その両手をポケットにしまいたい。
少女のもとに届いた白石麻衣人形を片手に持った白石麻衣が、『オフショアガール』を歌い始める。
舞台に登場した、先程の少女へと、白石麻衣は、優しくその人形を手渡した。
『みんなー盛り上がって行くよーー』
『配信をご覧の皆さーん盛り上がってますかー?』
「おーう盛り上がってるぜ~!」磯野は歓喜の声を荒げた。
「あったまってるよ! まいやーん!」夕も声を荒げる。
「さあ、行こうか!」稲見も似合わず大きな声を上げた。
「これが最後っこれが最後なんて本当でござるか~!」あたるは弱音を吐く。
「ダーリン! まいやんに声を届けて下さい! まいやんさ~ん!上がってまーす!」駅前は震える声を張り上げた。
『今日は最後まで幸せな時間にしましょーねー』
楽曲が、『おいでシャンプー』に変わる。乃木坂46のバックスクリーンに無限の星が広がり続ける。曲内に松村沙友理が楽しいMCを務め、楽曲が『制服のマネキン』に変わると、瞬時にステージの雰囲気がシリアスなものに変化をみせた――。
小生は、まいやんと出逢えた事、感謝してるでござる。小生のようなキモヲタが、誠実な気持ちで、あなたを大好きだと言えるでござるよ。
まいやん、ありがとうでござる。しょうせ、いや……、僕は、君達に出逢ったから、学校も夜間学校を卒業できたし、就職もできました。朝も昼も夜も、寝たままでアニメを見漁って、実家に居座り、ろくに家賃も食費も入れずに、墜ちるところまで墜ちていたんだ。人の家よりも貧しかったうちに、ちゃんとお金を入れて、感謝の言葉を伝えられたのは、まいやん達が教えてくれた誠実な心のおかげです。
まいやん、君が大好きです。本当に本当に、今日まで、ありがどう……。
「ばいやーん! 愛じでるー! いっ、いっ、いつまでもっ!」
姫野あたるは、般若のように強張った顔面を、涙で溢れさせながら、笑った。
衣装を脱ぎ去って、ワインレッドの衣装に様変わりした白石麻衣達は『孤独なラバー』を歌い始める。
まいやんよぉ、ダメだぜ、こんなに好きにさせちゃあよ……。
俺ぁ不器用だけど、はっきり胸張って言えるぜ、まいやん、ありがとう、てな。
衝動が止めらんねえんだ。好きの衝動だ。あとな、止めらんねえのがもう一つあんだよ、まいやん。それは、涙だ……。
かっこ悪いだろ? 笑ってもいいんだぜ? こんな時に、泣かねえ奴は、乃木ヲタじゃねえからな。俺は胸張って泣く。
覚えとけよまいやん。一生好きだぜ……。
「まいやんまいやんまいやーーん! まーーいやーーーん!」
磯野波平は鼻水をすすって、顔をもう一度そちら側へと持ち上げて、叫び続ける。
『皆さん今晩はーせーのっ、乃木坂46でーす!』
『さあ始まりました白石麻衣卒業コンサートー‼』秋元真夏があおる。
乃木坂46達の想いでのトークが終わり、始まる『ぐるぐるカーテン』。
着替えを済ました一期生達が、始まりでもある楽曲を踊り、歌う――。
俺は人によく無関心だねと言われる事があった。それはそうだろう。本当に関心が無いというか、あまり執着をしないできたからね。中学生の頃、乃木坂46を知って、自然と執着するようになった。なぜかはわからない。
ただわかっている事はある。好きという感情だけがはっきりと心に映し出されている。
俺はまいやんを好きじゃなくなる事は、おそらく生涯をかけてないだろう。だから、今こそ君に届ける。届かないとしても届けたい。この声援を……。
「まいやーん! 大好きだよ、まいやん……。まいやーん!」
稲見瓶は、泣き濡れた眼鏡を耳に掛けなおし、また、大きく叫ぶ。
美しいメロディと共に楽曲が『失いたくないから』に変わる――。
まいやん、私はあなたが乃木坂になった時からのファンです。
ずっと、あなたの味方です。
ずっと、あなたの理解者です。
ずっと、あなたの事を追いかけていきます。
ずっと、あなたを好きでいます。
例えあなたが、この世界から消えてしまっても、私の心はあなたと共にあるでしょう。
まいやん。まいやん。まいやん。
おめでとう……。
「はぁ、うっ……うぅ、まいやーん! まーいやーーん!」
泣き崩れた駅前木葉は、しゃがみ込み、声を殺して、子供のように大泣きする。
生田絵梨花が言う。『まいやん、まいやん……』
『ついに、みんなで、この、まいやんを見届けなければならない日が、来てしまいました』
『んーなんかやっぱ九年間ずっと一緒にいたからぁすっごい、さみしいなって』
『思うんだけど。でも、私達は、すごくこう、行かないでとは言えなくって』
『すごいこう、やっと、まいやんを、見送れるんだっていう、嬉しさが、今はすごく』
『あるかな……』
『ありがと』
『やーまいやんはぁ、ほんっとに、何だろう……なんか、っさみしいよねっ』
『めっちゃさみしいよね、さみしいね』
松村沙友理も、耐え切れずに瞼に涙を浮かべている。
それを、生田絵梨花が指先で拭う。
『んーなんかぁ、なんだろうなぁ、でも、まいやんがぁ、っは最初はぁ、けっこうこう』
『緊張するお姉さんって思ってたところもあったんだけど、でも今やみんな、なんか助け合う、逆にその、笑ってくれる事がすっごい支えになったしぃ、』
『この一期生で、九年間ここまで来れて良かったなあって、改めて、思ってます……』
『ありがとう』
『こちらこそ』
『まいやんがぁ、ほんとにファンの方に直接おくって欲しかったっていう気持ちがあったと思うんだけど、あたし達がその分、最後までまいやんが楽しめるように、支えるから。今日は坂を最後まで駆け登って下さい。ついていきます』
『今までも、これからもずっと、まいやん大好きです』
『ありがとう』
笑顔に涙する白石麻衣……。生田絵梨花と顔を寄せ合うその姿は、とても美しいものだった。
俺が生きるのをやめようと思ったのは、雛から愛して育てた愛鳥のフクロウが死んだから。一緒に土にかえれば、寂しくないかなと思って……。フクロウは、きっと望んでないだろうな、とは思っていた。けど、あまりにも受け入れられない最愛の死だった。
俺が生きようと思ったのは、まいやん。君達が無邪気に笑ったからだ。気付かされた、精一杯を生きたフクロウは、たぶん幸せに包まれていたのだろうと。
フクロウを無くした俺は、気付けば本気で君達を好きになっていた。
抱えきれない『ありがとう』があるよ、まいやん……。
俺が生きると誓ったのは、フクロウと、君達。乃木坂にだ。
時代がどう変わろうが、俺は見てる。白石麻衣を。乃木坂46を――。
卒業、おめでとう。まいやん……。
出来る事なら、幾多のマイクを握ってきたその両手を、ポケットにしまいたい。そして、永遠に時を止めてしまいたいよ、まいやん……。
「まいやん! まいやん! まーーいやーーーーん!」
白石麻衣をまっすぐに見つめる風秋夕の頬に、すっと、一筋の涙が落ちた。
何曲目になるだろうか、時は刹那の如く過ぎ去り、乃木坂46達は『ガールズルール』を歌い踊り始める――。
曲が終わると、秋元真夏を中心MCとして、白石麻衣とのトークが行われる。
作品名:その両手をポケットにしまいたい。 作家名:タンポポ