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その両手をポケットにしまいたい。

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「前回は、琴子ちゃんと、さゆにゃんの卒業の時だったね」稲見が会話を引き継いだ。稲見は飛鳥に見とれそうになった自分に気づき、それを誤魔化す手段として、煙草が欲しい、と心で思った。しかし、そこは禁煙である。「まあ、ね……。うちの父さん達が、情熱的なモーヲタだった頃に、活用してた場所なんだ。俺も夕も、波平も、一度しか行ったことがないんだけど……。ダーリンだけは何度も……、何か変化があった時に、行くみたいで」
「悲しいときな」
「ごめん……」飛鳥は、込み上げてきた笑みを隠そうとしながら、二人に言う。「姫野氏って、何で……、ダーリンなの?ふ……姫野、あたる、でしょう?何っでダーリン?」
「あー……。あのさ、うる星やつら、て漫画知ってる?」夕は思考と表情を一新して、飛鳥に言う。「ラムちゃん、ていう鬼の子が、主役の漫画なんだけど」
「黄色と黒の、しましまのビキニの人」稲見が付け加えた。
「ああ、はい、はい」飛鳥は、頷いた。「知ってる」
「あのラムちゃんの彼氏が、諸星(もろぼし)あたる、ていう名前なのね?」夕はアクセントで眉を上げて、表情豊かに、飛鳥に説明する。「そのあたるが、ダーリン。て、ラムちゃんに呼ばれてるのね?つまり……、諸星あたる、姫野あたる。あたる繋がりで、ダーリンって、姫野はみんなから呼ばれてるわけ。由縁(ゆえん)はそこ……。波平も、磯野波平(いそのなみへい)だしね、本名が。うちには二人も漫画の世界と、名前がリンクしてる奴がいるわけだ」
「名前を語るなら、夕も由縁があるよね」稲見が言う。飛鳥は忙しそうに稲見に振り返った。稲見は、夕を一瞥してから、飛鳥に視線を移し、うん、と一つだけ頷いた。「風秋夕のゆうは、漢字違いで、夕のお父さんと同じ発音なんだ……。つまり、同じ名前。漢字が違うけどね。夕のお父さんの漢字は、遊ぶ、のゆう。夕は夕日のゆう」
「この名前、ほんっとうに苦労するよ……」夕はこちら側を振り返った飛鳥を、苦笑顔で歓迎した。「フアキユウ……。特に、外人さんに自己紹介する時?苦労する……」
「何で?」飛鳥は、不思議そうに小首を傾げた。「何で……。フアキユウ……、フアキ、ユウ……。フアキ……」
「早口で発音してみて」夕は、飛鳥に苦笑いで言った。
「ファキユー……」
 齋藤飛鳥は「あ、あーあ……」と言って、風秋夕に大きく頷いてみせた。
「これね」夕は、一瞬だけ、中指を立ててみせた。その方向には稲見がいたが、意図したものではない。「父親がさんざん苦労した名前を、母親が俺に付けやがって……。父親にぞっこんだったらしいからな、うちの母上は。風秋になる前は、月野だったからさ。苦労してなかったんだけど……」
「え、お母さん、再婚なの?」飛鳥は夕に驚いた顔で言った。
 稲見瓶は電脳執事のイーサンに、ビールを四つ頼んでいた。ちょうど齋藤飛鳥の背後にあたる、エントランスの中央に設置された五台のエレベーターの一つから、人影が出てくるところだった。風秋夕と稲見瓶の角度からはそれが見える。
 風秋夕は、接近してくる大声の男には一瞥もせずに、熱心に齋藤飛鳥に説明している。
「初婚なんだけど……。あのう、最初?うちの父親はさ、俺が母親の腹に宿ったってことを、知らないでいたんだよね」
「あぁ~すかちゃーん!メシ食ったあ?」
齋藤飛鳥は、その大声に反応するようにして、後ろ側に振り返り、小さく体を横に背けるようにして、現れた友人に挨拶をした。
「おお、波平っち。食べた食べた」
「おっす!」
 東側のソファ・スペースに横柄(おうへい)な態度で座ったこの男は、磯野波平(いそのなみへい)であった。風秋夕と稲見瓶の親友であり、齋藤飛鳥を崇拝する乃木坂46ファン同盟の一員でもある。彼もまた、はるやまのスーツ姿であった。
「未婚のまま俺を生んで、育てたわけ……」夕は、飛鳥を見つめたままで、淡々と続ける。飛鳥はまた、夕に視線をよこした。「でえ、俺が十七の時に、父親が俺の存在に気付いて、母親と二千十八年、俺が十九になった十二月に、改めて籍を入れたと……」
 齋藤飛鳥は、感慨深く、数度、頷きを漏らしていた。
「何の話よ?」磯野が首を突っ込む。「ファックユーの歴史?」
 風秋夕は片目を瞑(つぶ)って、磯野波平を睨みつける。磯野波平は鼻をほじっていた。
「俺の父さんも、二千十四年に、初めて俺の母さんに子供がいることを知ったんだ」稲見は、夕と磯野を無視して、飛鳥に喋りかける。「俺が十五の誕生日にね、稲見恵(いなみけい)は、俺の父さんになった。それまでは、俺も母さんも、西宮を名乗ってたよ。夕のお父さんも、俺の父さんも、波平のお父さんもね、ある冬に秋田県にある、今ダーリンが行ってる場所で、合コン旅行をしたんだ。二十歳ぐらいの年なのかな。その冬の旅行で出来た子供が、俺達、三人なんだよ。波平だけ、夏生まれの未熟児だったけどね。俺と夕は、見事に十二月生まれ」
「こいつの父親なんて、磯野かつおだぜ?名前」夕は嬉しそうに笑んで、飛鳥にそう教えると、最高に馬鹿にした態度で磯野を一瞥した。中指が立てられている。「んで息子が、波平……。ん逆だろうがい!普通は!」
「馬鹿にしてんのかそれえ!てんめえ!」磯野は憤怒して夕を指差す。「オカンがくれたスペッシャルな名前だろうがあ!素敵だろうがあ!立派なネーミングセンスだろうがあ!」
 齋藤飛鳥は呆れて笑っている。
「こいつの父親も、俺の父親と同時期に、子供の存在に気付いたんだよ」夕は紳士的な笑みに補整して、飛鳥に言った。磯野の小言は無視している。「十九の誕生日に、波平の親になったわけだ。磯野かつおが……。いや意味わかんねっ。逆でしょうよ!かつおの息子が、波平って!逆逆!」
 風秋夕はしばし大笑いする。何だかんだと吠える磯野波平に対しては、中指を立てていた。
 電脳執事の『お待たせ致しました』という丁寧な声に合わせるようにして、<レストラン・エレベーター>に、トレーに載ったビールジョッキが四つ程届いた。
 約束された仕草のように、稲見瓶がソファを立ち上がり、ビールジョッキを四人に分配した。キャスタの付いたキャビネットは、このような時に使用する物だった。
「ダーリンは?」飛鳥はそう尋ねてから、話題の脱線に気が付いて、気持ちと話題と表情を修正しようとする。「違う違う……。ダーリンが……、どっか行っちゃったんでしょう?あれ……、秋田だっけ?」
「そうだね。さすが、回転が違う」稲見が、振り向いた飛鳥に頷いた。一方、夕と磯野は無益な言い争いを続けている。「携帯にも出ないし、センターの電話にも出ない。ラインも既読は付くんだけどね、反応がない……。たぶんね、今回の卒業に対して、どう受け止めるかを、考えてるんだと思う。まいやんの卒業発表から、かなりんまで、卒業発表が続いたからね。正直、俺もきついけど、ダーリンは初恋が乃木坂だから、だいぶ辛いだろうね。失恋みたいに」
「ふうん……。でさあ」飛鳥は、稲見にきょとん、とした表情で言う。「秋田に行っちゃうと、何か困るの?」