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その両手をポケットにしまいたい。

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「ひなちま、もしかして呑んでる?」
「うーん。呑んでるよ」
「八階で一緒に呑みませんか?」夕は恐る恐るで誘ってみる。「せっかくリリィにいるって事で……、どうかな」
「いいよ」日奈ははにかんで、答えた。「どうする?今からぁ?」
「いいね」夕は湧き上がってきた笑みを浮かべる。「今から、支度が出来たら、八階のBARノギーで待ってるよ」
「うん。わかった」
「ゆっくりでいいからね」
「はーい」
「じゃあ、後でね」
「はーい。じゃあねー」
 ディスプレイがブルー画面に切り替わった事を確認してから、風秋夕は小さくガッツポーズをとった。
 洗面所で歯磨きをし直してから、髪形をセットする。マスクをしてから、スーツのジャケットを羽織り、香水を少しだけふって、玄関で靴を履いた。
 地下二階フロアにある個人部屋を移動して、中央フロアの星形に並ぶ五台のエレベーターの前まで来た時、南側のエレベーターから中田花奈(なかだかな)がこちらへと向かっている姿を発見した。服装はブラウンとオレンジのカラーがチャーミングな、フレッドペリーのシャツワンピースだった。
「かなりん」夕は笑顔で、おそらく仕事終わりであろう友人を迎える。「お疲れ様。今からご飯かな?」
「うん、今から」花奈は珍しそうに、眼をくりりと輝かせた。「あれ、一人?」
「六階のエクササイズ・ルームに、たぶんまあやちゃんとイナッチがいる。俺とひなちまはこれから八階のBARノギーで呑むんだけど、良かったらぜひご一緒しませんか?」
「あー。どうしよ、かなー……」花奈は苦笑いを浮かべて言う。「お邪魔じゃない?」
「ありえない」夕は満面の笑みで答える。「みんなで食べるご飯が美味しいよ。ね、一緒に行こう、かなりん」
「う、ん……。わかった」
 中田花奈と風秋夕はソーシャル・ディスタンスを保ちながら、二人でエレベーターに乗り込んだ。行先は地下八階の<BARノギー>である。
 エレベーターを降りて、北側にある巨大な二つの扉のうち、左側の扉へと二人は進んだ。案内プレートには、<BARノギー>一号店、<BARザカー>一号店、<BAR46>一号店と記されていた。
 通路に出て、左側の壁面に<BARノギー>という大きな看板が出ていた。
 <BARノギー>の店内は薄暗く、柿色の灯りで満ちている。所々の壁には九十年代風の洋風居酒屋らしい飾りつけがなされており、店内には英語の曲が流れていた。
「ここにしようか」
 二人はBAR・カウンターに座った。バーテンダーはいないが、代わりに所々に<レストラン・エレベーター>が設置してあった。
「かなりん、今日も一日、お疲れ様」夕はおしぼりを差し出しながら、花奈に言った。花奈はおしぼりに驚いている。「これね、カウンターの引き出しに常時入ってるの。自動的に入れ替わるから、毎日ね」
「ううわ、超からくりじゃん、知らなかったぁ」花奈はおしぼりで手をふきながら、夕を見つめる。「夕君、今日学校は?」
「午前中出たよ」夕はにこやかに答えながら、さりげなくメニュー表を花奈のスペースへと移動させた。「大学の後は、会社に出勤したし」
「大学生なのに働いてるの、て……、何でなの?」花奈は驚いたその眼とは裏腹に、口元をにやけさせて言う。「お金?が欲しいの?」
「社会勉強だよ」夕はそう言って、メニュー表を開いた。「父親より、大きい人間になる為、かな……。いきなり会社を継ぐ、てわけにもいかないからね。まあ、実践形式なら、早い方がいいってさ、社長がね」
「社長って、お父さん?」花奈はまたその顔を驚かせてきく。
「イナッチの父親だね」夕は答える。「まあ、俺の父親も、共同経営者だから、同じようなもんだけど。俺を会社に誘ったのはイナッチの親だよ」
「へー」花奈はようやく、メニュー表に視線を落とした。「なーに、飲もうっかなぁ……」
「ああ、この曲……」
「え?」
 風秋夕は瞼を瞑って、天井を指差してみせた。中田花奈は店内に流れるピアノの演奏に耳を傾ける。
 流れている曲は、ブレシッド・ユニオン・オブ・ソウルズの『アイ・ビリーブ』だった。
「とある黒人がさ、白人のリサと恋に落ちるんだ……。だけど、どんなに愛し合っても、受け入れてもらえない。それは、彼が黒人だから。愛を答えだと信じても信じても、報われないんだ……、ただ、黒人だというだけで……。そういう歌なんだ」
「綺麗な曲……」花奈は宙に視線を放ち、呟くように言った。「名曲じゃん……」
「この曲一発で終わっちゃった人達だけどね。この曲は特別だ」
「じゃあ、アサヒスーパードライで」花奈はメニュー表をカウンターに置く。「夕君は?何呑むの?」
「その前に、ご飯まだだよね?」夕は少しだけ表情を驚かせて言った。「頼んじゃいなよ。お腹空いてるはずだよ……」
「あー……」花奈はまた、メニュー表を開く。「この曲……、イナッチ好きだよね?」
「うん。ボーイズ・ツー・メンの『ネバー』」
 店内にスローテンポのバラードが流れている。ボーイズ・ツー・メンの『ネバー』だった。
「二番のサビが終わった後がいいんだ」
「ふーん……」
 しばし曲に聴き入っている中田花奈をそっとして、風秋夕はファースト・ドリンクを電脳執事に注文した。
 その時、風秋夕の肩に、誰かの小さな手が乗った。
 振り返ってみると、笑顔を装備した樋口日奈がいた。着用しているそのピンクの妖精のようなトップスは、ジェラートピケのルームウェアブランドだった。
「かなりーん、やっほー」日奈は機嫌良くはにかんで花奈に言った。
「ちまー」花奈は一つ、席を空けながら、日奈に大きく眼を見開いて言う。「そんな恰好で出歩いちゃダメだよー」
「だめぇ?」日奈は微笑んで、カウンターの席に座る。
 左から風秋夕、樋口日奈、中田花奈と座っていた。円角にカーブしているカウンターの為、それぞれの顔がそのままの姿勢でも窺える。無論、カウンター席のそれぞれのスペースには間隔を遮るアクリル・パネルが備え付けられていた。
「さあ、ひなちま。好きなのを選んで」夕はメニュー表を日奈の前に移動させた。「かなりんは夕食だね」
「うーん、何にしよう、かなー……」日奈はメニュー表に眼を細める。
「きつねうどんにしよ……」花奈は夕に言う。「きつねうどん、とぉ……、チョコパフェ。あいいや、チョコパフェは後でいいや」
「OK」
「この、リリィ・アースってどんなお酒?」
「それはもう、知らないうちに酔いすぎてしまうような、レディキラーだよ」夕はにこやかに日奈に説明した。「ほんのりと甘い、飲みやすい感じかな……」
「じゃあ、それにするね」
 ちょうど、電脳執事の報告と同じにして、二人のファースト・ドリンクが届いた。
「三分でくるだろうから、乾杯はその後で」夕が二人に言った。
「お」日奈は店内の宙を見上げる。
「あ」と花奈も反応をみせる。
 店内に流れたその曲は、乃木坂46の『やさしさとは』だった。
「こうして聴くと、案外負けてないよね」花奈ははにかんで二人に言った。
「いい曲」日奈は眼を瞑る。
「名曲けっこう多いんだよなぁ……」夕は花奈に微笑んで言った。