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DEFORMER 15 ―― Unchangeable 編

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 それは、“サーヴァント”が“マスター”を、という語に置き換えることができる。魔術師の魔力を糧に存在している私には耳の痛い苦言だ。
「アレックスが力のある魔術師じゃないからよかったものの、あれが遠坂なみの魔術師なら、どうなっていたと思う?」
「わ、わかっている!」
 悔しいが反論できない。間桐慎二の評価では、私は人ではない上に、サーヴァントとしての資格すら危ういということになるのだろう。
「いいや、わかってないね。今、僕がサーヴァントとしての資質を責めればまともに答えられなかった」
「っ? な、何が、言いたい……」
「サーヴァントには戻れないってことだよ」
「戻れ……ない? どういう――」
「お前、衛宮の恋人なんだろ? だったら胸張って、きっちり恋人を全うしなよ。それから、恋人だっていうんなら、衛宮にあんな無茶させないように制御しなよ。じゃなきゃ衛宮のやつ、バカみたいにおんなじことを繰り返すんじゃないか?」
「む……、まあ……」
 さすがは腐れ縁とでも言えばいいのか、間桐慎二は士郎の人となりをそれなりに把握している。
(そして……、今、私は励まされたのだろうか……?)
 サーヴァントには戻れない、とは、妙な言い方だが、的を射ている気がする。
「ま、僕には関係ないけどね」
 ぽん、と私の肩に手を置いて、間桐慎二は士郎の許へと歩み寄る。二、三言葉を交わして、間桐慎二はアレックスを捕えたままのライダーと、名残惜しげな桜を連れて帰っていった。
 残されたのは、生々しい傷を顔を含めたあちこちに作っている士郎と、へたり込んだままの田坂美奈、そして穂群原学園の生徒が複数。
 そのうちに教師が何人か出てきて生徒たちの下校を促し、士郎は保健室へ私とともに行くことになった。
 虎から事情聴取のようなことをされたが、士郎はいっこうに口を割らず、虎が根負けし、後日事情を聴くという話に落ち着き、ケガもしているため、帰宅の運びとなった。

「桜が、近々話しに来てくれるって」
 夕食の後片づけをしているときに、ぽつり、と士郎はこぼした。
「そうか」
 いろいろと訊きたいことはあったが、そう頷くにとどめる。
 士郎の中では、まだ整理がついていないのではないだろうか。田坂美奈にだけはバレてほしくないと心底思っていたことが、自身で露見させたようなものだから……。
「士郎、お前の――」
「アーチャー、あのさ、俺、許せなかったんだ」
 お前のせいではないと言いかけた声を遮られる。
「許せない、とは?」
「アーチャーを傷つけたことが許せなかった。だけど、アーチャーがサーヴァントだっていうことは、俺にとっても、やっぱり、無視できることじゃないってことに、気づいて……。俺が目を瞑っていたかったことを、アレックスに曝されたって、気づいて……」
 これは……、士郎も同じような懊悩を持っていた、ということなのか?
「結局は俺がアレックスを許せなかったんだな、って今は思う」
「……ああ」
「田坂さんには、悪いことした……」
 真実を説明できないだけに、彼女にはまともに理解できることは少ないだろう。
「謝ることもできないよな。そしたら理由が必要になるし、ホントのことは言えないし……」
 士郎の望まない結果が最悪のケースで訪れたことを、その原因を作った士郎が責任を感じてしまうことは仕方がない。
「田坂さん、大丈夫かな……」
 校門の側にへたり込んだまま取り残された彼女は、我々が帰るころには姿がなかった。呆然とした横顔がただただ痛々しかったが、私は何も言えなかった。士郎と同じく、彼女はどうしているだろうか、と気にかけることくらいしかできない。
「そういえば、士郎。アレックスと会話ができたのだな」
 どうしても沈んでしまう士郎の気を紛らわせようと、思いついたことを口にしていた。
「え? あ、そういえば……。夢中で気づかなかった……」
 おそらく士郎は無意識のうちに英語でのやり取りが問題なくできていたのだろう。冷静なときにはそんなことができるという意識がないために、英会話はできないようだが。
(二年の間に学んだのか、それとも……?)
 言語設定のような機能はあのミュージアムにはなかったはずだが、フォルマンが士郎に何かしらの術を施していたのかもしれない。何せ、アレックスと士郎を娶せようとしていたのだから、ありえないことではない。言葉を介して意思の相通ができなければうまくいかないと踏んだのだろう。まあ、今となっては、真相はわからないが。
「テストのときはできないのに、不思議だなぁ。っていうか、テストでダメって、使えないよな……」
 わざとらしく意気消沈する士郎は、田坂美奈のことを考えないようにしているのだろうか。妙に明るく話しているような気がする。
「士郎、」
「なあ、ほんと。テストのときに――」
「士郎」
 窘めるように呼べば、士郎は俯いてしまう。
「お前が責任を感じることではない。前にも言っただろう? 悪いのは、」
「あのさ」
 私の言葉を遮って、士郎は私を真っ直ぐに見上げる。
「どうしようもないんだってわかってるけど……、俺にはどうすることもできないのかな……」
「それは……」
 言葉に詰まる。どう考えても、士郎の願いは叶わないとわかりきっている。
「ちゃんと説明したいんだ、俺」
「士郎……、それは、できないだろう」
「わかってるよ……。だけど、田坂さんは、本当にアレックスのことが好きだったんだ……」
「ああ」
「だから……、っ、いや、でも、アレックスは、違ってたんだよな……」
 今度こそ、本当に意気消沈した士郎を抱き寄せる。
 何も言えなかった。
 士郎の苦悩が手に取るようにわかったから、おざなりな慰めなど、意味がないと知っていたから……。



 校門での一件から向こう一週間の自宅謹慎処分を受けて三日ほど経つが、士郎はぼんやりと過ごしている。家事をおろそかにはしないが、何をするにも心ここに在らず、という感じだ。
 どうにかしたいと思うことはあるが、それが叶うはずもないことだと理解し、自身を納得させようと、士郎は努力しているように見える。
 士郎は学校に行けないが、私には穴をあけられない仕事がある。私がいても学食はきりきり舞いだ。おいそれと休むことは憚られる。
 だが、私が仕事に出ている間、士郎がどう過ごしているのかと思うと気が気ではない。したがって、朝はギリギリまで家を出ず、学食の片づけを超高速で終わらせて帰宅している。
 凛からはぬるい視線を送られているが、そんなこと、気にもならない。
 やっと週末になり、士郎の傍にいられると胸を撫で下ろすものの、私は何も言えずにいる。励ますこともできず、何かしらの妙案も浮かばず、ただ傍にいて士郎に寄り添っているだけだ。
 そんな私に士郎は、時々大人びた微笑を見せる。その度にはっとさせられ、少しずつ内面も成熟していく士郎に不謹慎にも胸が高鳴ることは、まだ言わないでおこう。
 謹慎中の週末、凛はセイバーとともに自宅に戻るらしく、二人きりで過ごせることを内心うれしく思いながら、どう面に出さずにやり過ごそうかと思案している。本当に不謹慎だな、私は……。