DEFORMER 15 ―― Unchangeable 編
セックスをしなくても、ああして抱き合ったままで眠るのも悪くないのだと改めて知った。
身体をつなげるだけが恋人ではないのだと、今になって知ることになろうとは、情けない限りだ。
それにしても、士郎には要らぬ心痛を与えてしまったかもしれない。サーヴァントであることの不毛さを卑屈なまでに士郎に訴えてしまった。
(こんなことは、やめなければ……)
士郎はサーヴァントであっても関係ないと言い続けた。人じゃなくていいと、私がいればいいと。その言葉がうれしい反面、とても苦しかった。だが、それでも、私の胸の痞えは消え失せたのだ、士郎の労わりによって。
しかし、おそらくこの懊悩は、我々にずっとついてまわるのだろう。
(この先の士郎との時間でも、今回のように私は毎度、前向きになれるのだろうか……)
人でないことをどうとも思わなくなるときがくるのだろうか、それとも、何度も後ろめたさを感じながら、士郎とずっと……?
チャイムの音に瞬き、時計を見る。もう下校の時刻だ。士郎は掃除当番らしいので少し時間に余裕があるが、今日もアレックスが来るようであれば、やはり士郎よりも先に校門にいなくてはならない。奴を絶対に士郎に会わせてはならないのだ。
テーブルを拭いていた布巾を手早く洗い、急いで校門へ向かうことにした。
ぞろぞろと下校する生徒たちの騒々しさの中に、そぐわない悲鳴が聞こえる。校門の方向からだ。
「なんだ?」
聞き覚えのある声のような気がしたが、誰かということまではわからない。少し足を速めた。事件や事故ならば、一応この学校の職員として対応しなければならないだろう。
少し先に校門が見えてきたところで、殺伐とした気配の中に魔力を感じた。
「な、ん……?」
しかもそれは、私のよく知る、私の糧となる、いつも私を満たしてくれる……。
生徒たちを押し退けるように駆ける。
(何が……っ!)
何が起こっているのか。
士郎が魔力を使っている。であれば、その相手は魔術師かサーヴァント。だが、今現界するのは、私とセイバーと、桜のサーヴァントであるライダーくらいだ。
いや、どこかの魔術師がたまたま現れて、ということなのか?
だが、なぜ士郎に?
疑問は尽きない。が、校門までは目と鼻の先だ、この目で確かめればいい。
「士郎!」
こちらに背を向け、身構えているのは紛れもなく士郎だ。その相手は――――、
(アレックスっ?)
士郎が対峙しているアレックスの膝が浮く。士郎は拳を躱されたのだろう、反動で前のめりになっていた。このままでは、アレックスの膝が士郎の顔面にヒットするのは間違いない。
「させるかっ!」
身体は、何よりも正直だと思う。
一瞬の間に士郎の身体を抱き寄せ、同時にアレックスの膝を片手で押さえ込む。
士郎の身が危険だと察知した私の身体は、人ではなくサーヴァントの特性を存分に発揮した。人でなくて良かったと、ゲンキンなことを頭の隅で思う。
昨日、人ではない、と散々懊悩を深めていたというのに、我ながら、単純だと思わなくもない……。
だが今は、そんな悠長なことを考えているヒマはない。
いったい、どういう経緯で士郎はアレックスと殴り合っているのか。
呆然と私を見上げている士郎に目を向ければ、唇を腫らし、口の中も血で濡れているようで、さらには、鼻血まで出している、惨憺たる有り様だ。
「なっ……、っ、こ、この、たわけ!」
何よりも先に、叱りつけるしかない。
この馬鹿は、どこまでいっても馬鹿だ。女性の身でありながら男を相手に素手で殴り合いなど、こいつは本当に自覚が足りない。
「私の言ったことが、まだわからないのか、お前は!」
「ぅ、ご、ごめん、なさい」
驚いたままの顔をした士郎から謝罪がこぼれてくる。
「……謝ればなんでも許されると思っているのか! いい加減に、」
「だって!」
「なんだ!」
「あいつが!」
アレックスを指さして、士郎が訴えるのは、私を傷つけたからだとか、なんとか。
何を言っているのか。私は奴に傷つけられたためしなどない。そんなヘマはしない。昨日の掌の傷は、完全なる私自身の不注意だったのだ。士郎がそれに憤ることなどない。が、思いもよらない返答に頭にのぼった熱がおさまってくる。
アレックスを殴るという、このような結果をもたらしたのは、田坂美奈に関してのことだろうと思っていたが、どうやら違うらしい。原因は、私だと士郎は言う。
「いや、だからだとしても、だな……」
私のためか、と思わず頬が緩みそうになるが、ここで甘い顔をしてはだめだ。きちんと士郎には反省してもらわなければ、いつまでも同じことを繰り返すことになる。
「士郎、腹に据えかねたというのは、わからなくもない。だが、お前は自身の身体をもう少し――」
「そうだよ、衛宮。もう少し大事にしなよ」
「「え?」」
その声に、士郎とともに顔を向ければ、呆れ顔のよく知る顔が並んでいる。
「慎二と桜と……? え? ライダーまで……」
士郎が驚きを隠せないまま呟けば、間桐慎二は小さく嘆息しながらアレックスの腕を掴んだ。
「桜、今度はきちんと縄でも付けておけよ」
「はい。ごめんなさい、兄さん」
眉を下げて、申し訳なさそうに桜が謝り、ライダーがアレックスの腕を慎二から受け取っている。
いったいどういう状況なのかと、呆気に取られていると、
「あのぅ……」
士郎が先に声を上げた。だが、先の言葉は続かないようだ。呆けたままの士郎を見かねてか、桜が何度も頭を下げる。
「先輩、本当にすみません。私が少し目を離した隙に、彼が姿をくらましてしまって」
「まさか、学校に来てるとは思わなかったよ……。わざわざ僕まで呼び出されてさぁ」
続いた間桐慎二は肩を竦めて呆れ顔でいる。
「目を……離した隙……?」
士郎がますます首を傾げていると、間桐慎二は少し意外だと言いながら説明をはじめた。
「ああ、衛宮は知らなかったんだね。あいつ、桜が預かってるんだ。冬木の管理者として。なんでかって言うと、あいつのばあさまがうちのじいさまの故知らしくって預かることになったってわけ。なのにさぁ、あいつ、逃げたんだよね」
「逃げ……た?」
「三食昼寝付きの居候のクセに、贅沢だよね、ホント」
間桐慎二は心底呆れながら、わざとらしく肩を竦めて見せた。
要するに、アレックスは間桐家の故知の孫であり、凛から受け継いだ冬木の管理者である桜が預かっていた、ということなのか。
しかし、なぜ三食昼寝付きなどという好条件を蹴ってまで逃げたのかが疑問だが……。
「先輩! こんなケガまでさせてしまって、本当に、ごめんなさい!」
桜が何度も頭を下げて士郎に謝っている。
(なんだ……この状況……)
何やら拍子抜けしてしまい、何も言葉が浮かばない。
「アーチャー、ちょっと」
呆然としていれば、間桐慎二に呼ばれて士郎から少し離れる。間桐慎二は私の背後の士郎が桜と話し込んでいるのを一度確認し、私を真っ直ぐに見据える。
「“居候”が、“家主”を守れなくてどうするんだよ?」
「っ……!」
声を潜めて吐かれた言葉と挑むような眼差しに息を呑む。
作品名:DEFORMER 15 ―― Unchangeable 編 作家名:さやけ