DEFORMER 15 ―― Unchangeable 編
何も言っていないのだが、ライダーは手伝う気などさらさらない、と、すぐに読んでいた本へ視線を戻す。参加しないのか、と訊く前に否定されては何も言えない。したがって、黙って台所を眺めていることにした。
***
呼び鈴の音に、つい飛び上がってしまった。
「士郎……、少し緊張しすぎではないか?」
少し呆れた感じで訊かれて、引きつりながら笑みを返せば、ますます眉間にシワを寄せられる。
「しょ、しょうがない、だろ! 緊張するものはするんだから!」
「まあ、緊張するのはかまわないが、言ってはいけないことをぽろっとこぼすなよ?」
「う……、わかってる……」
玄関へ応対に行きがてらクギを刺さしていくアーチャーに頷いたものの、頭に血がのぼらないようにしなければ、と自分を戒める。
(カッとなると、どうにも自制がきかないんだよな……)
自分が意外と短気なところがあるのは知っていた。だけど、この前のように頭に血がのぼって他人を殴るなんて、たぶん、今まで生きてきた中で、一度もやったことがない。もちろん聖杯戦争のときは別として、だけど。
(アーチャーのことが絡んでくると、俺、自制がきき難いのか……)
なんとなくそんなことを思っていると、アーチャーが戻ってくる。居間の戸口で立ち止まり、廊下にいる来客を招き入れた。
「衛宮さん……」
座卓の前に座る俺を見て、田坂さんは少し泣きそうな顔をした。
「あの……」
「ごめん!」
田坂さんは座布団に膝をつくなり、頭を下げた。
「え? あ、いやいやいやいや、お、お……、わ、わたしの、方、こそ、」
謝る田坂さんに戸惑いながら、彼女の隣に腰を下ろしたアレックスに目を向ける。
深々と帽子をかぶり、そっぽを向いたアレックスはむっつりとして、機嫌が悪そうに見える。
「アレックス!」
田坂さんに鋭く呼ばれて、
「……ゴメンナサイ」
渋々といった態度で日本語を口にした。
「え……っと……」
「帽子は取るの!」
田坂さんにかぶっていた帽子を取られて、あらぬ方を向いていた顔を俺に向けたアレックスはバツ悪そうにだけど頭を下げている。
「ぁ…………」
アレックスの顔に痣がある。腫れてはいないけど、薄く紫色になった痣が頬骨のあたりに……。
(俺の殴ったところじゃ、ない……?)
俺がアレックスにお見舞いできたのは、彼の左頬、顎に近いところに一発だけでだ。それに、たいしてきいてはいなかった。もちろん、痣が残るほどの威力もなかったはず。
「あの、顔の……」
「私が殴ったの」
「は?」
田坂さんの思いもかけない一言に唖然とする。
「どんな理由があったとしても、女の子に手を上げるなんて、しかも、私の友達を殴るなんて、許せないよ!」
「…………」
なんて答えればいいんだろう……。
ありがとうでいいのか?
アレックスにすればご愁傷様だろうし……。
「えーっと……」
答えに窮していると、田坂さんは姿勢を正して座り直した。
「あのね、間桐……、さん? から聞いた。アレックスと顔見知りだったんだね」
「あ、ぅ、えと……、い、言い出せなくて、ごめん……」
「いいの。だって私も訊かなかったから」
「え?」
「文化祭で紹介したとき、なんだか変だったじゃない。……だから、不安だった。食堂のお兄さんみたいに、アレックスが私に見向きもしなくなるんじゃないかって。衛宮さんに興味を持ってるみたいだとわかってたから、わざと、気づかないフリをしてたの」
「田坂さん……」
「でも、私の勘違いだった」
「え?」
「今もね、アレックスは、私にぞっこんだって!」
「はあ……」
間の抜けた返事をしていれば、アーチャーの淹れた紅茶が座卓に並べられる。
「話はついたのか?」
「いや、えっと……」
「終わったよ、お兄さん」
田坂さんがにっこりと笑ってアーチャーに答えた。
「え?」
「では、茶請けを出してもかまわないな」
すかさずアーチャーがクッキーを並べ、田坂さんは手に取ったクッキーをアレックスに手渡す。
「お兄さんの手作り?」
クッキーを頬張りながら田坂さんは普段といたって変わらない様子だ。
「ああ」
「へー。いいなー。私も毎日お兄さんの手作りおやつ食べたいなー」
媚びた眼差しをアーチャーに向ける田坂さんにムッとすれば、田坂さんは、冗談よー、と笑って誤魔化す。
(全然、冗談に見えない……)
内心モヤモヤしながら、何も言わずに俺はクッキーを頬張っていた。
田坂さんとアレックスは、アーチャーお手製のクッキーと紅茶を堪能して帰っていった。これからデートなんだと惚気ながら。
「なあ、アーチャー」
食器を洗いながら声をかける。
「田坂さんはわかってたけどさ、アレックスも、さ……」
俺の言いたいことを察したのか、アーチャーは大きく頷く。
「アレックスも、田坂さんのこと相当好きだよな?」
「ああ」
苦笑いを浮かべたアーチャーが即答したのがやけに可笑しくて、なんだか、しばらく笑いがおさまらなかった。
結局、アレックスはぶっきらぼうに、悪かったよ、と謝ってきたけど、それに対しては俺たちにどうこう言う資格はないし、謝られたのならば、それを撥ねつけることもできす、その言葉以上でも以下でもないことだ。
俺たちは、アーチャーも含めて、あのフォルマンの被害者。ただ、それだけ。
補償の大きさや手厚さにアレックスは理不尽さを感じたみたいだけど、アレックスは何をどう納得したのか、“お前たちも、大変だな”という一言を残して、田坂さんと楽しげに衛宮邸を去っていった。
そんな二人をアーチャーと見送り、なんだか取り残された感じの俺たちは、顔を見合わせて笑ってしまっていた。
「田坂さんには、けっこう、いろいろ振り回されたなー」
「同感だ」
見上げたアーチャーは呆れ顔で頷く。
「しかし、なぜお前は、彼女と友達になどなれるのか……」
ため息交じりにアーチャーは疑問を俺にぶつけてきたけど、明確な答えは出せない。俺だって不思議だと思っているんだから。
「うーん、でも、俺たちだって、恋人になっただろ?」
「む。まあ、そうなのだが。それとこれとは、」
「同じじゃないのかなぁ。だって、絶対ありえない、と思っていたことが事実起こってるんだからさ」
「……ふむ。そういうものか」
「そういうものさ」
「フン。ずいぶんと達観した物言いだな」
「アーチャーほどじゃないよ」
「生意気を……」
「生意気だったら、どうする?」
「生意気な口は……、塞いでしまってもかまわんのだろう?」
「へへ。言うと思った」
「まったく……」
呆れ口調のアーチャーは、見上げる俺の唇に触れるだけのキスをした。
――――あれから何年かな。
指を折って数えてみれば、三つほど年を重ねたことに思い至る。
「三年……」
「何がだ?」
傍らにある温もりは、変わらず一番近くにある。
「うん、高校出てから」
「そうだったか。相変わらずの……」
「なんだよ?」
背中に引っついて、シャツの中に無遠慮に手を差し込んで、アーチャーは俺の肩越しに胸元を眺めている。
「気に入らないなら、触るな」
「気に入らないとは言っていない」
作品名:DEFORMER 15 ―― Unchangeable 編 作家名:さやけ