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DEFORMER 15 ―― Unchangeable 編

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 だが、完全に二人っきりというわけではない。桜が衛宮邸を訪れる予定が入っている。
 今日は朝から冷たい雨がしびしびと降っていて、桜が来るからと士郎は気を回し、今冬初めてストーブに火を入れた。来訪は午後三時ごろになるということだったので、お茶の準備をして私ももてなす手筈を整える。
 予定の時間よりも少し早かったが、桜はライダーとともに衛宮邸を訪れ、紅茶と茶菓子を前にして、アレックスを引き受けた経緯を改めて士郎に話しはじめた。
 桜はアレックスが士郎へ強姦未遂を犯していたことを知らなかったそうだ。大方、祖父の知り合いだというだけで、他のことは一切伏せられていたのだろう。でなければ、桜がそんな者に居候などさせるはずがない。
 桜は今も変わらず士郎を“先輩”と呼び慕っている。士郎を傷つける者には、私同様、全力で牙を剥くはずだ。
「そ、それでさ、桜。田坂さんは……」
「たさ、か……さん? あ! アレックスさんの恋人ですね?」
「え? 恋び……と?」
「はい。アレックスさんからはそう聞いています」
「アレックスから? ……でも、以前の話、だよな?」
「いいえ、今もですよ」
「えっ? 今も?」
「はい。何しろ、間桐の家を出たのは、彼女に会いたかったからだそうです。土地勘のない彼では、自宅まで行くことができなかったそうで、学校に行けば確実に彼女に会えると思って学校へ。そこで、偶然先輩を見かけたと言っていました。それだけのことなら私も大目に見ようと思っていたんです。でも彼が、先輩の姿を見て思い出したのは、先輩が受け取った膨大な見舞金や慰謝料のことだったようで……。彼はさほどの被害を受けていないので、当たり前のことなんですけど、あのフォルマンという魔術師にいいように使われたという点、それに、当て馬のような扱いを受けた点、それらを考えると不公平だ、と見当違いの敵愾心を先輩に思うようになったそうです」
「金……、が動機、ということか?」
 私がそう桜に確認するのとほぼ同時に、士郎も桜に訊ねている。
「それ、本当の、話か?」
 少し腰を浮かせた士郎は勢い込んで桜に迫った。桜は私の問いに頷きながら、士郎の質問に真摯に答えようとしている。
「それ、って? えっと……、先輩、本当の話かどうかとは、何の……」
「アレックスが田坂さんに会いたいからっていうやつだよ」
「ああ、それは、はい。嘘じゃないですよ。彼は、私に嘘はつけないので」
 にこり、と笑った桜に、少し薄ら寒いものを覚え、思わず生唾を飲んでしまった。
「そう……なんだ……」
 呆けたように士郎は腰を下ろして呟く。
「…………よかった……」
 士郎は、自身が狙われた動機や経緯よりも、田坂美奈のことで頭がいっぱいのようだ。まったく、本当にこいつは自分自身に頓着がない……。まあ、ここ数日、思い悩んでいたのは彼女のことばかりだから、仕方がないのだろうが。
「先輩、あの日なんですけど、彼女、アレックスさんを追いかけてきたんですよ」
「え……?」
 私も驚きを隠せない。彼女を最後に見たのは、校門の側で呆然と座り込んでいた姿だ。立ち上がることもできないのではと思っていたというのに、あの後、彼女はアレックスを追った、のか……。
「それでですね、アレックスさんに、きつーい、ビンタを……」
 思い出しても気の毒です、と続け、桜は困ったような顔で笑みを浮かべた。
「ビン……タ?」
 士郎が呆けたように繰り返す。
「女の子に暴力を振るうなんてーっ! って、すごい剣幕でした。それから、私の友達になんてことをしたのよ! って怒っていましたよ」
「…………」
 士郎は言葉もなく、ただ桜を見ている。
「それで、アレックスさんは平謝りでしたよ。あ、彼女には、アレックスさんと先輩は、私を通じてのただの顔見知りだって説明しておきました。きっといろいろと不安だったんでしょうね、安心したと言って少しだけ泣いていました」
「そ……っか……」
「彼女、明日にでもアレックスさんを謝らせに行くって息巻いていましたけど……、大丈夫ですか? 一応、私には止めることもできますけど……?」
「田坂さんが、来る?」
「はい。どうしますか?」
「あ、う、うん……、大丈夫だ。田坂さんがいいんなら、俺は全然……」
「無理はしないでくださいね? アレックスさん、先輩を襲ったんでしょう? そのことを知っていたら、私――」
「桜、それはもう大丈夫なんだ。アーチャーがいるしさ」
「ふふ……、先輩、そんな堂々と惚気ないでください」
「え? い、いやっ、の、惚気てなんてっ」
 慌てふためいて士郎は桜に言い訳をはじめている。
(先ほどまでの沈んだ感じがなくなったな)
 よかった。どうにか、士郎の気持ちが上向きになってきたようだ。
 ほっとして、士郎が笑っているならそれでいい、などと浮かれたことを思う。
(ずいぶん毒されたものだ……)
 思わずため息などついてみたものの、それは、思い悩むようなものではなく、悲しいものでもなく、ただ傍らに愛しい者がいる幸せ者のため息というやつなのだろう。
(まったく……)
 士郎と桜が話し込む傍らで、少し冷めた紅茶に手を伸ばす。二人の会話を聞くとはなしに聞いていれば、ストーブにかけたヤカンの沸騰した音が割り込んでくる。
 シュンシュンとヤカンは蒸気を上げて室内を加湿し、この部屋は暖かく保たれている。が、障子戸を隔てた廊下は、まだ夕刻にもならないというのに、ひんやりとしているだろう。
(冬も本番になってきたな……)
 先日までのような小春日和はしばらく望めそうにない。今日は朝から冷たい雨だ。これから年末にかけて気温も下がっていくのだろう。
(年末……)
 年が明ければ、士郎と恋人になって一年が経つ。
(もう、そんなに……)
 多少の中断はあったものの、もう一年近く士郎と恋人という関係でいる。
(これからも……)
 士郎が望む限りは……。
 いや、私も望んでいる、士郎の恋人として過ごす日々を。
 確かに様々な不安は拭えないが、士郎が他所に見向きをしないよう、しっかりと私がその視線を釘付けにしておけばいい。そうして、誰よりも近くにいる存在であればいい。
「――――なぁ? アーチャー」
 突然呼ばれて瞬けば、士郎は小首を傾げていた。
「アーチャー?」
「な、なんだ?」
「なんだよー、聞いてなかったのか?」
 やや眉をしかめはしたが、全く聞いていなかった私に面倒がらず、士郎はもう一度説明をしてくれる。
 何やら今日は、桜と一緒に夕食を作る話になったのだそうだ。少し前の私なら、不機嫌になり、しぶしぶ、という感じで許可しただろうが、どうしたことか、今日は欠片も動揺していない。
「そうか。では、相伴にあずかるとしよう」
「う……、な、なんか、アーチャーにそう言われると、プレッシャーだな……」
 たじろいだ士郎に、
「せ、先輩! 頑張りましょう!」
 桜が意気込みを見せて励ます。
「お、おう!」
 つられた士郎は勢いに任せて答えながら、連れ立って台所へと入った。
 ちら、とライダーを見ると、彼女も眼鏡越しに私を見ている。
「安心して下さい。私は何もしません」
「…………」