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サヨナラのウラガワ 1

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 苦しんでほしくなくて引き留めたのに、俺がアーチャーを苦しめているなんて本末転倒だ。
 もう契約はやめた方がいいんだろうか。
 いや……、ダメだ。
 もう、一歩を踏み出した。もう、後には引けない。俺は、俺の意思を貫く。
 マンションを振り返り、アーチャーのために借りた部屋のあたりを見上げる。
「アーチャー、好きだよ……」
 呟きは風に紛れて、アーチャーに届きはしない。
 どのみちアイツの心には届いていなかった。俺の想いは、はじめからどん詰まりだ。
 マンションに背を向ける。どうしても俯いてしまうのは、仕方がない。
「それでも、好きだよ、アーチャー……」
 汗の滲む頬を掠めた雫に気づかないふりで、俺は身勝手な自分を通す道を歩きはじめた。



Back Side 2

「ふ……ぐっ……」
 咥えたタオルを食いしばって、痛みに耐える。
 みち、みち、と肉の削げる音がして、ぺしゃ、と食品保存用のラップに落ちた音が聞こえ、士郎はほっと息をつく。すぐさま傷口に手を当て、覚えたての治癒を施す。
「は……」
 捲り上げていたシャツを下ろし、持っていたナイフを床に置いた。まだ引き攣る傷口を押さえながら立ち上がり、ラップの上に落ちた肉をまな板の上でたたきにする。
 自分の肉を刻む日がくるなんて、と士郎は少々うんざりしながら自嘲する。
「でも、これは、アイツのため」
 士郎が作っているのは食事ではなく、直接供給の代わりのものだ。サーヴァントにとっては食事と言えるのだろうが、普通の人間がこんなものを食うわけがない。
 アーチャーのマンションに届けるために、三日に一度この作業を繰り返している。
 作ろうとしているのは、自身の血肉を元にした、魔力を含む寒天のような物。これを口にすれば直接供給一回分の供給量くらいにはなる、と凛から借りた本で学んだ。
 一般の魔術師と契約したサーヴァントであれば不足するのだろうが、燃費の良いアーチャーは元々が魔力をそれほど消費しない。魔力の少ない士郎との契約で、常に魔力が少なくても問題がなかった。そして、今は戦闘などすることもないため、この程度でどうにかできるはずなのだ。
「アーチャーの燃費の良さに感謝しないと……」
 今は凛のサーヴァントであるセイバーには使えない方法だと士郎は苦笑を浮かべる。士郎がセイバーと契約していたときは、セイバーの元々の魔力の保有量が多かったために聖杯戦争を戦えた。
 だが、士郎がもしアーチャーを召喚していたら、おそらく聖杯戦争を生きて乗り切ることはできなかっただろう。
「まあ、もう戦うこともないんだし」
 聖杯戦争は終わり、今はただ普通に暮らすだけ。
 士郎はアーチャーに普通の人間の生活を強要している。座に還し、守護者に戻したくない、というだけの理由で。
 補給剤を作る手が止まる。
 ――――違う。
 自分で作り上げた言い訳を自分で否定した。
 未練があるのだ。
 士郎はいまだ道ならぬ想いに踏ん切りがつかない。
 諦めなければと思っているし、そうしなければならないこともわかってもいる。だが、士郎にはどうしてもこの想いが捨てられない。
 ――――好きなものはしょうがないじゃないか。
 そう開き直ることができれば、どんなに良いか。
「っ…………」
 つきん、と鼻の奥が痛んだ。
「……やめたい…………」
 好きなことを、やめたい。
 切に願う。
 この気持ちを根こそぎ消してほしいと、誰でもいいから奪ってほしい、と……。
 まな板の上で拳を握りしめ、苦しさに歯を食いしばる。こんな感情は要らない、と何度も何度も自分に言い聞かせる。
「っ、さ、さっさと、仕上げないと!」
 無理やり言葉にして現実を見る。
 止まっていた手を動かし、手早く補給剤を仕上げた。

 小さな紙袋にラップに包んだ補給剤を入れ、鞄を持ち、足早に玄関へ向かう。
 アーチャーのマンションへこれを届ける日は学校に遅れないように、いつもの登校時間よりも一時間近く前に家を出る。いそいそと士郎は新都の方へ足を運び、もうすぐ夏休みなので、あと二回くらい早起きをすればいいか、とそんな段取りを頭の中で浮かべていた。
「今日も暑くなりそうだなぁ……」
 梅雨が明けると一気に気温が高くなった。このところ、午前中に気温が三十度を超す日も少なくはないのだが、早朝の気温は、まだ、それほど高くない。
 アーチャーのマンションへは、公共交通機関ならばバスしかないのだが、バス停からマンションまでが遠く、少し不便だ。そして、衛宮邸からはバスではなく徒歩の方が早い。
 赤い橋を渡ったすぐの場所に建っているため、一応リバーサイドのうちに入るらしいが、借りた部屋から川は見えない、少し残念な部屋だ。だからこそ、士郎のバイト料で賄える程度に賃料が安かった。
 ここに住め、と与えるマンションに、金に糸目はつけぬ、と言いきれれば格好がつくが、一介の高校生にそのような離れ業などできない。家賃と光熱費を支払うだけで士郎には精いっぱいだ。
 それでもアーチャーを養う義務があると士郎は自負している。引き留めた己の責任だと重々承知しているのだ。
「はぁ。陽射し、キツい……」
 こぼしたため息は、暑さからだけではないと知っている。それでも暑さのせいだと言い切りたい。
「夏なんだから、暑いのは当たり前だ……」
 自分の胸の内から目を逸らし、士郎はそんな言葉で誤魔化した。
 早朝と云えど、ある程度の距離を歩くとなると暑さが堪えてはくることはわかっている。が、この距離が適切だと思えた。近すぎず遠すぎず。できればアーチャーとは長い付き合いをしていきたいと心底思う。しかし、こんな序盤で躓いていていいのか、と時折不安が士郎の脳裏を掠めてもいる。
「大丈夫だ。俺が普通にしていれば……」
 言い聞かせるように言葉にして、近いようで少し遠い道のりを歩く。
 軽いウォーキングをしてから登校していると思えば身体を鍛えている気にもなる、と、どうでもいいような理由を頭に浮かべて、落ち込みそうな気分を無理やり上へと向けていた。



 上りのエレベーターを降り、アーチャーの部屋へと向かう途中、珍しく人とすれ違った。隣人かと思い、軽く頭を下げたものの、士郎は首を捻る。
 ――――あんな女(ひと)、いたっけ?
 アーチャーが入居する前に日用品を一通り揃えておこうと思い、士郎は何度かこのマンションへ通っていた。が、同じ階の住人に若い女性はいなかったと記憶している。
 しかも、士郎には少しキツいと思わせるような香水をつける女性は初めて見た。
「新しく入った人かな?」
 家具付きのマンスリーマンションであるため、出入りは頻繁だと聞いていたので気にすることはないのだが、ほんの小さな引っかかりを感じる。
 そんな疑問を浮かべているうちに、アーチャーの部屋の前まで来てしまった。鞄から紙袋を取り出し、郵便受けに差し込もうとした途端、勢いよく扉が開いて飛び退く。
「え……」
「…………」
 扉を開けたのはもちろんこの部屋に住むアーチャーであったのだが、まさかこの扉が開けられるとは思いもしていなかった士郎は硬直してしまった。
作品名:サヨナラのウラガワ 1 作家名:さやけ