CoC:バートンライト奇譚 『毒スープ』前編(上)
……話は、バリツとバニラが執務室で談話をする最中、黒いゴシック・アンド・ロリータ風の銀髪少女が、唐突に周りの壁ごと窓をぶち破って侵入してきたことに端を発する。
膝をついて着地していた彼女――アシュラフは、冷徹な戦闘機械めいて立ち上がると、なにやらL字型の鉄棒を両手に部屋をうろつきはじめた。どこを見るとも知れぬ流し目で。
「あの……何をしているの? アシュラフ君」
すべてを諦めきった眼で問いかけるバリツに、少女はポーカーフェイスを向ける。
「こんにちは邪教徒」凛とした、その幼くも美麗な声で、狂信者は淡々と返した。
「見ての通りダウジング中です」全くもって意味不明な言葉を。
「……見ての通りゲーム中です、のノリで言うことじゃないぞ」
「邪教との戦いは、常識は通じぬもの。常識が通じぬということは、常識を外れる必要があるということ」
「君の常識の定義から教えてくれ」
「ダウジングはこの邪な汚部屋を探索するのにうってつけの手段ではありませんか」
「そもそもこの部屋を散らかしたの、君なんだけど」
「さあ無駄な抵抗はやめて、あなたの邪教の印を差し出すのです」
「あの、やっぱり君自身がやってることが、君の言う邪教徒のそれになってない?」
「は? ぶちころしますよ変態」
「いやいやいやいや!」
このような理不尽な問答が、毎回の恒例行事となっているのだった。
アシュラフはその後、バリツの隣のバニラに気づいた様子で、少しだけ目を丸くした。
この時、二人は初対面だったのだ。
ハラハラと見守るバリツの横で、バニラは小さく会釈する。
「どうも」
「ごきげんよう」
「……俺は菓子バニラ。よろしく」
「アシュラフです。よろしく。あなたはなんか邪教徒っぽくないですね」
「んー……よくわからないけど、どうも」
「いやいや!? どういう基準なの!? アシュラフ君?!」
彼女はバリツを無視して歩き出したが、アンティーク戸棚の前で「む」と呟き、動きをピタリと止めた。二本のL字針金をその上に置き、家主の目の前で引き出しを開け、中身をガサゴソと漁り始める。
「あのー……アシュラフ君?」
彼女が無言のまま探し当てたのは、包装された高級菓子。バリツ秘蔵のチョコレートクッキー。名店ゴディヴァの一品。
アシュラフは「ふむ」と頷くと、それを懐に入れた。そして何も言わず、かつて窓だった風穴に歩み寄り、飛び込み、姿を消した。
呆然とする大人二人を残して。
作品名:CoC:バートンライト奇譚 『毒スープ』前編(上) 作家名:炬善(ごぜん)