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サヨナラのウラガワ 2

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 すでに十時を回っているというのに、飲み会だか食事会だかの帰りらしい人々の姿がある。私が人であったときも変わらずこんな街だったのだろうが、今見ている光景は、少し新鮮な気がする。
 まあ、もう、見ることもないだろう。
 私はもうすぐ魔力が切れて、座に還るのだから。

 重い身体に鞭打ち、そろそろ動き出さなければならない。最終のバスが出てしまっては、ここまで来た意味がない。ベンチからフラつきながら腰を上げようとすれば、
「あの、大丈夫ですか?」
 突然、声をかけられて顔を上げる。何やら身体の具合が悪いと思われたようだ。まあ、そうだろう。フラついてベンチから立とうとする今の私は、傷病人にしか見えない。
 救急車を呼ぼうかタクシーを拾おうか、と、仕事帰りらしい見知らぬ女性が目の前で右往左往している。
「っ……」
 その女性の内なる生命力に眩暈がした。
 ああ、そうだ。多少なりとも人には生命力という、一種の魔力が存在している。それを少し分けてもらえば……。
 いやいやいや、何を考えているのか私は。
 規模は違えど、それは聖杯戦争中にキャスターが行っていたことと同じだ。人の生気を吸い上げて自らの魔力にするなど、凛に聞かれたら最後、即、撃ち殺される。
 すぐに立ち上がり、大丈夫だと告げるが、女性は案外強い力で私の腕を掴む。
「少し休憩した方がいいんじゃないですか? 横になった方が楽になるかも」
 他人を慮る言葉とは裏腹に、その面には媚びた色がありありと浮かんでいる。
「いや、けっこうだ」
 強く撥ね退け、逃げるようにその場を後にした。
 後ろめたさが拭えない。一瞬でも愚かな考えに及んだ己を、どう罰すればいいのかと拳を握る。それと同時に、あの女性にも目的があったことに気づき、胸糞悪くなってきた。
 べつに追われたわけでもないというのに歩く速度を上げ、這う這うの体でマンションに戻り、玄関を閉め、鍵をかけ、扉にもたれたまま座り込む。
「何を考えているのだ、私は……」
 正義の味方という理想を突き詰めた私が、一般人から魔力を奪うことを考えるなど……。
 自分自身が信じられない。だが、少しでも魔力を補うことができるのは確かだ。
「…………」
 人殺しを生業としてきたのだ、人を食い物にするくらい、今さらなんだ?
 それで現界できるのならいいのではないか?
 相手も無償ではない。身体を求めているのであれば、ギブアンドテイクだ。
 世の中には“セフレ”という便利な言葉があるのだ。好き嫌いではなく、愛も恋もなく身体を重ねることができる人間は少なからずいる。
「…………」
 私は魔力を補う必要がある。
 そして、性行為を目的にする人もいる。
 これは妙案かもしれない。互いに欲するものを補い合うのであれば、罪の意識も少しは薄れる。
 だが、一度にいただく魔力量は微々たるものだ。一般人からは現界に足る魔力を一息に摂取などできない。そんなことをすれば死んでしまう。
「…………」
 ならば一人ではなく、複数から少しずつ補えば、深刻な状態にならずに済むのでは……?
 互いに持ちつ持たれつで、どうにかなるかもしれない。
 へたり込んでいた腰を上げる。鍵を開けた瞬間、私の思考は切り替わっていた。
「とにかく、魔力を……」
 飢えに任せて歩を進める。再び駅前へ向かって歩きはじめた。
 己の思考が破滅的に病んでいることに気づいていながら、私は自分を止められなかった。



Back Side 6

 飢えた女。
 餓えた男……、いや、人ではなくなったモノ。
 飢えたモノ同士身体を貪るのは、道理なのだろう。
「士郎……」
 ついぞ、口にしなかった名前。
 三日置きに魔力を持ってくるマスターの……、少し前まで恋人だった者の名前。
 アーチャーは胸苦しさとともにその名を呟くことが多くなった。
 夜が更けてから部屋を出て夜な夜な赤い橋まで来て、深山町を眺めては踵を返し、新都の駅前まで向かう。やがて、声をかけてきた女性とゆきずりの関係を持つ。多少の魔力を補給し、夜のうちに女性とは別れ、互いに深い繋がりは求めない。ほんの一時の情事に女性は満足し、アーチャーは微々たる魔力を得る。
 いや、魔力というよりも、常人の生命力の欠片をいただく程度。
 魔力が磨き上げられた宝石だとすれば、その生命力の欠片というのは、ただの砂利のようなものだ。
 嗜好をどうこう言うつもりはないが、料理というものに精通したアーチャーには、ただただ不味い、という感覚でしかない。
 それでも、やめることはできない。一夜限りの関係など一般的には性質が悪いと思われるだろうが、人ではないために孕ませる心配がないのはさいわいであるし、何よりアーチャーにとっては死活問題である。
 士郎が三日置きに持ってくる補給剤だけでは現界すら危うい。衛宮邸にいるときは週に一度の供給と、頻繁な経口摂取とともに、近くにいるというだけで微々たる魔力の補給ができていた。だが、衛宮邸を出てからは、気配すら辿れない距離があるため、微かな魔力さえ補給できないでいる。
 したがって、アーチャーは自力で魔力を狩らねばならなくなった。人道的にとか、道徳的にとか、そんな上辺だけの言葉をいくら並べたとて魔力は補えない。現界するにはそうするしかないのだ。
 しかし、爛れたその生活は、すぐに支障を来す。
 ホテル代など無駄遣いのできないアーチャーは、マンションに女性を連れ込むのが常になっている。
 コトに及び、さっさと済ませ、女性は身支度を整えて勝手に出ていく。はじめのうちはうまくいっていたが、そんなことをはじめて五日もしたころだろうか、魔力を多く奪いすぎて相手の女性が意識を失うようになった。
 さいわいすぐに気を取り戻した女性は、絶頂して気絶したと勘違いをしてくれて、事なきを得た。
 ――――まずいな。
 このところ、毎度、相手にした女性が気絶してしまう。行為に溺れ、悦かったということではなく、生命力を急激に失うために気絶しているのだ。なぜ生命力を失うかと云えば、もちろんアーチャーが生命力の欠片を奪うから。
 ――――コントロールができなくなっている。
 おそらく、常に魔力が不足しているからだろう。士郎と契約していたときも不足気味ではあったが、この二週間はそれに輪をかけた枯渇寸前の状態が続いている。
 “奪えるところから奪う”
 それは、生命体として根本的な真理だ。サーヴァントが生命体と呼べるかどうかは別として、人体は生命活動として摂取したもので生命力を補う。そのシステムがサーヴァントとなった身でも残っているのだろう、目の前にある生命力を魔力として、取れるだけ摂取しようとする。
 ――――このままでは、まずい。
 わかっていたが、やめるわけにはいかない。
 アーチャーが現界を続けるためには必要なことなのだ。
 己の行為に今さら反吐が出そうになるものの、確かな対処法もなく、連れ込んだ女性は朝までアーチャーの部屋で眠るようになっていた。
 共寝をするような関係ではないため、アーチャーは女性が目覚めるまでダイニングの方で過ごす。
作品名:サヨナラのウラガワ 2 作家名:さやけ