彼方から 第三部 第九話 改め 最終話
ゼーナと視線を交わし、互いに頷き合うと、アゴルはガーヤとバラゴにその視線を向けた。
「あとの二つは何だ、アゴル」
「一つは、左大公を迎えに行く……もう一つは、この街を出るための、支度だ」
アゴルの言葉に、ガーヤの眼付きも鋭くなってゆく。
「確かに……元々、この街は出る予定だったけれど、こうなった今、長居は無用だね」
「ああ、出来れば、早い方がいい」
ガーヤに頷き返すと、
「ゼーナと一緒に、左大公を迎えに行ってくれるか? ガーヤ」
「分かったよ、そうしよう」
「バラゴはアニタとロッテニーナを連れて、街を出る仕度を頼む。何か必要なものがあれば、それも調達しておいてくれないか」
「よし、任せろ」
アゴルはそれぞれの眼を見ながら、次々と指示を出してゆく。
自然と、アゴルを中心に集まっていた面々。
「よし、用が済んだら、ここで一旦落ち合おう――みんな、気をつけてな」
互いに眼を見合わせ、互いの無事を祈るように頷き合う。
最後……アゴルの頷きを合図に、皆、其々の役割を果たす為に動き出した。
*************
天上鬼ダト?
天上鬼ダト キサマ
ソウカ……
最大ノ破壊力ヲ持ツトイウ化物ナドト
フザケタコトヲ 予言サレタ
アレカァァ!!
黙面の思念が、その水の体を伝わって、直接響いてくる。
奪われたノリコを取り戻す為、単身乗り込んだ占者の館。
そこに棲み、『黙面様』と崇められていた、悪霊の塊り。
館と共に破壊したと、イザークはそう思っていた。
だが、その身を半分に減らされながらも黙面は生き延び、同じく、館の崩壊から脱出した占者タザシーナの『協力』に因って、この場に潜んでいた。
イザークへの恨みを晴らす為に……自身の力を誇示する為に――
タザシーナの『策』は的中した。
黙面は彼の男を――イザークを見事、その身で捕らえていた。
己の正体が気付かれたと分かれば、必ず『あの男』は追ってくる。
だから、待っていれば良いと……
自らの懐に飛び込んでくるその時を待ち、封じ込めてしまえば良い。
物理攻撃の効かぬその身に。
衝撃波や『気』での攻撃すらも、吸収し受け留め、逃してしまえる、その身に……
***
周りの景色が歪んで見える。
水の中では思うように体を支えることが出来ない。
泳いで抜け出そうにも、黙面が自在に操る『体』の中では、敵う道理は無きに等しい。
どこにどう、移動しようとも、必ずその身の中心へと誘われてしまう。
何百年ト
秘カニ生キテキタ
『我ラ』ヲ 差シ置イテ
キサマゴトキ 若輩ガ
コザカシイ!
黙面の苛立った思念が、全身に纏わり付いてくる。
それにも増して厄介なのは、この、水……
――水が……
――凄い圧力で絡みついてくる
藻掻けど、掴みどころのない水では、排除することすら出来ない。
その『藻掻き』すら、凄まじい圧力によって妨げられてゆく。
「イザークッ!!」
ノリコが駆け寄ってくる姿が、視界に入る。
その身の危険も顧みず、一心に名を呼んで……
―― 来るなっ! ――
通信でそう伝える為、念じようとしたその時だった……
占者タザシーナの姿が、ノリコの背後に『飛んで』現れたのは――
「あなたは、わたしと来るのよ」
彼女の肩に手を掛け、タザシーナは不敵な笑みと共にそう囁くと、すかさず、振り向くノリコを背中から抱え込んだ。
「――あ」
有無を言わさず、抵抗すら出来ぬうちに、タザシーナは現れた時と同じく、今度はノリコと共に『飛び去って』いた。
――ノリコッ!!
またも奪い去られた……眼の前で!
動揺し、焦りから、黙面への警戒が疎かになる。
『気』が……乱れる。
――う!?
黙面の圧力が、増した……
イザークの『気』の乱れ、その隙を狙って、黙面は即座に攻撃を仕掛けてきた。
一気に、無理矢理に、イザークの口へと、その『身』を捻じ込ませてくる。
先ホドハ
我モ油断シテ不覚ヲトッタ
ダガ 今度ハ本気ダ
コノ攻撃ヲ ドウ受ケル
水塊を放つのでもなければ、渦を巻き、体を貫こうとするのでもない……
その、変幻自在の身体を存分に活かした攻撃を、仕掛けてくる。
キサマノ体内ニ 入リコミ
内側ヨリ 破壊シテヤル
体の外側への攻撃は、一切効かないと知れている。
同じ轍は踏まない……
これも恐らく、タザシーナの入れ知恵であろう。
天上鬼ヲ 倒シタトナレバ
我ガ名モ 魔界デ上ガロウナ
思念が、愉悦に満ちているのが分かる。
恨みの募る【天上鬼】を自身の体内に取り込み、その自由を奪っただけではなく、命さえも……己の裁量一つ――
破壊の効かぬこの体に、封じ込めた時点で結果は決まっている。
如何に『最大の破壊力』をもつと予言されている【天上鬼】とは言え、この身を破壊し尽くすことなど出来はすまい……
館での戦闘が、その証。
黙面は、己の『勝ち』を確信していた。
**********
スライド写真を見せられているかのように、辺りの景色が何度も、瞬時に、移り変わってゆく。
彼の……イザークの気配が、どんどん、遠去ってゆく。
――大変だっ!
――これ、テレポーテーションだ!!
変わる景色の様子から、一回に『飛んでいる』距離は、さほどではないと分かる。
だが、これを何度も――本当に何度も繰り返されたら……
――このままじゃ、連れて行かれるっ!!
見知らぬ場所へ、一人では、到底戻れぬ場所へと、連れて行かれてしまうかもしれない。
そんな恐怖と不安が、頭を擡げてくる。
ノリコは、背後からガッチリと抱え込んでいるタザシーナを、首を曲げ、無理に見上げた。
見覚えのある小動物の姿が、視界の端に映る。
――この動物……
――いつかの盗賊の……
彼女の肩に乗る、眼付きの鋭い小さな生き物。
それは確かに、以前イザークと戦った、あの盗賊の男の肩に乗っていた動物と、同じ……
あの男も、今のタザシーナと同じように、何度も何度も短いテレポーテーションを繰り返していた。
――もしかして、この動物が……?
それは、直感だった。
テレポーテーションをする二人の人間、盗賊の男とタザシーナ。
この二人に共通するのは、肩に小さな動物を乗せているということ。
ただの偶然かも知れないが、今はそんなことを、深く考慮している場合ではない。
ノリコは自分の直感を信じ、タザシーナの肩に乗る小さな生き物に手を伸ばすと、思い切り掴んでいた。
「――あ!」
キィッ!!
タザシーナの驚きの声……
そして、小動物の短い鳴き声と共に、テレポーテーションが止まる。
「きゃっ!」
出現ポイントがずれ、二人は地面に投げ出される形で現れていた。
作品名:彼方から 第三部 第九話 改め 最終話 作家名:自分らしく