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DEFORMER 15 ―― Unchangeable 編

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 ぱん、と風船が割れたような音と同時に、頬に痛みが走る。平手で頬をはたかれたのだと知ったのは、数歩よろめいて後退ってからだ。
「ぅ……」
 平手とはいえ、当たり所が悪かったのか、口の中が切れたみたいだ。鉄臭さが口の中に広がっている。
「アレックス、な、何してるの? え、衛宮さん、なんで?」
 田坂さんが呆然と俺たちに問いかけているけど、アレックスは彼女に答えない。それから俺も、彼女には何も言えない。
 本当はこんなことしたくなかった。できれば何も知らないまま、ただの恋人同士でいてほしかった。
 俺はそれを心底望んでいたのに、自分でめちゃくちゃにしている。田坂さんに謝っても謝りきれない。
 だけど、許せないんだ。
(アーチャーを傷つけた。アーチャーにあんな顔、させた……)
 昨夜、手の傷は大丈夫かって訊けば、アーチャーは、大丈夫だ、って寂しそうに笑ったんだ!
 ほんとは掌の傷じゃなくて、アーチャーが大丈夫なのかって訊きたかった。だけど、それを言えば、アーチャーはもっと悲しい顔をする。
 だから、傷のことしか訊けなかったのに!
 アーチャーは、魔力で傷は塞げるんだって、オレは人間ではないからって……、訊きもしないのに自嘲しながら話していた。
 そんなこと、知ってる。
 人間じゃないって、サーヴァントだって、俺は重々承知している。
 それでもアーチャーを恋人にって望んだんだ。だから、そんな顔するなって言ったのに、アーチャーはそんな顔ってどんな顔だって、やっぱり寂しそうに笑っていた。
 どうしようとも埋まらない溝が俺たちにあることは、はじめから知っていた。それでも俺はアーチャーが好きで、アーチャーも俺を好きだと言ってくれる。
 それだけじゃダメなのかよ?
 想うだけじゃ、恋人にはなれないのか?
 そう思い至るのが、こわかった。
(ずっと……。頭の隅に、追いやっても追いやっても、こびりついたように剥がれない疑問。それを、どうして……)
 こんな、俺たちのことを何も知らない奴に暴かれなきゃいけないんだ!
 もう止まれない。俺はこいつを、アレックスを許さない。
 地面を蹴って距離を詰め、アレックスに拳を向ける。さすがに校門先で投影はできないから、生身で戦うしかない。一応、防御のために部分的な強化の魔術は使った。相手は腐っても魔術師、フェアじゃないとは言わせない。
 でも、俺は聖杯戦争を生き残りはしたけど、喧嘩に慣れているわけじゃない。それに、たぶんこの身体じゃ圧倒的に力が足りない。アレックスの、思ったよりも重い拳を受ける度、骨と肉が軋む。その上、強化の魔術を使いながらなんて余計に慣れていないから、どうしても隙ができる。
「はっ!」
 アレックスの脚が蹴り上げられるのが見えたけど避けきれない。腕で防いで頭への直撃は避けたけれど、やっぱり吹っ飛ばされた。
 地面に転がったものの、すぐに立ち上がる。だけど、眩暈がしてフラついた。
「ぃ、って……」
『おっと悪いな。つい、本気で蹴ってしまった』
 嘘だ。本気の蹴りなんかじゃなかった。本気だったら骨の一、二本やられていたと思う。今さら気づいたけど、アレックスは体術に関して素人じゃない。それなりに鍛えられている。
(不利だ……)
 認めるしかない。俺では勝てない。だけど、許すわけにはいかない。
 余裕綽々のアレックスをじっと睨みつけ、垂れた鼻水を拳で拭えば、手の甲が真っ赤になっている。鼻血が出ているんだろう。この細くなった腕じゃ、さっきの蹴りを受けきれなかったみたいだ。
(アーチャーとやり合ったときみたいには、もう無理だな……)
 こういうとき、自分の身体が女になったというのが悔やまれる。アーチャーといると女になった身体でもメリットばっかりだったから気にならなかったけど、この身体じゃ……。
(戦えない……)
 物理的な力が足りない。もっと鍛えれば違うのかもしれないけれど、今の俺には、アーチャーの溜飲を下げられるような力はない。
 現実を今、突き付けられる。
(戦えない身体で、この先俺は、どうやって……?)
 薄っすらとも見えてこない未来に不安がかき立てられる。
「っ……」
 いや、今は、目の前の敵に集中だ。
 ず、と鼻血を啜り、腰を落として身構える。
『まだ、やるのか?』
 呆れたように言って、全然疲れた素振りのないアレックスに舌を打ちたくなる。
(余裕なんだな……)
 こっちはあちこち痛むし、息も上がっているっていうのに。
 だけど、負けられないんだ、こいつにだけは、絶対に!
 落とした脚腰に力を溜め、踏み出そうとした――――、
「士郎!」
 はっとして振り返る。
『ハハッ! 恋人さまのご登場だ!』
 その高笑いが耳障りで、再びアレックスに向き直る。アーチャーに答えるよりも、アレックスへの怒りの方が勝った。
『何が、おかしいんだ!』
『おっと』
 勢い任せでアレックスにお見舞いしようとした拳は、また簡単に避けられてしまい、前傾に体勢を崩した俺の目の前にはアレックスの膝が迫っている。
「!」
 今度こそやられると思い、痛みに備えたけれど、その痛みはいっこうに訪れず、視界が黒いものでいっぱいになった。
「へ?」
『っく……』
 小さな呻きに目を向ければ、俺に迫っていた膝は褐色の手に押さえられていた。俺の身体はというと、慣れた感触に包まれている。
『チッ!』
「アー……チャー……?」
 熱い身体。俺が求めてやまない存在。今さっきまで殴り合っていた相手のことなんて一瞬で忘れてしまいそうになる安心感。
 目の前にいたアレックスは距離を取って身構えている。さすがにサーヴァントを相手に至近距離でどうこうとは考えないみたいだ。
 アレックスが離れたことで、その膝を押さえていた手が俺の背中に回る。見上げれば焦りを色濃くした鈍色の瞳が目の前だ。
「あ、アーチャー、あの、」
「このっ、たわけっ!」
 至近距離で怒鳴られて、耳がキンキンしてしまった。



***

「アーチャー、シロウを知りませんか?」
「士郎ならば、まだ掃除だろう。今週は掃除当番だと言っていたが?」
「そうですか……」
 何やら考え込んでしまうセイバーに首を傾げる。
「セイバー? どうかしたか?」
「いえ。何かあった、というわけではないのですが、なんというか、今日は、どうにもピリピリしていましたので。アーチャー、何か心当たりはありますか?」
「ピリピリ? 士郎がか?」
「ええ。昨日は貴方の様子が変でしたし、今日はシロウが……」
「そう……だったか? 朝は普通だったが」
 士郎の様子を思い出しながら答えれば、
「いいえ、朝からです」
「朝……から? 私は気づかなかったが、君の気のせいでは……?」
「アーチャーの前では普通だったのですね?」
「あ、ああ」
「ふむ……」
 考えごとをしながらセイバーが食堂を出ていくのを、首を捻りながら見送った。
「朝から、ピリピリ……?」
 士郎の様子を思い浮かべても、どこもおかしなところなどなかった。どちらかといえば、昨日からおかしいのは私だろう。
 士郎には心配をさせてしまった。昨夜は士郎にずっと慰められていた気がする。