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炬善(ごぜん)
炬善(ごぜん)
novelistID. 41661
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CoC:バートンライト奇譚 『毒スープ』後編(下)

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 だが。

「――!!??」

 突然喉元にこみ上げた苦しみに、バリツは暴れ出す。
 よほどものすごい形相をしてしまったのだろう。
あのアシュラフが、面食らった様子で飛び退いた。

 バリツはそのまま、ベッド横の――向かいに執務室がある廊下とは反対方向の扉だ――トイレや洗面所を備えた小部屋へと駆け込んだ。

どんどん、体内で異様な異物感が膨らむ。このままでは呼吸ができなかった。
昔ノロウイルスに感染した時以上の不快感だった。

トイレで身構えたバリツは、こみ上げてきたものを、一気に吐き出した。
 内臓そのものを便座にぶちまけれるんじゃないかと思った。
だが、実際に溢れていたものは――よく見るまでもなく理解した。
昨夜食べた鮭のお茶漬けや惣菜盛り合わせの類いではない。
もろもろの、人肉の欠片だった。
それらは吐き出すそばから赤いあぶくを立てて消えていくが、いつまで立っても吐き気が止む気配はなかった。

(あの悪夢から生還してなお……!? なぜ……!?)

 ある程度嘔吐を繰り返すと、ようやく波がいったん引いてくれた。
 だが、胃の圧迫感はすぐに増していく。
 どうやらまだ続けねばならないようだ。

 ともあれ、肝心な何かを忘れているような……。

「あしゅ……らふ、君」

 ふとベッドの方を見やる。ドアを閉める余裕もなく駆け込んだから、当然寝室も見えた。
 アシュラフは、呆然と突っ立っていた。
 中に下着を付けていないのだろう上半身の黒服も、肩周りははだけたまま。
長い髪も、所々乱れている。

 そして、あのポーカーフェイスのアシュラフが、今までバリツが見たこともない表情を浮かべていた。 恐怖だ。

「……は?」

 彼女はただ、一言呟いた。
 そして両の手でか細い腕を抱きかかえ、震え始めた。露骨にドン引いている。

「いや、あの、これは……」

 バリツが(良い文句など浮かぶわけがないのだが)弁解を試みようとするのなどお構いなしとばかりに、彼女は脱兎のごとく部屋を飛び出した。

 窓からではなく、ちゃんと廊下へ続く反対側のドアからだ。
 ただし、ドアを激しく閉じた直後――

 ゴロゴロ! どーん!
どんがかどんがか!
 何かをドアに押しつけまくっている音が聞こえてくる。

「あの、なにやってるの……!?」

 問うてみるが、やっていることは明白だった。あの子は廊下のインテリアや向かいの執務室の家具等を、この寝室のドアの前に重ねまくってるのだ。
 ドアの向こうから、アシュラフらしからぬ半狂乱の声が聞こえてくる。とんでもない早口だ。

「バリツ・バートンライト! あなたはもはや妖怪邪教徒野郎を通り越した何かです! このまま封印しておくのが一番ですね!」

「ちょ、ちょっと! 勘弁したまえよ! 私が出られなくなってしまうで」はないか。
言いかけたところで「おげっ……」急激なえずきに襲われ、バリツはトイレへと脱兎のごとく駆け戻った。

 便座に向けて、ひと吐き。ふた吐き。
 その後、ふと、バリツはすぐ脇の洗面所の、鏡を見上げた。
 
寝癖はぼうぼう。顔はひどく青ざめていた。 
 そして口元からは、血が滲んでいた。

自分でいうのもなんだが、いい男が台無しだ。

「そりゃドン引くよネ……」

 もはや、ドアの先にアシュラフの気配はなかった。

 肩をすくめたバリツは、倒れ込むように便座へもたれかかり、再び吐き気の大波との格闘を強いられることになった。


★True End