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自分らしく
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彼方から 第三部 第九話 改め 最終話

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 ――まぁ、あいつが【天上鬼】だってのも、こっちが勝手にそう思っているだけだけどな……

 その憶測が、間違っているとは思えないが、本人にハッキリそうだと言われていない分、なんとなくだが、気分的に楽な気がする。

 ――それに、だ

 バーナダムは大きく息を吸うと、
「……多分、みんな分かってると思うぞ? おれが気付いたくらいなんだから」
 伏し目がちになるイザークに、『しっかりしろ』とでも言いたげに、強めの口調でそう言っていた。

 言外に、『正体を知っている』と言われ、思わずバーナダムを見据えてしまうイザーク。
「けれど同じくらい分かってる。あんたが無暗に力を求めるような人間じゃないってこともな」
 その瞳を正面から受け止め、バーナダムは眼を逸らすことなく、そう言っていた。
 真剣に、心からそう思っていることを伝えるように……
 暫し見合った後、バーナダムはふと笑みを零し、
「とにかく、荷物を取りに行こうぜ。ナーダの城から持って来た金の袋だって、まだ半分以上残ってるんだろ? これからどこに行くにしたって、先立つものは必要だろうが」
 そう言うと踵を返し、ゼーナの屋敷の方へと歩き始めた。
 その背を見やり、互いに顔を見合わせるイザークとノリコ。
「行こう、イザーク……ね?」
 微笑みながら、躊躇いの抜けない彼の瞳を見詰め、ノリコがそう、促してくる。
 その笑みと言葉に、一度は眼を見開くイザークだったが、やがて……
「ああ……そうしよう」
 頷きと共に笑みを返し、二人はバーナダムの後に付いて歩きだしていた。

          ***
 
「勝手に乗って来ちゃって、良かったのかな……」
「大丈夫だ、放せば、馬も勝手に持ち主のところに戻る」
 イザークに馬から降ろしてもらいながら、心配そうにそう言ってくるノリコ。
 占者の館の爆発で騒然となっている街の中。
 その爆発音に驚き、逃げ惑っていた馬を捕まえ、イザークたちはゼーナの屋敷へと戻って来ていた。
 
「さあ、行け」
 イザークに背を叩かれ、馬は、用は済んだと言わんばかりに嘶くと、足取りも軽やかに厩から出て行く。
「気を付けて戻ってねー」
 その背に手を振り、そう声を掛けながら、にこやかに見送るノリコを、イザークも同じように優しく見詰めていた。
「おい」
 厩から、屋敷へと入るための出入り口から顔を覗かせ、バーナダムが声を掛けてくる。
「誰もいないぞ、おれ達を捜しに出たのかもしれないな」
 こちらを振り向く二人に歩み寄りながら、バーナダムはそう言って、溜め息を吐いている。
 彼の言葉に、イザークはゼーナの屋敷を見上げ、
「或いは、街を出る仕度をするために、出たのかもしれん……」
 そう言った後、少し考えこむかのように腕を組み、口元に手を当てていた。
「そうか……それもあるかもな」
 同じように屋敷を見上げながら、バーナダムも得心がいったかのように頷いていた。 
 ……不意に――
「バーナダム」
「ん?」
 イザークに名を呼ばれ、彼に眼を向ける。
「ガーヤ達には悪いが――今の内に、おれ達は行こうと思う」
「……え?」
「イザーク……」
 少し、戸惑いの色が見える瞳を向けてくるノリコ。
 イザークは安心させる為か、彼女の肩に手を置きながら、
「ノリコの話しでは、あの館にワーザロッテという大臣がいたそうだ」
「え! ワーザロッテが!?」
 そう、話し始めた。
 問い返すバーナダムに頷き返しながら、
「襲撃してきた連中に力を与えていた黙面という化物も、あの館にいた」
 と、言葉を続ける。
「……は? なんだよ、それ……じゃあ、ノリコを狙っていたのはこの国の大臣で、しかも、後ろ盾に化物が付いていたってことなのか?」
 イザークの話しに、バーナダムの語尾がだんだんと強くなってゆく。
「この国の大臣がどうして、ノリコを――!」
 言葉にするほどに怒りが高まってゆく。
 ぶつける相手が違うと分かっていても、バーナダムはつい、イザークにその怒りを向けてしまっていた。
「あの連中に力を与えていた、『黙面』という化物に『生贄』として捧げて、より強い力を授かるために……だ」 
「――――な…………」
 静かに、冷静に……少し眉を潜めながらも言葉を返すイザーク。
 『生贄』という信じ難い言葉に、バーナダムはイザークの眼を見返すだけだった。

 三人の間に訪れた沈黙の中、ノリコがスッ――と、体を寄せてくる。
 少し俯きながら、イザークの腕を掴んでくる。
 彼女の手に、安心させるかのように自身の手を添えながら、
「その大臣の占者に、おれ達は正体を見破られている……奴らの後ろ盾となっていた黙面という化物は消したが、占者には……タザシーナという名の占者には逃げられてしまった」
 イザークはそう言って、悔し気に唇を噛み締めていた。
「その占者が、おれ達のことをどこかの国の有力者にでも話せば、直ぐに、追手が掛かるだろう……そうなればおれ達が、これから消えて行った人たちを捜し出そうとしている、ゼーナ達の足手纏いになってしまう」
「……それが、みんなと離れる理由か?」
「それだけじゃない」
 コナの林で、ノリコに言い聞かせるように言っていた『理由』……それを、バーナダムにも同じように話す。
 だが、先刻と違うのは、それは『理由』の一部に過ぎない、ということ――
「おれは……おれの運命を変えたいと思っている……」
 バーナダムの眼を真っ直ぐに見据え、自分の『想い』を口にする。
「何をどうすればいいのかは分からないが、それを見つける為にも今は……ノリコと一緒に逃げようと思う。おれ達を捕えようとする者達から……」
「逃げる――のか?」
「――――そうだ」
 イザークの口から出た、消極的とも思える言葉に、バーナダムは思わず眉を寄せ、問い返す。
 彼の問い掛けに少し間を置き、頷き返し……
「決まってしまった未来などないと言った、ゼーナの言葉を信じて、今出来ることをしようと――思っている」
 ノリコの手に添えた自身の手に、ゆっくりと、力を籠めていた。
 優しく、力強く握られた手を見やり、ノリコは笑みを浮かべイザークを見上げる。
 彼女の笑みに応えるかのように、イザークもまた、ノリコを見詰め笑みを浮かべていた。

 ただ、逃げるわけではない。
 それは後ろ向きなものではなく、前を向くためのもの……
 ノリコを見詰めるイザークの瞳に、バーナダムは『覚悟』のようなものを見た気がしていた。
「そうか……じゃあ、今の内に荷物を取りに行った方がいいな。あと、出来れば、書き置きの一つぐらい、残していってやれよ、そうすりゃ少しは、みんなも安心すると思うし」
 溜め息を一つ吐き、バーナダムは仕方なさそうな笑みを浮かべる。
「ああ……そうさせてもらおう」
 バーナダムの笑みに、イザークも眉を少し潜めた笑みを返しながら、ノリコの背に手を当て、屋敷の方へと誘う。
 ノリコも一つ頷くと、彼に合わせ、屋敷へと歩き始めた。

          ***

 半時後……
 屋敷の裏手で、ノリコを待つ二人の姿が見える。
 バーナダムは、まだ、彼女が来ないのを確かめるかのように裏口を見やった後、