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自分らしく
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彼方から 第三部 第九話 改め 最終話

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「分かってるとは思うが……絶対、ノリコを護れよ――イザーク」
 彼を睨むように見据え、そう言っていた。
「……分かっている。必ず護る」
 眼を逸らすことなく、真っ直ぐに見据え返してくるイザーク。
「約束……だからな」
「ああ、約束する」
 迷いのない声音とその瞳に、バーナダムは敗けた悔しさと、こいつにならノリコを任せられると言う安堵を、感じていた。
「一つ、いいか?」
「なんだ?」
 一拍間を置き、口を開くイザーク。
 その口調に、どことなくだが申し訳なさそうな響きを感じ、バーナダムは小首を傾げ、怪訝そうに訊き返した。
「この街をなるべく早く出た方がいいと、ゼーナ達に伝えてくれないか」
「――は?」
 更に首を傾げるバーナダムに、
「館を爆発させ、崩壊させてしまったとばっちりが、こっちに来ないとも限らん」
 自分が引き起こしてしまった惨状を思い起こすかのようにそう言いながら、イザークは占者の館があった方を見やっていた。
「ああ、そういうことか……」
 納得したように頷き、
「けど、そんなこと、多分言わなくてもみんな、そのつもりでいると思うぞ?」
 バーナダムは楽観的な言葉を口にする。
「だが、しかし……」
「今はおれ達よりも、自分達のことを考えろよ」
 懸念の消せないイザークに、バーナダムは首を横に振ると、
「とにかく、心配するな。なんとかなるって」
 そう言い切り、まだ、何か言おうとするイザークの口を噤ませていた。

 少しして……
「ごめんなさい、遅くなっちゃった」
「いや、大丈夫だ」
 小走りに、息を弾ませて、ノリコが裏口に姿を見せた。
「広間のテーブルの上に置いて来たけど――大丈夫かな」
「大丈夫だよ、おれも言っておくから」
 書き置きの置き場所を気にするノリコに、バーナダムはそう言って笑顔を向ける。
「うん……」
 ノリコはコクンと、頷いた後……
「色々と、有難う――バーナダム」
 少しだけ寂し気な笑みで、礼を言っていた。
「……いいよ…………気をつけてな」
 笑顔で、そう応える……
 胸が、奥底の方で、チクリと痛むのが分かる。
「……おれからも礼を言わせてくれ、色々と助かった。道中の無事を祈っている」
 そう言いながら、少し口の端を歪めたようないつもの笑みで、イザークが右手を差し出してくる。
 バーナダムはその笑顔と右手を交互に見やったあと、少し躊躇いながら、自分も右手を出していた。
 イザークの右手を握り、
「約束、忘れるなよ」
 小さく呟く。
 無言で頷くイザークに笑顔を見せると、バーナダムはそっと、握った右手を離していた。

 幾度か振り返り、手を振ってくれるノリコ。
 その姿が見えなくなるまで、バーナダムは二人の背中を見送っていた。

     *************

 白く、大きな雲が、蒼く澄んだ空をゆったりと流れてゆく。
 一台の馬車を中心に、七頭の馬を従えた一行が、蒼い空の下、雲の流れと同じくゆったりと、進んでゆく。
 セレナグゼナを後にする、ゼーナ達の一行が……

 馬の背に揺られながら、ガーヤは思い返していた。
 荒れた広間の中、テーブルの上に綺麗に折り畳まれ、置かれていた、一枚の書紙を……
 その書紙に書かれていた内容を――
 自分たちが【天上鬼】と【目覚め】であることが……それを、ワーザロッテと共に居た占者に知られてしまったことが、書かれていた。
 どこの誰とも知れない追手が、掛かるかもしれないこと……
 そして、【天上鬼】と【目覚め】――この運命を変えるために、二人で逃げることも……

 ――運命を変えるために……か

 ガーヤは、今頃どこを歩いているのかも知れない二人を想い、空を見上げ、辺りを見回していた。

「あれ?」

 思わず声が漏れた。
「何?」
 漏れ出た声に反応するコーリキに、
「いや、気のせいだった」
 ガーヤは何度も眼を擦りながら、
「あの二人の姿が、見えたような気がしたんだ」
 そう、返していた。
「無事、セレナグゼナから抜け出せたか、見届けてたりしてなー……」
 遠い眼をしながら、バーナダムが言葉を続ける。
「あの爆発事件のとばっちりが、おれ達にこねぇか、気にしてたから」
 別れ際の二人の姿が、小さくなってゆく二つの背中が、脳裏を過る。
「……チッ!」
 背後から聴こえた舌打ちに、バーナダムは『仕方ねぇなァ』とでも言いたげに、顔を向けていた。
 いつまでもムスッとした顔でいる、バラゴに……
「おれ達が出てってる間に、行っちまいやがってよ」
 ぶちぶちと小声で、
「挨拶も無しによ」
 眉間に皺を寄せたまま、
「荷物だけ持ってっちまってよ」
 外見に似合わぬ文句を、
「……まだ言ってる」
 そうロンタルナに言わせるほど、言い続けている。
 黙って行かれてしまったことが、何一つ、言葉を掛けられなかったことが…… 
 言葉を交わせなかったことが、悔やまれるし、悔しいのだろう。
「…………」
 だが、流石に少し言い過ぎたと思ったのか、バラゴは不意に、口を噤んだ。

「けどよ…………」
 少し黙った後、堪え切れぬと言うように口を開き、
「【天上鬼】と【目覚め】なんて、とんでもねぇ『化物』だと思ってたのに……」
 胸に押し込んだ『秘密』を……
 今、この場に居る者にしか聞かせられぬ言葉を、未だ信じられぬと言う思いと共に、バラゴは吐き出していた。
「わたしも……」
 それは恐らく、誰もが思っていたことだろう。
「どう捉えていいのか、戸惑っている……」
 馬車の後ろに付いていた左大公も、馬上でそう、呟いていた。
「今はともかく、そのことは人前では、話さないようにしましょう」
 額に拳を宛がい、惑う左大公にアゴルはそう、声を掛ける。
「ああ、そうだな……誰が聞いているのか分からない」
 左大公もアゴルの言葉に同意し、頷き返す。
 皆、少なからずショックを受けていた。
 あの二人が……
 イザークとノリコが、【天上鬼】と【目覚め】であったことに。
 そして同時に慮ってもいた……二人の、これからを――

 ――そっとしておいてやりたい………

 左大公に笑みを向け、皆の戸惑いを感じながら、アゴルはそう思っていた。

 ――おれの疑っていた通りだった
 ――だがもう……

 ――追う気になれない

 リェンカへの報告など、既にする気など失せていた。
 あの二人を知れば知るほど、そのような気など起きない。
 計り知れない『力』を持ちながらも、その『力』を無闇に振るうことを厭い、人目を避けるように生きて来たのであろうイザークを想うと……
 どこにでもいる、普通の女の子にしか見えない、優しく明るい、そして前向きなノリコを見ていると……
 二人で居られる刻が、長く続くことを願わずにはいられない。
 たとえその穏やかな刻が、長続きしないものであったとしても……今は――そう思う。

 ――恐らく彼女は
 ――エイジュは知っていたのだろうな
 
 ――二人のことを……

 確かめることは出来ない。
 だが、そうとしか思えない。
 知っていて尚、彼女は二人を慈しむように見ていた。