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その両手をポケットにしまいたい。

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 本日はありがとうございました――と。一人、また一人と、舞台から消えていく乃木坂46。
 まだ消えぬ画面を見つめ続ける風秋夕。その頬には、うっすらとした笑みが浮かべられていた。
 やがて、純白の衣装でステージに戻った白石麻衣が、持ち曲の『じゃあね』を歌う――。
 姫野あたるは、噛り付くように眼を見開き、画面の主役を瞼に焼き付ける。
 白石麻衣の衣装は、七色に光始める……。
 やがて、純白に落ち着いたドレス。
 そしてまた、白石麻衣と共に、純白だったドレスが、七色にかわりがわり光を放ち始め、歌唱を終えると、白石麻衣は、眼を瞑り、そして眼を開き、笑顔になった。
 メンバーを代表して、松村沙友理が、白石麻衣への手書きの手紙を読み始める……。
 
『まいやん。卒業、おめでとうございます。伝えたい事が、沢山あるんだけど、せっかく思いを伝える時間を貰ったので、厚かましくも、私達二人の事を、書かせてもらおうと思います』

 笑みを浮かべる白石麻衣。

『まいやんは、私との思い出の中で、一っ番印象深い事は何ですか?』

『まいやんの卒業が決まって、色んな所で、まいやんとの思い出を話してきました。沖縄や、ハワイに行った事。ミュージックビデオでのハプニング。音楽番組での姿。まいやんとの思い出は、数えきれない程あるけど、私の中の、一番の思い出は、事務所の会議室で、二人っきりで、内緒話をした事です。覚えてるかな~?』

『乃木坂46が結成されて、まだまだ必死に毎日を過ごしていた、七年か、八年前くらいだと思います。リハーサルが終わって、皆が帰っていく中、二人で会議室のピアノの下に隠れるように座って話をしました』

『その頃の私は、も一生ここで生きていくと思っていた大阪から上京して、根暗で、自分から話しかけたりもできない性格のせいで、東京に友達もいないし、まだ、メンバーとも壁を感じてしまっていました』

『だからこそなのか、どういう流れでそうなったのか忘れちゃったけどぉ、話の内容は、お互いの家族の事だったり、他の人からしたら、なんてことない話だったんだろうけど、隠れて、こそこそと話をするのが、まるで二人だけの、内緒話をするかのように私には、特別のものに感じられました』

スペシャルサンクス・乃木坂46合同会社

『女の子は、秘密を共有して仲良くなるというけど、あの時の私には確かにその感覚があったし、私はその時、まいやんの心に触れた気がしました。私はそれが嬉しくて嬉しくて、この子を一生、大切にしようと思ったんです……』

『それからすぐの選抜発表で、ガールズルールのフロント三人に選ばれて、この三人は、運命で強く結ばれてる、て、強く思いました。これが私が、まいやんとの思い出の中でも、特に大切に大切にしまいながら、今日まで思い続けていた事です……』

スペシャルサンクス・秋元康先生

『寂しくて寂しくて、どうしたら、この寂しさがなくなってくれるのかがわかりません……。こんな事言われたら、気持ちよく卒業できないよぉって思わせたらごめんね。でも私は、どうしようもなく、不器用で、今までまいやんが、沢山愛を、愛を伝えてくれていたのに、上手に、受け取れてなかった気がしてなりません』

『あの時もっと、こうしたら良かった。もっとこうしたかったって、無い物ねだりはしたくないから、これからは遠慮しない関係になりたいです!』

『まいやん、本当に大好きだよー。乃木坂46の為に、沢山頑張ってくれてありがとう。沢山の人の想いを背負ってくれてありがとう。本当に本当に、お疲れ様でしたー。松村沙友里』

『ありがとうございます』

 白石麻衣は笑顔でそう言った。悲しみだけじゃない、涙を拭いながら。
 最後の曲と告げられた、『幸せの保護色』が流れ始める……。なんて美しい楽曲なのだろうと、姫野あたるは歯を食いしばり、涙を受け入れる……。

スペシャルサンクス・映画『あの頃、君を追いかけた。』
・ テレビ東京
・ノンストップ!
・白石麻衣 卒業コンサート

『オーディションの写真はダメだってー』

『懐かし、えー、嘘―。ほんとに、一番最初だー』

『このワンピース、私とお揃いだよね』

『お揃いだよね』

『懐かしいね』

『常に上り坂、恥ずかしいー』

『わー、滝に打たれた時ですー』

『あー、プリンシパルもやりましたねー』

『二千十三年、ガールズルールですね』

『あ、運動会もしましたねー』

『クリスマスもやりましたねー』

『わー凄い、懐かしいのがいっぱいだねー』

『西武ドーム走ったー、めっちゃ寒かったねー』

『あ、これ私の好きな、ミュージックビデオー』

『今、話したい誰かがいるの、ワンシーンのかな』

『あなたも?てとこかな』

『あ、田んぼ走ってるー』

『みんなで走ったよねー』

『走った走ったー、思い出したー』

『ねー、何回も何回もー田んぼの路走って』

『あーきっかけのなぁちゃんとの写真もありますねー』

『懐かしいねー、あーこの辺だと、最近だと思っちゃう、二千十七年』

『ちっちゃいの一つ一つをファンの皆が贈ってくれたんだよ』

『えーモザイクアート!』

『えー、嬉しいー、ありがとうございますー、私になってるー』

 『幸せの保護色』の歌を歌い終えた白石麻衣は、『乃木坂って、最高だな』と言い残し、乃木坂46を笑顔で卒業していった――。

脚本・執筆・原作 タンポポ

 冬の始まりを知らせる冷風が、きっと外には吹いているだろう。
 ふと、風秋夕は夏の終わりを思い出していた。
「物理的に記述された配列、つまり、文字に還元された文章なんかは、ランダム性はない。その関数を微分して得る関数のように綺麗な連続性に成り立ってる」稲見瓶はそう言いながら、ベンチに腰掛け、鉄アレイで上腕二頭筋を鍛えている。「ちょうど雑誌や、ドラマの台詞なんかで表現された乃木坂は、それらを表すのに、器用に丁寧に、乃木坂という概念を伝えてる。乃木坂を知るには、乃木坂を見つめればいい」
「それでもな、乃木坂を観察しようとすればするほど、観察者の介入により、必ず対象は変化してしまう」風秋夕はにやり、と口元を引き上げて微笑んだ。彼もベンチに腰掛け、鉄アレイで筋トレを嗜んでいる。「つまり、本当に自然体の乃木坂を見る事は、不可能に近い、て事だ」
 磯野波平はつまらなそうに聞いている。彼はソファ・スペースであぐらをかいていた。
「どう捉えるか、だね」稲見瓶は短く頷いた。
「そう。観測の届かない時間の中の乃木坂は、乃木坂というよりも、一人一人の固有名詞の人格が代表的に働いてる」風秋夕は、ふう、と息を整えて、鉄アレイを持ち替えてから稲見瓶と磯野波平に言う。「見えない時間と見える時間。乃木坂をどう評価するかが重要なんだ。乃木坂として活動してる時間こそ、つまり、観測者によって変化をもたらしている時間こそが、真の乃木坂の姿とも言える」
「乃木坂を休憩してる時のみんなも、気になるし、実際同じく好きなんだと思う」稲見瓶はそう言い切ってから、辛そうに鉄アレイを床に、静かに置いた。
風秋夕は汗を気にせずに言う。「乃木坂が先か、個人が先か、だよ」そう言って、風秋夕は悪戯に鼻を鳴らした。