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サヨナラのウラガワ 1

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 硬直したのは士郎だけでなく、相対したアーチャーも同じような状態のようだ。互いに顔を見合わせたまま、何も言わずに呆然としている。
 どのくらい言葉もなく立ち尽くしていたかわからない。士郎にとっては時が止まったように長く感じられたが、おそらくほんの数秒のことだっただろう。
 アーチャーが手を差し出してきたことでようやく士郎は我に返る。
「え、っと……?」
「寄越せ」
 士郎が持つ紙袋を指さすアーチャーに、ようやく思い至って、そっと手渡す。
 なんの言葉もなく、挨拶すら交わさず、静かに閉まった扉の前で士郎は動けない。
 思いもかけずアーチャーの顔を見た。
 抑え込もうとしている感情があふれそうになるのを、拳で胸元を叩いておさめようとする。そんなことをしたところで抑え込めないことはわかりきっていたが、何かしら自分で動かなければ、ずっと扉の前で立ち尽くしてしまいそうだ。
「……っ、……ぅ…………」
 熱くなる目元を隠すように片手で押さえ、ようやく動けるようになった足を踏み出し、また、逃げるようにマンションを後にした。

「っはぁ……、っつ、は……っは……」
 赤い橋を渡り切り、前かがみになって膝に手をつき、肩を大きく揺らして呼吸を整える。
 アーチャーのマンションから全力で駆けてきて、ようやく橋を渡ったところで足が止まった。
「っ…………はあ……はあ……」
 朝っぱらから結構な運動量だ、と身体を起こす。
 雲一つない青空を見上げ、今日も暑くなりそうだ、などと、どうでもいいことを思う。
「急に、出てくるなよな……」
 アーチャーが悪いわけではない。何か用があって出ようとしていたところに士郎が出くわしたのだろう。アーチャーとて士郎があそこにいるとは想定外だったはずだ。朝食の材料でも買いに出ようとしたのか、それとも調味料を切らしたのか。おそらくこの時間帯ではコンビニくらいしか開いていないだろうが。
「アーチャーが、コンビニって……」
 笑おうとしたが笑えなかった。まだ動揺がおさまっていない。だが、いつまでもここでじっとしていれば遅刻してしまう。
「ふぅ……」
 ようやく顔を下ろし、久しぶりに目にしたアーチャーを思い出し、ついでに、くだらないことに気づいてしまった。
「そういえば……」
 今になって、ようやくアーチャーとの遭遇の場面を思い返すことができて、そのことを事細かく思い出せば、ざわざわと胸の内がざらつく。
「同じ……匂い……?」
 アーチャーのマンションですれ違った女性と、アーチャーの部屋から微かに流れてきた香りが記憶の中で合致する。
 思わず赤い橋の向こうを振り向いた。
「アーチャー?」
 そんな、まさか。
 信じられない思いで、ここからはよく見えないマンションの方を見つめる。
「ど、どういう……?」
 朝に出ていく女性。その女性と同じ香りがアーチャーの住まう部屋から香った。士郎とて、それが何を意味しているのか、わからないような子供ではない。
「そっか……。そうだよな……。自由にって……俺が言った……」
 アーチャーの部屋に朝まで居ただろう女性に、嫉妬はしなかった。アーチャーが好きなことをして、好きな人と過ごすことができればいいと思う。士郎もそれを望んでいる。
 けれども、悲しかった。
 まだ、たったの二週間だ。
 恋人という関係を解消して、あのマンションにアーチャーが住むようになってから、まだ、二週間しか経っていない。
 だというのに、アーチャーには部屋に連れ込むような、朝まで過ごすような女性がいる。
 ――――やっぱり、そうだったんだ……。
 士郎の気持ちを受け取ってやると言ったところで、そこにアーチャーの気持ちは欠片もなかったことが証明された。
「そりゃ、そうだよ……」
 納得するしかない。士郎には、今さら怒ることも、アーチャーを責めることもできない。そんな権利はないのだ。
 フラフラと近くのベンチに腰を下ろした。
「あーあ……」
 好きだったのに、と、恨みがましく思っても、もう終わったことだ。この気持ちは、消さなければならない。どこにも向かえない気持ちなど、いつまでも抱えていたって仕方がないのだから。

 学校に向かう気力がなく、士郎は初めてズル休みというものをした。
 家に帰ってきて制服から普段着に着替え、何をするでもなくぼんやりと過ごしていると、何やら脇腹の傷痕がズキズキと痛みはじめる。
「おかしいな……、ちゃんと塞いだのに……」
 もしかすると傷口が開いているのかと脇腹を確認しても、傷は塞がっているし、血も滲んでいない。引き攣れた痕はあるものの、止血もできており、出血も内出血もない。そのうちに頭痛もしてきて、自室に布団を敷いて潜り込んだ。
「はあ……、だるい……」
 もしかすると、あの全力疾走がたたったのだろうか、と原因らしきものを探すが、これといった確証には行き当たらない。
「傷を塞いですぐに激しい運動とかは、まずかったのかなぁ……」
 そんなことを思いながら目を閉じた。



 アーチャーと顔を合わせたあの日から二日寝込んだものの、三日目の朝にはけろりと士郎の調子は戻った。アーチャーに補給剤を持っていかなければと、また士郎は早朝から準備に勤しむ。
 アーチャーが誰とどんなふうに過ごそうと、士郎はアーチャーの現界を支え続けると決めたのだ。その糧である魔力を渡さないわけにはいかない。
「きちんと魔力が流れるようにしないとな……」
 士郎はそれだけを目的にすることにした。他の何にも目を移すことなく、魔術師として一人前になり、アーチャーに問題なく魔力を流す。ただそれだけを自身の糧のようにして生きることに決めた。
 だというのに、凛はセイバーとともに夏休みがはじまる前からロンドンに行っている。時計塔への入学準備と、その他諸々の事情があるらしく、彼女たちはバタバタと旅立っていった。
 結局、士郎は凛を引き留める間がなかった、いや、引き留めるのを諦めたというのが本当か。本心を言えば、心細くもあったため、引き留めたかったのだが、凛は時計塔に入り、一流の魔術師となるべく、幼いころから頑張ってきたことを士郎も知っている。したがって、己の都合でその夢の第一歩をフイにさせるわけにもいかず、黙って見送るしかなかった。
 夏休みに入り、毎日登校していなくてもアーチャーに補給剤を届ける時間は同じのままだ。衛宮士郎に朝寝坊という概念はない。それに、ますます気温は高くなってきており、出歩くなら早朝の方がいい。
 三日に一度、赤い橋を渡り、補給剤を届け、すぐに帰宅する。もう士郎の中では習慣になっていた。
 アーチャーとはあの日以来顔を合わせることはない。アーチャーが警戒でもしているのか、扉の向こうは生活音すら感じられないくらい静まり返っている。アーチャーが息をひそめている気がして、少し心外だと思った。
 ――――べつに、顔合わせたところで……。
 何を話すわけでもないし、気まずいだけなので、士郎としても先日のようないきなりの出来事は避けたいところだ。
作品名:サヨナラのウラガワ 1 作家名:さやけ