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炬善(ごぜん)
炬善(ごぜん)
novelistID. 41661
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CoC:バートンライト奇譚 『毒スープ』前編(下)

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6、我が名は斉藤貴志



「斉藤君……君の望むお姫様が、どうやらお出ましのようだぞ」

 斉藤を見やると、彼は目元を強ばらせながら、奇妙な笑みを浮かべていた。まるで福笑いだ。

「……こいつはクールなジョークだぜ」

 大のおとな二人はそのまましばらく固まっていた。
 中の暗闇からは、何かをズルズル引きずる音。半端なく重い何かを引きずる金属音。
 空を切る刃の音。 
 気のせいだろうか――。

「少しずつ、こちらに近づいてくるのでは?」
「あー……」

 二人は顔を見合わせ、頷きあった。
そしてミュージカルめいて同時に数歩さがり、ドアをそっと閉じた。
まさに『そっ閉じ』である。

 錆だらけのドアの前で、しばし固まる男二人。沈黙。
数秒後。

「さっきのアレなんだよ!? バリツ!」

陶芸家は弾けたように口を切る。
 冒険家教授も何が何やらであった。
「わ、わからん! 何者か、何かを引きずってたように思えたが……」
「何が『小娘』だよ! 詐欺じゃねえか! 俺のお姫様はどこなんだよ!」
「だから、バニラ君も忠告してたじゃないのっ!」
「なんてやつだ! バリツ! 嘘つきやがって!」
「いやいや、理不尽でしょ!」
「くそう~! ……まあ、アレだ」

斉藤は思考を切り替えんとばかりに、頭をかきながら呟く。
「――とにかく、うかつに中には入れねえことは確かだな。ここは後回しだ、後回し」
「うむ、そうせざるを得ないネ……」

 なにやら『小娘』を巡って大わらわだった斉藤だが、目の前の事態を受けて冷静に順応する姿は、実際頼もしかった。『小娘』を巡ってのテンションがなんだったのかはさておき。
バリツは咳払いをする。

「では、お次は調理室かな」
「だな。けどよう、バリツ。お前は一度書物庫のバニラを覗いてやった方がいいんじゃないか?」
「む、そうかね?」
「どれだけ本が山積みか知らないが、名前からして一人だと面倒くさそうな部屋じゃないか? で、その間に俺が調理室を覗く。これでどうよ?」

 斉藤の提案も一理あった。
 バリツは本来、「小娘」の部屋を確認した後、(今の格好の)斉藤一人でも問題がないと判断できたならば調理室を覗く腹づもりであった。だが、その「小娘」の部屋は、今の状態での探索自体が現実的とは言えない。斉藤の手も空いたことになる。

 本来の予定とは異なるが、バリツがバニラのサポートと情報共有を行う一方で斉藤が調理室を調べる――という形も、理に叶っていた。

 バリツはちらりとバリツが入り込んだ書物庫を見やる。半開きのドアから覗く中は薄暗いが、騒ぎがあるような様子は見えない。入って即危険があるとは考えづらかった。

「――わかった。では私はバニラ君をサポートすると共に、あの部屋のことを伝えよう」 
「頼むぜ。実際、中卒の俺より教養のあるお前さんの方が、本には強いだろうしよ」
「学歴は問題ではないと思うけどネ……ともあれ気をつけてくれ斉藤君。折りを見て、そちらにもすぐに向かおう」
「あいよ」

 かくして斉藤は調理室へ通じるドアへ向かった。

バリツは半開きだったドアから書物庫の中へ足を踏み入れる。素足が柔らかい絨毯の感触を捉えた。
 中央のテーブルに置かれた燭台に灯がともり、当たりを照らしているが、それでも中は薄暗く、やたらと埃っぽかった。

前、右、左――いずれも本棚に分厚い本が満載されている。パッとみるだけでも、いずれも百科事典さながらだった。
そんな中、入り口に背を向けている形の、バニラの白いクルタの後ろ姿はすぐに目視できた。

「バニラ君――」
「バリツ?」

彼は正面の本棚に向き合っていたが、バリツに気づいた様子で振り返る。

「小娘の部屋はどうだったんだい? なんか二人で漫才やってる声聞こえた気がするんだけど」
「漫才というわけではなかったのだけどネ……」

 漫才とは小娘の部屋をそっ閉じした直後の大声についてだろう。
実際、客観的に見て的外れでもなかったのかもしれない。

ともあれ、情報を共有する必要があった。

「小娘の部屋を調べようとしたのだが、中に入るのは危険と判断したんだ」
「まあ、入ろうとした時点でトラブルがあったのかなって気はしてたけれど」
「うむ。それで、あの部屋は取りやめて、私がここのフォローを、斉藤君に調理室を……としてみたんだ。私の方が本には慣れているだろうと判断して」
「それでもいいと思うよ。で、小娘の部屋は具体的にはどんな感じだったんだい?」
「それがだね……」

「きゃああああしゃべったあああああああ!?!」

 突如として背後のドアの先から響いたのは、斉藤の悲鳴だ。

「斉藤君!?」

 バリツは脱兎のごとく書物庫を飛び出した。

 調理室のドアを見やると、そこに背中でもたれかかりながら、息を荒げるパンツ一丁美青年。

「どうした!? 斉藤君!」駆けより、呼びかける。「何を見たというのだ?」

「あ、ありのまま!」慌ただしい身振り手振りを交え、彼は早口でまくし立てる。ここまで取り乱す斉藤の姿を見るのは、初めてだった。
「ありのまま! 今、見たものを話すぜ! 『背中にでっかい翼が映えた、バカでけえ蛇がとぐろまいて、こっちをじっとみてやがった』。何言ってるかわからねえと思うが、マジだ! ……マジだ! 俺よりでけえ蛇だぜ!」
「斉藤君、君は一体なにを……!?」

「んー……ひとまず落ち着こうか」

 バリツ自身斉藤の説明に取り乱しかけた所で、後に続いてやってきたバニラが冷静にたしなめる。
後先考えずに飛び出したバリツとは異なり、様子をうかがいながら書物庫から進み出たのだろう。そして、連鎖的にパニックに陥りかけた自分たちを窘めてくれている。

最年少だと言うのに、なんたる肝の座りようだろう。数々の修羅場を生き抜いてきたであろう元戦場カメラマンのこの青年に、バリツは改めて僅かな畏怖すら覚えた。

「斉藤」少しの間を置いて、バニラは問い直す。
「もう一度落ち着いて話してくれないかい? 何やらしゃべったと叫んでたけど……」

「――そうだ、斉藤君。この先に、翼の生えた化け物がいるという話だったね」

 バリツも問いかけながら、白い調理室のドアを見やる。
 白く清潔な扉は、今やひどく不気味で無機質なものに思えた。
少し落ち着いた様子の斉藤は頷く。

「ああ、そうだぜ……」
「そしてそれが、しゃべったと?」
「え、いや? 別にしゃべってないけど」
斉藤はふいにキョトンとして、冷静に答える。
「なんかパニクって変な悲鳴出しちゃっただけだぜ」

 一瞬固まり、顔を見合わせるバリツとバニラ。

「あ、そうなのネ……」
再び斉藤に向き直り、乾いたリアクションをする傍ら、
「――とにかく」バニラは扉を見つめ、顎に手を当てる。
「この調理室の中に、やばいのがいるってのはわかったね」

「しかし参ったね……これでは調理室と小娘の部屋、双方ともうかつに調べられないということになるね」

 バリツはそこで改めて、バニラに小娘の部屋の様子を説明した。
 不気味な音だけが響く、あの暗がりの部屋を。

「小娘の部屋も、調理室も、早速調べられねえと来たわけだなあ」
「そうなんだよね」