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その両手をポケットにしまいたい。

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「ブーム?」七瀬は不思議そうに反芻(はんすう)する。「ブーム、かー」
「なにブームって、あ、ブーム、あのはやり?みたいなやつか」一実が言った。
「はい。雑誌だったり、ドラマが始まったり、映画が始まったり、バラエティが始まったり、ラジオが始まったり、その時に対しているメディアに出演している人には、一時期拍車をかけて夢中にはなりますね」
「最初から、そうなの?あの、特定の人はいなかったの?」七瀬が華奢(きゃしゃ)な声で駅前にきいた。
「私は最初から箱推しでしたね」駅前は美しく微笑んだ。「今でも心にあるのは、お二人が光合成希望で、なぁちゃんさんがかずみんさんにサプライズ登場した、あの快感です。鳥肌は一年経っても消えませんでした。ほんとありがとうございます」
「あーあれねえー、ほんと驚いた、あれなぁちゃんの声するな、て、一瞬考えちゃったもんね、あー懐かしいなー」一実は可愛らしく思い出し笑いをする。
「本番までめっちゃ緊張してた」七瀬が綺麗な笑みを浮かべて言った。「ライブやし、失敗したらどうしよー、て。でもうまくいって良かった」
「ほんとねー、良かったよー、さすがなぁちゃん」一実は忙しそうに、つばを飲み込んで言う。「リハも別でやってたんだよね」
「別」七瀬は頷いた。
「そういえばかずみんさん、昔、なぁちゃんさんのひとりよがりが好きで」駅前が言う。「機会があったら、歌ってみたいっておっしゃってましたよね」
「あたし凄い、い、あのー、一個目のソロ曲のひとりよがり?すっごい好きなの」一実は強調的に言った。「すっごい好きでえ、もほんとにー、陰でも歌ってたんだけど、陰で」
「ほんまに?かずみんソロバージョン聴きたいわ」七瀬は笑顔で言う。「いつか聴きたいなー」
「いやめっちゃ歌いたい!ほんとにー、どっかで機会があればソロで歌いたい」
「聴きたいですー」駅前は興奮を抑えて言った。「あの人達の歌をこの人達が歌うっていうのも、乃木坂のライブの素敵なところですよねぇ」
「あー、だねー」一実はワイングラスを口元に傾ける。
「うんー」七瀬も同調するようにワイングラスを傾けた。
「お二人とも、今日はもう、お仕事上がりですか?」駅前は二人を交互に見てきいた。
「終わり終わり」一実は早口で答える。
「お酒飲んでるし」七瀬は可笑しそうに小さく笑窪を作った。「この後あったら、ヤバい」
「そうですね」駅前も笑う。「笑止!」
「しょうしって」一実も笑った。「なに、それも癖なの?」
「結構言うよなあ?」七瀬も面白そうに言った。「しょうし、て言ってる、笑ってる時」
「そうですか?」そう言って、駅前は顔をしかめて微笑む。「笑止!」

       4

 同日、地下二階南側にある<応接間>では、伊藤純奈(いとうじゅんな)、北野日奈子(きたのひなこ)、鈴木絢音(すずきあやね)、寺田蘭世(てらだらんぜ)、堀未央奈(ほりみおな)、山崎怜奈(やまざきれな)、渡辺みり愛(あ)、風秋夕、稲見瓶、姫野あたるの十名が食事を交えた談笑を楽しんでいた。
 この日は北野日奈子の生誕祝いの場でもある。テーブルには色とりどりのバースデーケーキが飾られていた。
「いや、でもなんかそ、恋愛感情がない異性に対して、友達って感情いだけると思うんですよ」未央奈は大きな瞳で皆を一瞥するようにして言った。「なんか割り切れるタイプだと、私は思います。あ、私はね? みり愛は?」
「あ、有りです。わっかんないけど」みり愛ははにかんで答えた。「いやでもでも、今の話聞いて、無しはないかなと思いました」
「男友達は、友達だもんね」未央奈が言う。
「だってそんな全員意識してたら疲れるじゃないですか」みり愛は答える。
「絢音は?」未央奈がきく。
「じゃあー、有りで」絢音は微笑んで言った。
「ガチでだよ?」夕が絢音に言う。「超ハアハア言ってる男子も有り?」
「じゃあ、無しで」絢音は眼を瞑って短く首を振った。「それは嫌です」
「面白ければ、有りなんじゃない?」純奈が言った。皆の声が洩れる。「ハアハアしてても、いやハアハアしてるのは、ちょっと嫌だけどさ」
「ま普通に話してて楽しいな、て人は男女関係なくやぱ友達になると思うのでー」未央奈が考えながら言った。「うん……まああるんじゃないかな」
「無しだと言われた時点で、俺達は存在価値が危うくなるけどね」稲見は口元を笑わせて言った。「きいちゃん、とかも意見を聞きたいな」
「えー、なんだろ」日奈子は堪えきれぬといったように笑みを浮かべる。鼻筋に小さな皺を作って笑うので、何かを可愛らしく威嚇する小動物にも見えた。「男友達ぃ?別に、普通にあるんじゃない?」
「会う度に、好きですとか言われちゃうのは?」怜奈が皆を見回して言った。
「やだ」未央奈は即答で苦笑する。皆も苦笑を強いられていた。
「えー、てか、みり愛ちゃんが好きなんだけどー」夕がみり愛に面白がって言う。「て毎回最後に言われちゃうのは?どう」
「いや、無理」みり愛は苦しそうに首を振る。「構えちゃう、こう毎回。え今日も今日も、今日も来るのかなぁ?て」
「告白って、一度言ったら終わりでござるか?」あたるが勇気を振り絞って発言した。
「ま多くて三回じゃない?告白も」未央奈が答える。「一人の人に対して、回数的に。やっぱ簡単に答えてるわけでもないと思うし」
「では、告白というか、軽いニュアンスで」あたるが顔面を赤面させながら言った。「あーなんかめっちゃ好きなんだけどー。とかって、いうのは」
「絢音めちゃ嫌いそう」未央奈は苦笑で絢音を一瞥する。
「嫌ぁーい」絢音は微笑みながら言った。「嫌ぁい」
 会話は定期的にそれぞれに分かれて行われていた。
「じゃあ、別れた元カレと、友達になれる?」夕が楽しそうに言う。「もう関係は終わってるの、恋人としては」
「あー」絢音は唸る。
「んー」未央奈が顕在的なポーカーフェイスで答える。「あでも話してて楽かったらね、友達ぃ枠に」
「でもまた言われるでござるよ」あたるが言う。「好きだから、付き合ってほしいです、と」
「でた!その人何回付き合ってって言うの」未央奈は笑う。「一日一回言ってくる人」
「いるんだろうな、たまーには」夕が思考させながら言った。
「正直しつこすぎる人は良くないと思う」未央奈があたるに言う。あたるは見られて怯えた。
「みり愛ちゃんはどう?」夕がそちらを見つめて言った。「何回も告白されたら困る?イケメンだったら大丈夫?」
「え全然無理ぃ」みり愛は笑顔で夕に返す。「えやだぁ」
「絢音ちゃんは絶対嫌だもんね?」夕は絢音をにこやかに見た。
「嫌です」絢音は頷く。「嫌です」
「えじゃあ元カノにやっぱり好きって言われたら?」未央奈が、夕、あたる、の順で視線を向けた。「どうします?」
「言ったのが誰かによる」夕は即答した。「未央奈ちゃんに恋の質問されちゃったよ。家宝にしよ」
「小生はぁ……、経験不足でござるな、完全に。草!」
「あのう、さぁ、思ってたんだけど、二人って何歳なんですか?」みり愛は印象的なくりんとした瞳をまん丸くして、二人を交互に見た。「駅前さんは二十八歳で、まいちゅんと同じ学年でしょう?」
「へー」絢音は感心した声を零した。「そうなんだ」