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自分らしく
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彼方から 第三部 第九話 改め 最終話

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 焦って藻掻いたところで、この、形を持たない水の体の中では、どうにもならない。
 却って隙を衝かれて、余計に黙面の攻撃を受けるだけだ。
 ならば、どうするか……

 恐らく『気』を放っても、黙面が言っていた通り、全て吸収され、体の外へと放出されてしまうのだろう。
 薄っすらとだが、館の中で、黙面に放った『遠当て』が効いていなかったのを覚えている。 
 勿論排除することなど、到底無理な話だ。
 水を掴むことなど、出来はしない。
 
 ――水、か……
 
 衝撃や破壊といった攻撃には、『無敵』とも言える黙面の水の体……
 ならば、『違う方法』で攻撃すれば良い。 
 
 イザークは己の体内に眠る『力』に、【天上鬼】の力に意識を集中させた。

 瞳の形が、変わってゆく……
 彼の体の周りから小さな気泡が、現れ始める。

    ム?

 ゴボゴボと、自らの意思とは無関係に現れ始めた小さな気泡を、黙面は怪しみ、訝しんだ……
 己の意の動きに因って出現する『気泡』とは、明らかに違う。
 『その』気泡は、捕らえ、動きを封じたはずの【天上鬼】から……
 体内への攻撃を止めるので精一杯のはずの【天上鬼】の男の周りから、出ているのだと気付く。
 形を持たぬ……破壊の攻撃の効かぬこの体に、【天上鬼】が『何か』をしているのだと、漸く気付いた。

     キ……サマ
       何ヲシタ?

 細かく、小さな気泡が、止め処なく現れる。
 己の身にも拘らず、起きている異変を止めることが出来ない。
 確かに攻撃をされている――成す術も無く、耐えているだけと思っていた男が、反撃をしている。
 『気』の放出に因って吹き飛ばすのでもなければ、破壊するのでもない……

     熱イ……
      熱イ……!

    体ガ――――煮立ツ!!

 『加熱』――イザークの、『火』の能力に因る急激な加熱による攻撃。
 【天上鬼】の力で威力を上げた『火』の力は、黙面の水の体を一気に沸騰させ、身が煮え滾り、消失してゆく恐怖を与えていた。

     ***

「う!」
 コナの林の中、ノリコを追っていたタザシーナが、不意にその動きを止めた。
「黙面……」
 振り返り、今まで表面だけとはいえ、崇め奉っていた相手を躊躇いも無く呼び捨てにし、眉を顰めてゆく。
「ちっ……もう少し、時間稼ぎが出来ると思ったのに――」
 占者の能力が教えてくれる……黙面とイザークの戦闘の気配を――
 自身の推測が、当たっていたことを……
 倒される……そう踏んでいたのだろう。
 舌打ちしながら呟いたタザシーナの台詞からは、黙面など、端から【天上鬼】の相手になどならないと思っていたことが伺える。
 美しい顔が苛立ちで歪み、蟀谷の辺りから一筋の汗が流れ落ちてゆく。
 ノリコを追っている場合ではない……下手をすれば、この身が危ない。
 タザシーナは、イザークと黙面の戦闘の行方を占(み)始めていた。

     ***
 
   ヤメロ――ヤメロ!!

      蒸発シテ

    消エテシマウ!!
 
 煮え立つ身に苦しみ、消失してゆく恐怖が、黙面の思念から伝わってくる。
 激しく水蒸気を噴き上げ、刻々と減ってゆく我が身をどうすることも出来ない。
 身の内に捕らえた【天上鬼】の『気』が、更に膨れ上がるのが分かる。
 火力を更に上げようとしているのが……
 だが、煮立ち続ける我が身を、制御することが出来ない。
 『意思』を保つことも、【天上鬼】の攻撃を止めることも、最早……敵わない。

 イザークは集約した『火の能力』の威力を更に上げ、煮滾る黙面の体を一気に、水蒸気と化していた。


    ギャアァアアァ――……

 
 黙面の断末魔が響く。
 水蒸気と化し、体積の膨れ上がった体は、まるで爆発でもしたかのように勢いよく空へ立ち昇り、大気と共に風に流れ、消失していった……

 霞み、消えてゆく黙面の思念と気配を感じ取りながら、イザークはノリコの気を追った。
 タザシーナに連れ去られ、離れてしまったノリコの気配を手繰りながら。

     ***
 
 ――来る!!

 飛ぶように地を蹴り、駆けて来るイザークの姿が、タザシーナの脳裏に浮かぶ。

 ――あいつが来る!!!

 気配を辿ることなど容易いのだろう。
 迷うことなく、こちらに向かって駆けて来る。
 ……凄まじい速さで……
 タザシーナは、共にノリコを追っていたドロスの手を取ると、コナの林を抜け開けた場所へと逃げ込んでいた。

「何だよタザシーナ、そんな男、おらがやっつけてやる」
 コナの林を抜け出る最中、焦り、慌てた様に手を引く彼女に理由を聞き、ドロスがタザシーナを留めながらそう切り出していた。
「あんたの歯が立つ相手なもんですか!」
 表情を引き攣らせ、タザシーナはドロスの言葉を切り捨てた。
 こうしている間にも、【天上鬼】の『気』が……
 イザークの『気』が、もう直ぐそこにまで迫って来ている。
「早くっ!」
 占ることの出来ないドロスと自分とでは、その反応にかなりの温度差がある。
 今、ここに迫って来ている男がどれほど危険な相手なのか、ドロスに分からせている暇などない。
「あんたの親チモとわたしのチモをシンクロさせるのよっ!!」
 押し切り、言うことを聞かせるしか、ない。
 林の間を擦り抜け、走り寄る足音が聞こえて来る。
「あいつが追って来れないくらい、一気に、遠距離へ――!!」
 彼の者の影が、視界に入る。
 瞬く間に、距離を詰めてくる。
「飛ぶわよっ!!」
 タザシーナはドロスに有無を言わせる間もなく、『飛んだ』。
 走り、詰め寄る、【天上鬼】の目前で……
 その手が届くかという――その寸前で……
 二人の身は、忽然と姿を消していた。

 ――仕方ない……
 ――娘は諦めるわ
 ――情報を持ち帰るだけでも上出来よ

 ――リェンカの
 ――ラチェフ様の元へ……

 チモに因るテレポーテーションの空間の中――
 タザシーナはラチェフの姿を、思い浮かべていた。
 薄く微笑む、その、端正な面立ちを……

     *************
 
 コナの林に、静けさが戻る。
 木々の隙間を風が、優しく吹き抜けてゆく。
 消えた二人……
 それが、いつかの盗賊の頭が使っていた、『飛び業』に因るものだということは直ぐに分かった。
 一つ違うのは、どこにも気配を感じられなくなった……ということ。
 盗賊の頭は短い距離を何度も、『飛び業』で移動し、逃げた。
 今回の二人は違う。
 たった一度の『飛び業』で、直ぐには感知出来ぬほど遠くへと逃げ去った……
 少し、弾む息を整えながら、暫し二人の気配を探ってみる。
 完全に、自分が感知出来る範囲の外に、二人は逃げ去ってしまったようだ。
 イザークは二人を索敵するのを止め、改めて辺りの気配を探った。
「ノリコ……」
 コナの林の奥に、気配がする。
「そこにいるのか?」
 だが、返事は返って来ない。
 気配がする位置は、そんなに離れてはいないはずなのに……
 声も、聞こえているはずなのに……