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自分らしく
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彼方から 余談・エイジュ・アイビスク編 最終話

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 塀の向こうを行き交う人々を一瞥する。
 立ち止まり、荷物を持ち直し、休む『フリ』をしている商人風の男を見やる。
 その男が何気ない風を装い、屋敷の窓に隈なく視線を奔らせているのを確かめ、エイジュはそっと、カーテンから離れていた。

          ***

 一階にある食堂へと、顔を出す。
「おはよう……エイ、ジュ?」
 気配に気づき、ダンジエルが最初にそう、声を掛けてくれる。
 だが、エイジュの姿を眼にした途端、ダンジエルの顔から笑みが消えていた。
 配膳の手伝いをしていたウェイとカタリナも気付き、手を止め、眼を向けた。
「エイジュ……」
「その恰好……」
 戸惑いに表情を曇らせ、互いに顔を見合わせながら、彼女へと歩み寄ってゆく。
 旅の仕度を整えた、エイジュの傍へと……
「クレアジータ様に、何か依頼されたの?」
「朝の食事をする間もないほど、急ぎの依頼?」
 直ぐにでも、屋敷を出てしまうかのようなエイジュの出で立ちに、矢継ぎ早に質問を浴びせ、彼女の腕や肩に手を掛け、まるで、一時でも長く留まらせるかのように体を寄せてゆく。
 不安げな表情を見せる二人を、少し眉を潜め、困ったように見やり、
「……違う、違うわ」
 そう言いながら二人の手を、エイジュは優しく退けてゆく。
 行き場のなくなった手を持て余し、二人はまた、互いを見合わせてしまう。
 二人に寄り添い、並び立つダンジエルを見やるエイジュ。
「――申し訳ないのだけれど……彼の依頼はもう、受けることは出来ないの」
 軽く、横に首を振った後、
「行かなければならない場所があるの……」
 いつものように小首を傾げ、
「……やらなければならない事柄が、出来てしまったのよ」
 いつもの優しい笑みを浮かべながら、
「それに……不審な人影が何人も、屋敷の周りをうろついていること、気付いているのでしょう?――あたしが居ては、いずれ、皆に迷惑が掛かるわ」
 三人其々と目を合わせながら、そう、告げていた。
「どうしてそう思うのかね」
 ダンジエルが怪訝そうに訊ねてくる。
「いつもの、嫌がらせの連中とは違うと……そう言うのかね?」
 重ねられた問いに、エイジュは無言で頷きを返していた。

「どのような迷惑が掛かると、言うのですか? エイジュ」

「クレアジータ様……」
 静かな声音に、皆の視線が向けられる。
 食堂の入り口に立つ、クレアジータに……
 自身に集まる視線に笑みを返しながら、クレアジータはエイジュへと歩み寄り、いつもの濃紺の男物の上着を着こみ、旅支度を整えた彼女の姿を、少し寂しげに見詰めた。
「教えてもらえますか? エイジュ」
 もう一度、静かに問い掛けるクレアジータ。
 エイジュは瞳を逸らすように伏せながら、いつもの『癖』を……
 考え事をする時にしてしまう『癖』だと言う、指先を胸元に当てる仕草を、してゆく……

   ……ふぅ……

 小さく、一つ、息を吐く。
 自分の言葉を待つ皆の視線を感じながら、エイジュは口を開いていた。

          ***
 
 上目遣いにクレアジータを一瞥する。
「大臣の目的はあくまであなたよ、クレアジータ……」
 そう言って、彼の胸の辺りに指先を向け、
「あたしが潰して回った、賭博場の隠れ蓑となっていた酒場――あれを取り仕切っていたのはザリエという男……そしてそのザリエは、ドロレフ大臣の二人の息子の内の一人……確かそうだったわよね? ダンジエル」
 確認を取るかのように、ダンジエルに訊ね掛けていた。
「ああ、間違いないよ」
 頷きを返してくる老君に、
「あれからもう、だいぶ日が経っているわ……自分の息子が取り仕切っていた酒場が、何軒も潰されたこと――父親である大臣の耳に入っていてもおかしくないと思うのだけれど?」
 エイジュは自身の推測を交えた考えを口にし、再度、訊ね掛けてゆく。
 彼女の言葉に、得心がいったかのように何度も頷きながら、
「確かに……そうだろうね――」
 ダンジエルはそう、応えていた。
 彼女の推測が……ダンジエルの応えが何を意味しているのか――他の面々も気付いたのだろう……
 自然と表情が強張り、口を噤んでゆく。
 そんな彼らを見やりながら、エイジュは言い聞かせるかのように、
「だとしたら……酒場を潰して回った犯人が『女の渡り戦士』であることも、知れていると思うのだけれど――」
 そう、言葉を続けていた。

 ドロレフ大臣の、人を見下した笑みが脳裏に浮かぶ。
「つまり……」
 脳裏に浮かんだその笑みに溜め息を吐きながら、
「私の同伴者として夜会に出席した『渡り戦士』である君と、酒場を潰して回った『女の渡り戦士』を、大臣が同一人物ではないかと考えるのは自然な成り行きであると……そう言いたいのですね?」
 クレアジータは皆が噤んだ言葉を、口にしていた。
「その通りよ……『女の渡り戦士』など、そう多くはないでしょうから――」
 頷くエイジュに、
「今、屋敷の周りをうろついている輩は、エイジュ……あんたがこの屋敷にいるかどうかを確かめるのが目的だと――そう言うことかね……」
 ダンジエルは窓の外に眼を向け、呟く。
「十中八九、間違いないでしょうね」
 同じように窓の外に眼を向け、エイジュは口の端を少し上げただけの笑みを見せた。
 『余裕』とも取れる笑みに、
「じゃあ、大臣はあなたに仕返しする為に?」
 カタリナが心配そうにそう訊ねてくる。
 エイジュは彼女の方に向き直り、
「そうね……それも確かにあるでしょうけれど……」 
 案じてくれる、その心に微笑みながら、
「言わばそれは、『序で』のようなものね……『あたし』をネタに、クレアジータを捕えようと言うのが、本当の狙いではないのかしら……」
 そう、推察していた。

「だから、迷惑が掛かるって言ったの? だから、屋敷を出て行くの?」
 そんなこと、『迷惑』の内に入らないとでも言いたげに……
 眉を潜め、異を唱えるかのように、ウェイが口調を強め、訊ねてくる。
「それだけが、理由ではないわ……」
 害を成す者がいるのなら、排することを厭わない……そんな瞳を向けてくる彼に、
「さっきも言ったけれど――行かなければならない場所が、やらなければならない事柄が出来たことが……最大の理由よ」
 エイジュは困ったように片眉を上げた笑みを向けていた。

「どこへ行くのか、何をしに行くのか……また、戻ってくるのか……訊ねたら、応えてくれますか? エイジュ」

 会話の切れ間に、するりと……違和を感じさせることも無く――
 誰もが気にしながら、訊けずにいたことを、クレアジータは口にしてくる。
 訊いても、応えてもらえないかもしれないと……
 仮に、応えてくれたとしても、それが望まぬ答えなら、訊かぬ方が良いと、そう思い、皆が口にしなかったことを……
「……エイジュ?」
 クレアジータはエイジュの瞳を見据え、もう一度確かめるかのように、その名を呼んでいた。
「…………」
 眼前に立つクレアジータから、目線を逸らすかのように俯くエイジュ。
 もう一度、胸に指先を添えながら……
「ごめんなさい――ごめんなさいね……応えることは、出来ないわ……」