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【弱ペダ】うちのボーカルが音痴なワケない!

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 もちろん、件の猫の真意は一度も確認できていない。今泉はあれから僅かでも手がかりが欲しくて、猫がいつもいる辺りに毎日通ってみたが、あの日から一度も猫を見かけていない。いつもコンビニの前に屯している人たちにも聞いて回ったが、判で押したようにここ数日見掛けていない、と言う答えばかりで、RPGの中に出てくる村人《NPC》のようだった。
 あまりに同じ答えばかりで、今まで多くの人が下僕のように食べ物を献上し、ほんの僅かモフらせてもらうお情けを頂戴していた存在は、本当に猫だったのか? と言う疑問と恐怖が湧き上がってきて、背筋がぞくりとした。
 ――でも、もう時間がない。
 リハーサルで歌わないのを、坂道の声を温存するためと言う言い訳も、大分苦しくなってきている。そこそこ学内でも認知されているバンドで、「THE HIGH CADENCE」を楽しみにしている生徒も多い。彼らに何をやるのかと声を掛けてくれる生徒もいるし、練習を覗きに来る生徒もいる。それが段々と、声が元に戻らない坂道にプレッシャーを掛けているようでもあった。坂道が楽しいと思うことをやろうと言う最中でも、時々人には言えない業《カルマ》やら体の一部に宿る闇の力やらを背負ったような、沈鬱な面持ちでいるのを見かけるようになった。
 そんな顔をしてしていると言う事は、楽しめていないだろう。それでは声が元に戻らないんじゃないのか?
 いや、そもそも坂道のために楽しいと思えることをやっているのに、効果が出ていない気がする。周りがこれだけ頑張っているのだ、坂道自身からも何か前向きな感触なり、なにかないのか。
 いやいやいや。落ち着け、今泉俊輔。一番苦しいのは坂道本人だ。あいつだって最初はボーカルなんて、と遠慮するように言っていたけれど、今では凄く楽しそうに一生懸命歌ってる。バンド演奏が出来ないのはみんな辛い。俺だって辛い。けど、坂道だって、いや坂道だからこそもっと辛く思っているだろう。
 心の中で、卑屈な今泉と、優しい今泉が言い争いでもしているように、感情の起伏が激しくなる。
 もう本番は明日なんだぞ。
 何が正解か判らないまま突き進んでいく勢いに膝がガクガク震えるほど怖い。ついでに文化祭当日、坂道の声でバタバタと人が倒れる惨劇の妄想にハアハアが止まらない。もちろん恐怖と不安により心悸が常ならぬほどに亢進している、つまり心臓がバクバクして息苦しいからに他ならない。
 こんなんで、本当に明日大丈夫なのか?
 どうにもならない歯痒さと苛立ちで、無性にその辺りの電柱に自分の頭をしこたま打ち付けてやりたい。そうでもしなければ、暴れ出して周りの人たちを傷つけてしまいそうだ。
「よう、今泉」
 道端と言う事も忘れて一頻り懊悩していると、聞いたことのある声が自分の名を呼んだ。
「手嶋さん……」
 振り向けば手嶋がにこやかに笑っていた。
「なぁ、ちょっとティーブレイクでもしないか」
 そして、今泉の背中をぽん、と軽く叩く。その優しい口調と何気ない仕草で、促されたと言う気が全くしないのに、何となく言う事を聞いてしまう雰囲気があった。
 そのまま連れられて、手近なカフェに入る。それぞれに紅茶を頼み、一口啜ってふっと息を吐くまで二人は無言だった。
「なぁ、今泉。お前ここんとこずっと、夜はこの辺に来てるらしいな」
 手嶋が口火を切る。
「なん……」
 誰にも言わなかったのに。
 誰も気づいていなさそうだったのと、口を挟めるような雰囲気ではなかったから言わなかったが、今泉にはどうしても納得しかねるところがあったのだ。それは、坂道から歌を奪った猫が、本当は何を望んでいるのか、と言う事だ。
 ――いやって言うほど楽しませればいい。
 それは他に情報のない中では、確かに解決策の一つとして考慮するに値する。それは認める。
 だが、先ずは情報を、しかも確度の高い情報を得ることが先決なのではないか。つまり、本人に聞けよってことを今泉は言いたいのだ。それをせずに出された方法など、当てになるものではない。いや、神龍《シェンロン》が必要なのにポ○モンを呼び出すようなものだ。……違うか? まぁいい。ともかく、目的を達成するには、正しい手段で解かなければならないのは自明の理だ。
 なれば、まずはその目的を知ろうとするのは、当たり前どころか、大前提だ。
「軽音部の連中から、お前をここいらで見かけたって聞いてね」
「そう……、ですか」
 見られていたとは気づかなかった。それだけ、周りが見えていなかったのかも知れない。
「俺も気にはしていたんだがな」
「坂道ですか?」
 思わず前のめりに手嶋の方へ身を乗り出す。何か良い案があるなら勿体ぶらずに出してほしい。自分では正直ダルマのごとくお手上げなのだ。そう、今泉の懊悩と苛立ちの原因の一つは、悩み多き多感な思春期だからじゃなくて、はっきりした解決策がないからだ。ついでに自分からは何も役に立つような策が出せない焦燥感でもあるのだ。
「小野田もそうだが、お前もだよ」
「おれ……?」
 虚を突かれたとはこのことだ。思わずびっくりしてマジマジと手嶋を見てしまう。その手嶋が気付いてなかったのかと肩を竦めて苦笑いした。
「日に日にお前の眉間の皺が凄いことになってきててな。青八木と古賀に、お前に何があったんだって聞かれて困ったよ」
 そう言いながら手嶋が自分の眉間をとんとんと指で指す。今泉は思わず自分の眉間に手をやって、擦った。そんなに酷かっただろうか。
「で、軽音部の連中から聞いて、そうか、と思い当たったってワケさ。お前が原因の猫を探してるんだろうってね」
 手嶋がタネ明かしをする。
「見つかったか?」
 手嶋の言葉に、首を振る。
「だろうな。俺も捜したけどどこにもいなかった」
 そう言って、手嶋は紅茶を啜る。今泉も自分の紅茶を飲む。チェーンのカフェにしては上手に淹れられた、渋みの少ない紅茶のはずなのに、苦く感じた。
「まぁ、お前が心配するのはわかる。俺たちも諦めるつもりはない。けど、今回みたいなのは、努力や才能でなんとかなるモノじゃない」
 今泉も不承不承ではあるが、納得せざるを得ない。
 にわかには信じがたいし、その現場を見たわけではない。だが、坂道の歌が、ある時点から破壊的な――文字通り、物理的に――威力を持ってしまったのは間違いない事実だ。
 原因は超常現象である。
 こんな言い方をするのは、軽々しくはないか、不適切なのではないかと思うけれど、今はそう思うしかない。なにせ、人が意識を失うレベルだ。声が枯れて耳障りが悪い、音痴という表現どころか、某国民的マンガ、あるいはアニメに登場する某キャラクターのような「ボエ~」ですら生ぬるい。
 原因が取り除かれるには、現象を起こした何かが坂道の歌をおかしくしたままではメリットがないと判断するか、希望を叶えられたと思うか、坂道の歌声を戻しても差し支えないと納得してもらわねばならない。ひたすら練習してどうなるというモノでもないのだ。