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自分らしく
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彼方から 余談・エイジュ・アイビスク編 最終話

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 済まなさそうな笑みを浮かべ、皆を、見回していた。

「もう――戻って、来ないの?」
 カタリナが、胸の前で拳を握り、呟く。
「まさか、もう、会えないの?」
 ウェイがカタリナの言葉にハッとなり、そう言いながら詰め寄ってくる。
「どうしても、応えられんのかね?」
 ダンジエルまでもが、寂し気に顔を曇らせ、そう言ってくる。
 何も言わず、何も応えずに、行ってしまおうとする彼女のその行為に、どうしても――
 悲しい不満が募る。
 こちらがどれだけ彼女を信用し、頼ろうとも、エイジュは違う。
 エイジュは決して、頼ろうとはしてこない……
 彼女からしてみれば、それほどに……自分たちは頼りなく、信用の置けない者に見えるのかと、そう、思えてしまう。
 ……それほどに、彼女とは、『力』の差があるのかと……

 彼らの表情から、何を想い、何を感じているのか……
 手に取るように分かる。
 応えられないことが……彼らを少なからず、傷付けてしまうかもしれないことも……
 だが、それでも……
「……ごめんなさいね――今は……応えられないのよ」
 三人の顔を一人一人見やりながら、エイジュはただ、そう言うしかなかった。
 いつか感じた心苦しさを、求められても返すことの出来ないもどかしさを……今、また、感じている。
 けれど、今、感じているこの想いは、グゼナの地で別れた彼らに感じたあの想いと、少し――違う……
 僅かだけれど、『違和』を感じる。

「今は……ですか? エイジュ」

 どこかで聞いたような台詞に、エイジュは思わず眼を見開いていた。
「それなら、いつなら良いのですか? いえ、それよりも、今は応えられないと言うのなら、また、会える時が来ると……そう思っていて良いと、言うことですか?」
 全く違う場所で、全く違う人間から、まさか、同じような台詞で訊ねられようとは……
 
 
     ―― 今は……? なら、いつならいいんだ? 
        いやそれよりも、また、会う時が来るというのか? ――


 強い光を宿した瞳で真っ直ぐに見据え、そう問い質してきた壮年の男性……
 盲目の、幼き占者を娘に持つ彼の姿が、別れ際の言葉と共に蘇ってくる。
 クレアジータと重なる彼の姿に、エイジュは無意識の内に、笑みを零していた。

「……エイジュ?」

 エイジュの口元に浮かんだ笑みに、怪訝そうに首を傾げ、彼女の名を呼ぶクレアジータ。
 その声に、エイジュはいつもの小首を傾げた笑みを返すと、やはり黙ったまま、首を横に振っていた。
 『何でもない』……『応えることは出来ない』……
 その、二つの意味を籠めて――

     *************
 
 透き通るように晴れやかな空。
 だが、屋敷の住人の表情は暗く、漂う空気も重苦しい……

 ……今朝、早く――
 暫しの間、同じ屋根の下で寝食を共にしていた『友人』の……
 その『出立』を見送ったばかり――と言うのもあるが、招待したわけでもない大勢の『客』に屋敷の中に居座られ、居心地の悪さを強いられているこの状況のせい……と言う方が、理由としては大きいだろう。

「もっと良く捜せっ! 必ず、どこかに居るはずだっ!!」

 隊長らしき男の怒号が、屋敷中に響いている。
 その怒号に歯切れの良い返事を返しながら、何十人もの同じ隊服を着た男たちが、物置や台所、使用人の部屋……勿論、クレアジータ個人の寝室や書庫に至るまで、ありとあらゆる部屋に入り込み、無遠慮に引っ掻き回している。
 ひっきりなしに聞こえて来る、耳障りな足音と乱暴に開閉されるドアの音に、食堂に集められた使用人たちが不安げに眉を潜め、辺りを見回したり、天井を見上げたりしている。

「……今の内に、居場所を吐いてしまった方が身の為だぞ、クレアジータ」
「お言葉を返すようで申し訳ないのですが、いない者は『いない』としか、言いようがありません」

 長いダイニングテーブルの端で、対面に座したクレアジータとドロレフ大臣……
 大臣の背後には、屈強な肉体を誇示するかのように胸を張り、立つ、数人の護衛兵が――
 クレアジータの背後にはダンジエル達三人が、其々が其々を『護衛』する為に、互いに睨みを利かせていた。
 
          ***

「何よ……いきなりこんな大人数で押しかけてきて――大臣だからって、何しても許されるって思ってるのかしらね」
 ダンジエルの後ろで、ウェイと共に並び立つカタリナが、取り澄ました笑顔を見せながら……
 小声で――本当に小さな声で、そう呟いている。
 聞こえているのはウェイと、ダンジエルのみ。
 その呟きに、胸の内で大きく頷きながら、二人とも同じように取り澄ました笑みを浮かべていた。
 心無い、一目で上辺だけと分かる三人の笑みを見やりながら、
「ふん、まぁいい……」
 椅子の背凭れに、踏ん反り返るように身を預け、ドロレフは勝ち誇ったかのように、鼻先で笑い捨てる。
「この屋敷に、あの渡り戦士の女が滞在しているのは、調べがついているのだからな――見つかった時どんな言い訳をしてくれるのか、楽しみに待つとするか……」
 自身が放った間諜(かんちょう)に因って知り得た情報を、信じて疑わないのだろう。
 ドロレフはそう言いながら、己の背後にいる護衛兵の、更に後ろに立つ人物を振り返っていた。
 大臣の視線に頷くその人物を、ダンジエルも気付かれぬよう、そっと、見やる。
 軍の服を身に着けずに立つ、その男を……
 体のあちらこちらに包帯を巻き、片腕を吊り下げた満身創痍の状態の為、軍服を着ていないだけなのかとも思ったが、どうやら、そうではないようだ。
 身の熟しや、身に纏う雰囲気から鑑みるに、兵士ですら、ないのだろう…… 
 
 ――なるほど……
 ――そういうことかね

 護衛兵の後ろに、隠れるようにして立つ男を見やり、ダンジエルは一人、得心していた。
 エイジュの推測は、間違っていなかったのだと……
 恐らくその男は、ドロレフの息子、ザリエと共にエイジュに倒された輩の内の一人なのだろう。
 彼女の容姿を知る証人として、連れて来たのに違いない。

 ――目撃者を用意しておったと……

 もしも未だ、この屋敷にエイジュが留まっていたとしたら……
 言い逃れは出来なかっただろう。
 『酒場』を潰し回った犯人としてエイジュは捕らえられ、彼女を雇っていたクレアジータもその責を問われ、連行されていたはずだ。
 仮に、捕らえられることを良しとせず、反抗した場合……その方が余計に、事態が悪くなることは眼に見えている。
 ……その場で、問答無用で――クレアジータは処断されてしまっていたかもしれない……
 どちらに転んでも、ドロレフにとって都合の良い結果となっていただろう――

 もしも未だに、エイジュがこの屋敷に留まっていたのならば。

 ――『見つからない』ことが
 ――最善の策ということだね……
 ――エイジュ……

 ダンジエルの脳裏に、今朝の別れが蘇ってくる。
 まるで、存在そのものを掻き消すかのように気配を断ち……