音や鳥の声が心地よくきこえる。
いいところだと思った。
しばらく進んで見えてきた光景に、詩は驚きを隠せない。
こ、これがアリス村....?!