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【弱ペダ】うちのボーカルが音痴なワケない!

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 かく言う今泉も、坂道が構うので一緒に見ているのが殆どだが、一人の時はつい思いっきり構ってしまう。大人の猫が身に付けた余裕でこちらの勝手には決してさせてくれないのだが、こちらの落胆具合も見透かされているような、絶妙に満腹にさせない程度に構わせてくれる。どんな猫もまっしぐらと言う噂のちゃ○ち○ーるを献上しますから、存分にモフらせてくだされと言う下僕たちの土下座せんばかりの懇願もするりといなし、けして手綱をとらせない辺りが、嫌いになり切れない憎いアイツ、天然の小悪魔なのだ。
「僕もつい見かけるたびに挨拶しちゃうんですけど。今日は路地に入ろうとしてた所で、ふと僕の方を振り向いて、お前楽しそうだなって……言われたんです」
 よく知っているはずの存在の知らない顔。得体の知れないモノを垣間見たような気がして、ぞぞっと怖気が足元から這い上がってきた。別にお化けなんて信じてないし、怖くもないのに。今は怖ろしい、と言う言葉が、真っ赤な文字体で警告のように明滅し、余計に恐怖を煽ってくる。
 周りを見れば、バンドメンバー全員がやはり薄寒さを感じたようになんとも言えない顔をしていた。皆怖いんだな、と少し安心した。
「その後戻ってきて、歌ったら……」
 手嶋の確認に、坂道が頷いた。今泉は思わず天を仰ぐ。
「絶対それや。小野田くん、それやで」
「間違いねーッス! その猫ッスよ」
 鳴子と鏑木が、坂道に詰め寄らんばかりの勢いでそう言うのを制し、今泉こそが坂道の肩を掴み、ゆさゆさ、いやガクガクと揺さぶりたい気持ちで問う。
「本当にそれ以外に、変なことはなかったのか?」
 猫が原因とか勘弁してくれ。是が非にも猫以外が原因であってくれ。そんな気持ちで確認するのだが、坂道が首を横に振って、そんな希望はあっさりと潰えた。
 猫か……。猫なのか……。
「どーやって解決すりゃいいんだよ!」
 あまりの絶望感に、思わず怒鳴ってしまう。キレるのカッコ悪い。判っている。八つ当たり、ダメ、絶対。判っている。判っているさ! なら、誰か具体的な解決策を出してくれよ!
「ご、ごめんね。今泉くん……」
 坂道が申し訳なさそうに謝ってくるのに、今泉はふー、と深呼吸をして更に爆発させてしまいそうな怒りを何とか抑え込む。
「すまん、坂道……」
 やっとそれだけ絞り出す。坂道だって好きでこんなことになっているワケではないのだ。
「そんなっ! 今泉くんが怒るの当たり前だよ……!」
 坂道は今泉の謝罪を受け入れてくれた。おまえは本当に強いな。それに比べて、俺の矮小さときたらどうだ。精神的に少しは大人になって来ていると思ったのに、八方ふさがりになるとどうにもパニックを起こしてしまう。
「……とは言え、どーすりゃいいんだか……」
「楽しそう……ってのかポイントなんじゃないか?」
 今泉の呟きに手嶋が閃いた様に言う。そう言えば猫はそんなことを言ったんだったか。お気楽な存在だろうと考えていたが、猫だってなにか悩みがあるのかも知れない。
「楽しそう……」
 坂道が真意を探るように呟いた。
「狙ってた一番くじが当たったからかな……? 集めて景品に応募できる抽選券も貰えたし……」
 それは確かにかなりご機嫌で歩いていたことだろう。
「八つ当たり、か……?」
「かも知れませんね。単に坂道が羨ましかったのかも知れませんし……」
 青八木の言葉に今泉が答えた。
 八つ当たり、ダメ、絶対。さっき判っているつもりでも怒りをぶつけてしまった。その後味の悪さは、謝罪をして、それを受けてもらった今でも重いしこりのように腹の内に残っている。
「なんや、猫てもっとお気楽なんやと思うとったわ」
 鳴子が溜め息と共に言う。猫側に言い分もあるかも知れないし、人間の理屈を押し付けるのも意味がないのかも知れないが、そう言う言い方をしないでもいいじゃないか、と思わず文句をつけたくなる。いや、正直に言おう。俺の真似すんな。
「でも、ま。楽しそうなんが羨ましいんやったら、もうええ、ってなるまで楽しんでもらったらええんちゃいます?」
 今泉が口を開く前に、にや、と鳴子が笑った。え、それでいいのか? あまりに短絡過ぎるのではないだろうか?
「ああ、それはアリかもな」
 手嶋がなるほど、と賛成する。え? 手嶋さんまで?
「猫がそれで納得するんなら、アリじゃないっスか」
「俺も賛成だ」
 鏑木、青八木が続いて賛意を示す。え、ちょっと待って。あっという間に皆がそうだ、そうだな、と賛成し、一致団結し始めている。今泉だけ置いてけぼりだ。寂しいじゃないか。いや、その前に何か大事なことを忘れているんじゃないのか?
「今泉くん……」
 坂道が今泉の方を伺ってくる。それは確かに一つの手段ではある。他のメンバーが、いや、特に坂道が懇願するように見て来るものだから、今泉はその眼差しに押し切られてつい頷いてしまう。だが、次の瞬間、猛烈な不安と後悔が今泉を襲った。
 そう、その前にその猫を探して、本人の真意とやらは確認するべきなのではないか?
「皆さん、ありがとうございます!」
 坂道が嬉しそうに言った。う、まぁ……。坂道が良いなら……、いいか……? いや、それでいいのか?
「とりあえず、歌は勘弁……かな?」
「ですね」
 手嶋の言葉に、残り全員が同意した。今泉もそれには漏れなく同意した。さっきのような地獄はごめんだ。
 その日はとりあえず、坂道の歌をおかしくした猫をどう満足させるか、と言う方針を決めて解散となった。
 今泉は皆のなにか一種取り憑かれたような興奮具合と、決定的な真実から目を逸らすように驚異的な速さで進む打合せを見ながら、一抹の不安を覚えざるを得なかった。ねぇ、誰か猫がその条件で納得するって確証を得てる人はいるの? もしこれで坂道の歌が戻らなかったら、どうするの?
 だが、その疑問に答えてくれる者は誰もおらず、ただ風だけが空しく傍らを通り過ぎていくだけで、今泉はボブ・ディラン的無常を噛み締めたのだった。

 その日から数日、楽しそう、と思われることは何でもやった。文化祭までの準備の合間を縫って、自転車競技部らしく簡易レースをやってみたり、坂道が大好きな秋葉原に行ってみたりした。一方で、クラスの方の手伝いや、文化祭でやる自転車競技部の展示を作ったりもした。
 文化祭でバンド演奏を披露できるようになる、と言う希望と願望をかけて、体育館のステージを使ったリハーサルも予定通りこなす。と言っても、坂道は喉の調子が悪いと言う言い訳をして、楽器だけのリハーサルだったが。
 合コンならぬクラスの生徒たちと遊ぶと言うのもやってみるべきかもと検討したが、坂道が微妙に乗り気でなかったので、それはやらなかった。誰とでも仲が良いと言うか、勝手に周りを巻き込むと言った方が良い鳴子はつまらなそうだったが、正直、今泉自身も大勢が集まって騒ぐのはあまり好きではないので、助かったと胸を撫で下ろした。
 しかし、何をやっても坂道の声は元に戻らない。